『コマンダーブリッジのプロスペクターです。艦内にいらっしゃる全員にお知らせします。現在、敵性体が多数、太平洋側から東シナ海周りでサセボに向かって接近中です。各自、マニュアルに従い迎撃体制に入ってください』
プロスペクターからの艦内の一斉放送で現状が伝えられると、改めてナデシコの艦内が騒然となった。
「おぉらぁっ! おたおたしてんじゃねえぞ手前ら! 民間だろうが軍用だろうが関係ねえ! 俺たちゃ戦艦に乗ってるんだぞ! 戦艦の整備ってのはなあ、戦うための準備なんだよ! 死にたくなかったら最初から乗らなけりゃいいんだ。乗ったんなら完璧な整備をしやがれ! そうしなけりゃ本当に死ぬぞ全員!!」
ハンガーデッキでウリバタケがそういって檄を飛ばす。
「でも、エンジンかかってくれないと私の仕事ってないのよねえ」
パイロットシートで待機しているミナトは、さほどあわてた様子もなく頬杖をつきながらぼやいている。
「あのー、プロスペクターさん、私、仕事ないんですけど?」
「レイナードさんには今のところは通信を回していませんので。この艦がきちんと稼動すれば、いろいろと通信処理をお願いするのですが」
「でも、敵が攻めてくるんですよね? 私だけ何もしないって言うのも……」
メグミが隣に目を向けると、さっきからルリがたくさんのウインドウを広げて情報処理に明け暮れている。門外漢が手を出せるようなレベルではない。
自分よりも小さい子がこんなにがんばってるのに。
そんな風にメグミが歯がゆい思いをしているのはプロスペクターもわかっていた。だが、現実問題としてナデシコが始動しない限り、通信士にも航法士にも仕事はないのだ。
「もう少しすれば嫌でもお仕事していただくことになります。ですから、今は待っていてください」
プロスペクターがいつもの口調でメグミをなだめているところに、コミュニケ経由でルリのウインドウが割り込んできた。
「プロスペクターさん、敵性体の第一陣が警戒空域に侵入。あと3分でドックに肉薄されます」
「……うーん、まずいですねえ」
淡々としたルリの口調と泰然自若なプロスペクターのやり取りに、首をかしげながらミナトとメグミが顔をあわせて、
「「落ち着いている場合ですかあっ!!」」
思いっきり突っ込んだ。
「ですが、大丈夫でしょう。多分、彼らが動きますから」
女性二人のツッコミにもめげず、プロスペクターは右手で眼鏡を押し上げて位置を直しながら、レーダーを見上げていた。
「彼らって」
「誰ですか?」
ミナトとメグミの疑問には、プロスペクターではなく、ルリが答えた。
「サセボ沖のタンカーから、機動兵器が発進。形状などからモビルスーツであると推測されます。数は13」
「タンカーから、モビルスーツ? 連邦軍の戦艦とかじゃないの?」
メグミの疑問はもっともなのだが、ルリはレーダーの情報を読み上げているだけだ。否定する余地はない。
「まぁ、あとで説明の機会もあると思いますが、そのタンカーはとある方の私物でして」
「私物!? 海運業者なのかな、というかその『とある方』って誰なんです?」
プロスペクターのまったく用を成さない説明に、メグミがややいらつきながら質問を返す。
すると、プロスペクターは実にうれしそうな笑顔でこう答えた。
「さしづめ、現代のアリババといったところですかね」
「アリババって、盗賊団のボスの? 御伽噺にでてくる?」
「その通りですよメグミさん。砂漠の王子が、配下の荒くれを率いて我々を助けに来てくれたのです。かいちょ……もとい、ネルガルにはそういう知り合いもおりまして」
「モビルスーツとバッタ、接触します」
報告と共に、ルリがレーダーの映像をアクティブにすると、ドックに向かう赤い無数の点と、その手前に広がった13の青い点がちょうど交わるところだった。