「ゆーりーかー? まだ準備できないのかい?」
同時刻、ミスマル家の2階、扉に『ゆりかのへや!』と掲げられている部屋の入り口で、アオイ・ジュンはぽつんと立ち尽くしていた。
「もーちょっとー。ごめんねー」
「まぁ、まだ時間はあるから別に大丈夫だけど。でも、昨日の内に用意しておかなかったの?」
中からはジュンの想い人で部屋の主、ミスマル・ユリカの声が聞こえる。
「うううっ、このブラお気に入りだったのにぃ。もう小さくなっちゃったのかなぁ?」
何の気なしに聞こえてくる独り言がジュンの妄想をかき立てる。
というよりも、こんなセリフを遠慮なく聞かされてるところで脈がないどころか男として見られていないとしか思えないジュンが哀れを通り越して滑稽だ。
「ゆっ、ユリカぁ〜? よよよよよ、洋服ぐらい着てるんだろうね?」
声が裏返ってるジュンには気づかず、普通にユリカが答える。
「だいじょーぶー、ブラウスは着たから〜」
「ぶぶぶぶ、ブラウスは、ってことは下はどうなっているんだろう……ぶはっ」
こらえきれずにジュンが鼻血をたらす。
……若いということはすばらしいことだと思う。
そんなできの悪いコントみたいな会話は、
「ユリカぁっ!!!」
野太い中年の男性の大声でさえぎられた。
どどどどど、という足音と共に階段を駆け上ってきたのは、青い生成りの着物に身を包んだいかつい顔の男性だ。自己主張激しく立ち上がった髪の毛と豊かに蓄えた口ひげが強面の度合いを高めている。
「ユリカっ! 大変だ! 一大事だぞ聴いているのかゆーりーくわああああああっ!?」
「おおおっ、お父様?」
そう。
この押し出しの強い中年男性こそ、ユリカの実父、ミスマル・コウイチロウである。
地球連邦極東方面軍の重鎮、泣く子も黙る火星帰りのミスマル少将といえば一般人にも有名だ。
だが、やや思い込みが強く頑固、加えて極度の子煩悩。
人間、才能のある人間ほどどこか破綻しているものだ、ということだろう。
「ええい悠長に着替えている場合ではないぞユリカ! 迎えも来ているのだ早く出てきなさいっ!!」
と、鼻血を押さえて上を向いているジュンを押しのけ、ユリカの部屋の扉をコウイチロウが強引に開く。
するとそこには、上はブラウスを着ているものの、黒のタイトスカートをはこうとして膝上に引き上げているユリカの姿があった。
「あ……」
「ゆっ、ゆり、ぶばぁっ」
着替えの体制のまま固まるユリカを横目に見て、ジュンは盛大に鼻血を吹き上げた。
そして、愛娘の艶姿を見て、コウイチロウの目じりは見る見る下がっていった。
「ゆ、ユリカ……」
「あっ、う、おっ」
「我が娘、子供と思えばないすばで……すばらしい」
「おーとぉうーさぁまぁああああああああああああああああっ!?」
我に返ったユリカが辺りのものを手当たり次第に投げつけ始めた。
ぼん、ぼすっ、がこんっ、ばさっ……ぴゅーっ。
ぬいぐるみ、クッション、目覚まし時計、ブラジャー……が顔にかかって鼻血増量のジュン。
いろんなものが飛び交う中、とりあえずジュンの出血量だけが心配なのだが、居合わせた者は誰も気にしていなかった。
それどころじゃなかったという話もある。