スーパーロボット大戦 exA

 

第21話 ファー・イースト


「派手なデビュー戦になったみたいだね、ダイモスは」

 ネルガル本社ビルの最上階。
 キザロンゲと揶揄されることもあるこの業界では若手も若手、超がつくほどの若手会長であるアカツキ・ナガレが、プロスペクターからの報告メールを見て感心していた。

「パイロットの竜崎一矢くんはバームとも因縁があるし、これはある意味必然なのかな」

 執務机から顔を上げると、目の前には長身のアングロサクソン系の男性が立っている。
 長く伸ばした金髪を後ろで一本に束ね、丸眼鏡に意匠の凝った白衣を着込んでいる。
 その彼が、流暢な日本語でアカツキの視線に答える。

「竜崎博士の件は僕も聞いているよ。(あだ)()ち、というのが正しいかどうかは論じても詮無いことだけど」
「君みたいなブロンドのアメリカンから仇討ちって単語が出ると違和感バリバリだね、ロブ」
「僕の名前は知っているだろうアカツキ? ロバート・オオミヤっていうぐらいなんだから、僕の中にも少しは日系の血が流れているんだ。そういう言い方はして欲しくないな」

 金髪の青年……ロブことロバート・オオミヤはアカツキの言い様を聞いてじとっとした目を向ける。
 その視線を綺麗に受け流して、アカツキは1冊のファイルを取り出した。

「君たちテスラ研からの中間報告書は読んだよ。我々ネルガルの開発チームでもジェネレーターの解析と改良は進んでいる。ただ、エステバリスのサイズに組み込むのはやっぱり無理だね」

 アカツキが言っているテスラ研……アメリカのテスラ・ライヒ研究所は極東の超エネルギー研究機関による特機開発に対抗すべく作られたものである。この時勢には珍しく、北米を牛耳るクリムゾンコーポレートや連邦軍に深く食い込んでいるアナハイムエレクトロニクスの資本は大々的には入っていない。
 無論、北米の経済圏を牛耳っている大企業を無視できるわけもなく、公的な研究機関として客員を受け入れたり、研究成果をフィードバックしたりもするが、一番懇意にしているのは実はGGGのアメリカ支部なのだ。
 GGGアメリカの獅子王雷牙博士は快楽主義で女性にだらしないというダメな部分もあるものの、特定の企業の利益のために動くようなことはない。クリムゾンやアナハイムからも多額の研究資金融資のオファーがあるが、『一定の研究結果は公開しているのだからそれで満足せい』と突っぱねている。  影に日向にと様々なアプローチを行ったが、雷牙博士の首を縦に振らせることがかなわなかったクリムゾンやアナハイムは、テスラ研に投資することで妥協点を見出した。
 かくして、人型機動兵器のシンクタンクとして多大な成果をテスラ研が提供するようになったのだ。  そこの主任研究員として辣腕を振るっているロブは雷牙博士やその部下であるスタリオン・ホワイトとも仲がよく、しばしば『テスラ研との共同研究開発』と称してGGGアメリカやネルガルにも顔を出している。
 その、テスラ研からの報告書の表紙にある『Project J to G』の文字を見て、ロブの表情が研究者のそれに変わる。

「転換効率と安定性を考えたら、一定の大きさは必要だよ。相転移炉ならなおさらだ」
「光子力エンジン、ミノフスキー型核融合炉。これらにしても18m級。僕らが開発した可変型空戦フレーム、コードPGも結局20mを越えてしまったしね」
「仕方がないよ。巨大ロボットというのはロマンだし」
「科学者がロマンねえ……」

 苦笑を浮かべるアカツキを見て、ロブは鼻の上の眼鏡の位置を気にしながらそれは違う、とアカツキの言葉をやんわりと否定した。

「科学的に証明することで現実的な結果を得るけど、その原因は僕らが『なぜ?』と思う発想さ。ロマンは、科学者の知的探究心の原動力だよ」
「わかったわかった。ただ、経営者ってのはロマンじゃなくて結果で商売をするものだからね、そういう意味では僕達のほうがよほど現実を見ているのかもしれない」
「夢を実現するために会社を創る経営者だっているんじゃないかな?」

 そういってから、ロブはアカツキの身の上を思い出し、顔をしかめた。

「ま、僕の場合は生まれたときにはもうこの会社はあったからねえ」

 アカツキ自身、望んでこの地位に着いたわけではない。先代の社長である父を亡くし、後継である実兄は一年戦争中の事故に巻き込まれ行方不明になっている。未だ、その遺体すら発見されていない。

