第16話 スターティングポイント
出航前のナデシコが危機を迎えていたころ。
地球静止軌道上、GGGのオービットベースでも、ボルフォッグからの圧縮通信の解析が完了していた。
「長官、日本列島の南西部、九州沖の太平洋側のチューリップからボソン反応と共にZ反応を検知したと、ボルフォッグから連絡が入りました」
ぼりぼりと頭をかいてふけを飛ばしながら、GGG諜報部長である猿頭寺耕介がGGG長官、大河幸太郎に報告する。
それを受け大きく一つうなずくと、幸太郎は一段高い司令席から高らかに宣言する。
「諸君! 我々は一年戦争の傷跡を色濃く残す地球、地球圏から拡大していった月やコロニー、そして地球圏の外に拡大していく人類を守るため、一つのプロジェクトを実行に移すべくこのオービットベースを建設し、さまざまな準備をしてきた!
この計画は、人類が生き延びるための大きな指針となるものである。
地球で建造された機動戦艦ナデシコは、その第一歩となる!
今ここに、ガッツィー・ジオイド・ガード長官、大河幸太郎が宣言する。
スキャパレリプロジェクト! 発動、承認っ!」
幸太郎の宣言と共に、各セクションのオペレータが一斉にコンソールをたたき始める。
地球圏の情報がどんどん流れ込み、解析されていく。
その光景を満足そうに眺めると、幸太郎は傍らに立つ筋骨隆々のモヒカン参謀、火麻激に声をかけた。
「火麻君! サセボシティの状況はどうかね?」
「チューリップからバッタの一団は現れ始めたが、まだ態勢は整ってねえな。だが、相手は数を頼む無人兵器だ。ぼやぼやしているうちに雲霞のごとく押し寄せてくるのは間違いないぜ」
自らをして『実戦派』と言わしめる激の口調は姿に見合った乱暴なものだ。
だが、戦術を見極める嗅覚は確か。実戦を知らずして戦術を語るなかれ。実戦派、という表現はこういうことからもきているのだ。
「猿頭寺君、ナデシコの状況はどうなっている?」
「出航は可能です。ただ、艦長と副艦長が乗艦していないため、マスターキーによる起動シークエンスが残っています。ボルフォッグが二人を乗せて走っていますが、到着までにあと30分は必要です」
耕介から30分という時間を聞き、幸太郎は腕を組んで首をかしげる。
「10分あればサセボを灰燼に帰すことなどたやすい。ということは、その30分なんとしてもかせがねばならないか……ここは、彼らの出番だな」
そういうと、幸太郎はハンガーブースを呼び出す。
「牛山君、シャドウミラーの機体はいけるか?」
『はい! ソウルゲイン、ヴァイサーガ、アンジュルグ、全機いつでも出撃可能です!』
「よろしい!」
オービットベースに所属する全ての機体の面倒を見ているチーフメカニック、牛山一男が分厚い胸板をどんと叩く。
そこににじみ出た自信が、シャドウミラーの機動兵器の状態に表れているのだろう。
「テンカワ君、聞いての通りだ。サセボのナデシコは現在丸裸も同然。ここを攻められてはひとたまりもない。守って、くれるか?」
幸太郎から声をかけられて、アキトはコミュニケ越しに返答する。
「今ここでナデシコを落とさせるわけにはいかないんでしょう? どのみち乗り込むんです。それが少し早くなるだけですから」
ハンガーデッキで黒のパイロットスーツに身を包み、ヴァイサーガの足元でアキトが言い切る。
「へぇ、案外淡白なんだな、これが。結構思うところがあるのかと思えば」
茶化すように言いながら、アクセルがアキトをひじで小突く。
うるさい、と軽くいなしながらアキトは床を蹴った。
ハンガーデッキは重力制御されていないため、そのままアキトはヴァイサーガのコクピットまで飛び上がる。
「俺の知ってるナデシコとは違うってことは、いやでも理解するしかなかったしな。第一、艦の形がぜんぜん違う。どんなに似ていたとしても、同じ歴史ではないってことさ」
「そう思うほうが気が楽か?」
「そうでも思わないとやっていられないのも事実だし」
「今は、傍観者にならざるを得ないわけか」
「できることをするだけさ」
コンソールに指を這わせ、ヴァイサーガを起動する。
IFSが制御コンピュータと連動して光を放つ。
レモン・ブロウニングの手で調整されたアキトのナノマシンは、全身を発光させることなく、今は両の手が明滅しているだけだ。
エンジンに火が入り、起動シーケンスがクリアされていくコクピットに、双方向通信のウインドウが割り込んだ。
『私もいこう、テンカワ・アキト』
「ラミア、いいのか?」
『さすがのアクセル隊長も、機動兵器だけではボソンジャンプには耐えられない。その点、私は本来、空間跳躍によって制圧拠点に投入されることを前提に設計されている。アンジュルグと共に跳ぶことも可能だ』
アキトのコミュニケに割り込んできたラミアは、すでにアンジュルグの出撃体制を整えていた。人造人間であるWシリーズの最新作とはすなわち、天才科学者レモンの最高傑作である。やることにそつがない。
その行動を後押しするように、生みの親であるレモンのウインドウも割り込んできた。
『カタログスペックはラミアの言う通りよ。アキト君の様なジャンパーでなくてもラミアなら耐えられる』
「だが、試したことはないんだよな?」
『アキト君が知っているようなジャンパー処理をしていない人間の末路みたいにはならないことだけは保証するわ』
「……信じることにする」
整備用ハンガーに駐機していたヴァイサーガのカメラアイに光が走る。
ロックを解除して立ち上がると、デッキの中央にあるミラーカタパルトの入り口までゆっくりと歩を進める。
「先に行くぞ。ヴァイサーガ、テンカワ・アキト、発進!」
緋色のシールドマントを器用に払い、ヴァイサーガがバーニアをふかしてカタパルトから発進する。
『アンジュルグ、ラミア・ラブレス出る』
続いてラミアのアンジュルグも同じように自身のバーニアでカタパルトから飛び出した。
すぐ先でアキトのヴァイサーガが待っている。
「よし、ここから一気にジャンプする。ラミア、つかまってくれ」
『了解』
アンジュルグとヴァイサーガが向かい合わせの体勢で下ろした互いの両手を握り合う。
アキトが精神を集中すると、ヴァイサーガから緑の、ナノマシンの発光現象と同じ色合いの光が発生し、ヴァイサーガとアンジュルグを包み込む。
「目標、極東サセボシティのネルガルドック上空。ジャンプ!」
物音一つ立てることなく、2体の機動兵器は忽然と消え去った。
「頼むぞ、戦士よ」
その光景を大型メインモニターで見つめていた幸太郎は、誰にいうともなく小さくつぶやいた。
「新たなる一歩、ですわね」
身じろぎ一つしない幸太郎のさらに背後で、シャドウミラーの頭脳であるレモン・ブロウニングが傍らに立つ鈍色の髪の男に向かって語りかける。
「見極めるための、最初の一歩だ」
重々しく応えたシャドウミラーの長、ヴィンデル・マウザーは、幸太郎の背中を射抜かんばかりに凝視していた。
「少なくとも、世界を変えるためにこの男は動いている。それが誰のためなのか、何のためなのか」
「多少は期待していらっしゃるのでしょう? 大河幸太郎の覇気と蛮勇に」
「……前の世界にはいなかった人間では、あるからな」
ヴィンデルは表情を変えずに、対してレモンはとても面白そうに、メインモニターの向こうに小さく映る蒼い星を見つめていた。