「この椅子に座りたいって人間は沢山いるけど、そういう人間のところには転がり込んでこないんだよね、何故か」

 そのとき浮かべていた乾いた表情は、生来のものではなくこの椅子……ネルガル重工会長席についてから覚えたものだ。
 付き合いの短いロブでも、そのぐらいはわかる。会社経営では、時に人間味が邪魔になることもある。まっすぐにしか物を見られない人間では勤まらない職業なのだ。

「スキャパレリプロジェクトは確かに、火星のオーバーテクノロジーの独占という目的もある。けれどそれ以上に、地球圏を拡大していくときのとてつもないアドバンテージを手にするための投資でもある。これは、父さんでも兄さんでもない、僕の夢なんだ」

 僕の夢。
 こういったときのアカツキの表情は、ポーカーフェイスの内側からほんの少しだけ本音が垣間見えていた。

「だから、人類を救おうなんてお題目は、ただの副産物でしかないのさ」

 肩をすくめるアカツキを見て、ロブも似たようなシニカルな笑みを浮かべた。

「僕に出来ること、アカツキに出来ること、プレジデント・大河に出来ること、そういうものが積み重なっていって、結果がよくなればいいんじゃないかな。僕1人で出来ることなんて大したことじゃない。ロボットを造っても、パイロットがいなければただの鉄の塊さ」
「その鉄の塊に、命を吹き込む連中がもうすぐやってくるよ。獅子王博士の件もある、ロブも行ってくれるかい?」
「もちろんさ。おてんばの双子の面倒も見なくちゃならないし、届け物もあるし。頼まれなくても行ってくる」
「よろしく頼むよ」

 硬い握手を1度交わすと、ロブは会長室を後にした。
 トウキョウの空は綺麗に晴れ上がっていた。

 

○  ○  ○  O  O  O  ・ ・ ・  O  O  O  ○  ○  ○

 

 バーム軍との戦闘終了後。
 ガードダイモビックの敷地内に係留されたナデシコは、艦長のミスマル・ユリカと会計と渉外担当のプロスペクター、護衛のタカマチ・キョウヤが挨拶と情報交換をかねて基地を訪問している。
 その間にパイロットは半舷休憩となっていたが、高速移動形態(ビークルモード)の光竜と闇竜、分離したボルフォッグとガンドーベル、ガングルー、トランザーとガルバーFXIIを積み込んだナデシコのハンガーデッキはにわかに活況を呈していた。
 ……ものすごくごく一部で。

「うおおおおおお、これがっ、これがっ、これが噂の竜神タイプのビークルロボかー! こっちのパールホワイトが光竜ちゃんで、メタルブラックが闇竜ちゃんでいいのかなぁ?」

 よだれをたらさんばかりの勢いでにじり寄るウリバタケ・セイヤに、光竜と闇竜は身じろぎするように1メートルバックする。

『あううう、このおじさん怖いよぉ……』
『ナデシコの乗員名簿に登録を確認しましたが……性格までは入力されていませんね』

 光竜と闇竜に搭載されている超AIのメンタリティは少女のものである。
 普通の少女なら、血走った目の中年男性ににじり寄られたら引く。世間一般にはそれを変態と呼ぶだろう。

「何やってんだよ博士! 光竜ちゃんたちが引いてんだろうが!!」

 整備班の連中が制止できないウリバタケに向かって男気のある抗議をしたのはこれまた生粋のロボットマニアであるヤマダ・ジロウ……魂の名はダイゴウジ・ガイである。
 ノリノリに乗ってきてるところに水を差されて、ウリバタケとしては面白くない。

「うるせえ誰が博士だ誰が! いいかヤマダよぉ、いくらパイロットのお前とはいえ、この俺様ウリバタケ・セイヤの熱く萌える知的探究心は止めることは出来んのだ!」
「俺の名前はダイゴウジ・ガイだ! ……っておい、なんかびみょーにニュアンス違ったような気がしたぞ?」
「知るか! とにかくだな、整備を担当する者としてぇ、俺達は所属しているメカのあらゆることに精通してなければならん。それはわかるな?」
「おう、まぁ当然だろうな」
「だからこそ、だーかーらーこそぉ! 俺は今からこの超技術のカタマリである光竜ちゃんと闇竜ちゃんのスベスベのボディの隅々まで丹念に、入念にっ、あますことなくっっ! 確認しなければならんのだああああっ!!」
『『いぃぃぃぃやぁあああああんっ!!』』

 今度こそはっきりと力いっぱいこの上もなく、光竜と闇竜はタイヤ痕を残しながら思いっきり引いた。トラウマになっていなければいいのだが。
 そのとき、そこに居合わせた者のコミュニケに一斉に着信が入る。

『ウリバタケさん、並びに整備担当の皆さん、アメリカのテスラ研の方から通信が入ってます』

 ブリッジにつめている通信担当のメグミ・レイナードの声とともに、外部双方向通信のウインドウが開く。

『相変わらずだねウリバタケ、あまり光竜と闇竜を怖がらせないでほしいな』
「ん? その微妙なイントネーションの日本語……おぉ! ロブじゃねえか!」

 ウインドウの向こう側には、白衣に小さな丸眼鏡で金髪の青年、ロブことロバート・オオミヤがいた。

『後でビークルロボのスペック一覧は送るから、問答無用の完全分解整備は勘弁してくれないかな。彼女達を傷つけたくないんだよ』
「……どー言う意味だそりゃおい!?」
「どーいうもこーいうも、そのまんまじゃないのか」

 三白眼のジロウのツッコミを丁重に無視して、ウリバタケはコミュニケ目掛けてつばを飛ばしながら怒鳴り散らす。

『AIの安全な機能停止(シャットダウン)の方法だってまだ教えてないんだし、第一GSライド(ダッシュ)はブラックボックスになってるはずだぞ、さすがに』
「あー、まぁあれはちょっとヤバいところにデータが置いてあったから手ぇ出してねえが……」
『……ウリバタケ、君の能力と腕前はよく知ってるけど、さすがにGGGのメインコンピュータは荷が重くないかい?』
「わーわーわー! そんなことこんなところで言うなよロブぅ〜」
『言われて困るようなことをする方が悪いんだ』

 いさめる口調のロブと反論するウリバタケだったが、険悪な雰囲気はない。
 追及の手が緩まった光竜と闇竜はハンガーデッキの隅っこで小さくないしょ話をしていた。

『ふわぁ、ロブにーさんが止めてくれなきゃどうなってたか』
『乙女の貞操の危機、というところね』
『てーそーのきき?』
『……よくわからなかったら後でデータベースで調べてみて』
『はーい』

 声に出さなくてもよかったんじゃないかとつっこむ者は誰もいなかった。
 一方、ロブから光竜たちのスペックデータを受け取ったウリバタケは一応の落ち着きを取りもどした。

『光竜、闇竜、ボルフォッグとガンマシン、ポルコートのデータはそこに入ってる。ウリバタケにはそれで十分だろうけど、いろいろと渡さなきゃならないものがあるから、僕もガードダイモビックで合流するよ』
「何! お前もこの艦に乗るのか!?」
『オービットベースまで便乗させてもらうよ。一緒にGGGアメリカの獅子王雷牙博士と、あとお土産を少々、ってところかな』

 獅子王博士の名前が出たところで、旧交を温められるかとにわかに喜んでいたウリバタケの眉間にしわが寄る。

「……マジ?」
『嘘じゃない。こんなことで嘘ついてどうするのさ』
「だってよぉ、あのじーさん腕と発想は確かだけど、性格がなぁ……」
『ぃやっかましいわいっ!!』

 首をひねってお手上げのポーズをとるウリバタケの目の前に、大きなウインドウが1枚突如割り込んできた。

「ぬわあおぉう!?」
『ふっふーんっ、万年改造マニアのお前にボクちゃんの性格をどうこう言う筋合いがあるもんかい!』
「あっ、てっ、てめえこのじーさんっ!!」
『雷牙博士!? 今どちらにいらっしゃるんですか?』

 慌てふためくウリバタケとロブを尻目に、ハンガーデッキのハッチ方向からジェットエンジンの爆炎をたなびかせながら、空飛ぶスケートボードが飛び込んできた。

「ぃやっほ〜い!!」
「……うわ、来やがったよこのじーさん」

 赤く染め上げた髪をモヒカンにまとめ金ぴかのつなぎを身にまとう、ありていに言うとイカレタじいさんが奇声を上げて空飛ぶスケボー……ジェットボードからウリバタケたちの前に降り立った。

「ふんっ、来てやったんだからありがたく思うんじゃな!」
「誰が来てくれって頼んだよ!!」
『雷牙博士! 僕と一緒にガードダイモビックに行くのではなかったのですか?』

 ぷいっとそっぽを向くウリバタケと、ウインドウ越しにおろおろするロブを尻目にイカレタじいさん……獅子王雷牙は周りに居合わせた連中みんなに向かって大きくVサインを掲げた。

「諸君! ボクちゃんの名前は獅子王雷牙! しばらくの間このナデシコに世話になるので、よろしく頼む!!」

 どうもこのナデシコという戦艦、Vサインで登場する人物にろくな者はいないらしい。

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