あの人がいたから、私は「家族の温かさ」を知った。

あの人がいたから、私は「家族に微笑むこと」ができた。

あの人がいたから、私は「家族と過ごせる生活」を送れた。





何もなかった自分が。

手に入れることができた。

大好きだった笑顔。

共に過ごす楽しい日々。

確かな感触はなくとも感じることのできた未来。





私がいる所を知れば、あなたは怒ってくれるだろうか。

私がいる所を知れば、あなたは悲しんでくれるだろうか。

私がいる所を知れば、あなたは喜んでくれるだろうか。



やりたいことがある。

やらなければいけないことがある。

やらずにはいられない。

なくしてしまったから。





どんなに伝えようとしても、伝わらないこともある。

だから今はただ戦う。


『ア・キ・ト』


音にならない声、伝わることのない願い。

絶望の星で手に入れた家族の名前。

伝わらなくとも……

間に合わなくとも……

だから、今は、ただ、込められるだけの思いを込める。








机の上のディスプレイが薄暗い部屋に光を与えている。

そのディスプレイを見つめている、20代前半にしか見えない女性が一人。

そのディスプレイに映る、10代半ばに見える少女が一人。

かつてあの戦艦に乗り、同じ名前の戦艦に再び乗っている少女。



こちらの隠しカメラに気づいているのか、それともカメラを隠しているポスターを見つめているのか、

ディスプレイの中の少女は先ほどからずっとカメラ目線である。

やがて少女は開かれたドアへ、ゆっくりと歩いていく。

『においますねぇ』

そんな呟く様な一言すらマイクは拾う。



その一言を聞いて私はふと自分の状況を気にする。

薄暗く少々狭い部屋、先ほどまで食べていたお茶菓子の匂い。

目の前の机には、濃い目のほうじ茶とざるそば。

ただでさえ密閉された空間に篭ってしまう今日この頃、気分転換にくすねてきた試供品の香水は純西洋風。

混じり合ってできた匂いは、お世辞にも上品といえはしない。

「香水、変えたほうがいいかしら」

思わず口に出てしまうそんな考え。今の偽らざる思い。



だが、ディスプレイの中で二手に分かれる先の少女御一行を見ているとそんな事も言ってられないだろう。

始まる。とうとう動き始める。

そう、フラグがたったのだ。舞台は整った。

 新たなる世界秩序の渇望者。火星の後継者。

 嘆きの丘で生まれた闇。眠り姫の黒騎士。

 闇色に染まりし機動兵器。ブラックサレナ。

 星々に広まりし心の混沌。パンピーの不安。

いざ!!魔王、召喚!!


って一般人は動揺してないし〜〜〜〜!?

思わず心の中で自分にツッコミを入れてしまう。

だったらもうちょっと別のフラグは無いかな?

本末転倒な悩みに頭を痛める。





「何やってんだ?」

俺は伝えようとしていた事を宇宙の彼方に吹っ飛ばされた状態で思わず呟く。

微妙にいじった形跡のある軍服に緑色のマントを羽織った目の前の女性は、手をワキワキしながら、なぜか満足げな顔をしてこっちを向いた。

「なんだ、カイトか…どうしたの?」

彼女は体をこちらに向けながらそう聞いてきた。質問したのはこっちだったんだけど…

体中に疲れが溜まってくる。

「こっちは隊長から外出禁止命令が出た」

「んで?」

「じきに始まるぞ」

「でしょうねぇ」

そういいながら彼女は顎でしゃくる。

その先にはディスプレイが一つ。

ディスプレイには戦艦のブリッジが映し出されている。

「また覗き見か?相変わらず趣味悪いな。

 俺が探し回ってる間にこんな事してたのかよ。

 こっちはあんたを探してコロニー中走り回ってたってのに。ここにいなかったらわざわざ……」

「私の隠れ家の場所の地図は渡したじゃない」

「それからまた7つ増やしただろう?」

「ふふんっ、8つよ。あなたの諜報能力もたいしたこと無いわね」

そう言って胸を張る彼女。ちなみにサイズは中の下。(何が?)

「ひょっとして外周施設5つに居住区2つ、研究区画に1つ?」

「?」

「最後の研究区画の1つは四日前に研究・第三部の輩に潰されてたぞ」

「うきょぉ〜〜〜」

「ご愁傷様」

「どーして?どうして、大人はそんな事するの?

 大人はいつだってそう!子供の楽しみを奪っていく。ささやかな楽しみを!

 子供の精一杯の思いを踏みにじっていく!!」


「あんなに区画をいじりまくってるような所に作るからだよ。お・こ・さ・ま」

とりあえず当たり前のことを目の前の幼児化中の人物に言っておく。

ふんっ

短い空気の音と共に迫ってくる彼女の右の拳。それを何とか両手で受け止める。

「うくっ……。あっぶねーだろ。素人だったら肋骨を粉砕してるぞ!!

 くぁー、腕がジンジンする……」

「あっそう」

そう言って彼女は不機嫌そうに椅子に座り、ディスプレイの隣においてある端末を操作し始める。





「何始める気だ?」

「あまり顔を近づけないで下さる? 口がくさくて耐えられませんわ」

「ジャンパーの人体実験のデータ? 自分のパーソナルデータなんか書き込んでなにする気だ?ミ…」

ほっ

とりあえずこちらの忠告に耳を貸さない輩に裏拳を一発。

拳に伝わるなかなか愉快な感触の後に、何かが地面に倒れる音がした。

「あんた今何言おうとした? 何か聞き捨てならぬ事を口走ろうとしなかった?

 あんた今の立場分かってる? 私は誰だ? 言ってごらん?」

「……地球連合統合平和維持軍少将。現在統合軍某中将の命令を受けて、

 幾度目かの査察のために『アマテラス』にやってきている、烏兎守絹見(ウトモリ・キヌミ)少将・閣下・様・様」

「ほほう。して汝は?」

「元・木連軍特殊部隊 『玄武』所属、草薙カイト。曹長であります」

「ならば上官の言う事は絶対だと言う事ぐらい分かるであろう?」

「ははー、ひらにー」

……………………

しばし見下ろす。

結論……つまらない、後が続かない。

私はそのまま椅子に戻り、改めて端末をいじり始める。

「……結局、何してんだよ」

「冗談で言ったんだけど、結構気にしてたとか?」

そう、彼はいつの間にかガムを噛んでいた。ミントのにおいが混じっちゃった。

「タバコやめて以来ずっとガムだよ」

「なるほど、キスの相手がタバコの味を嫌がった…と?」

「いい加減質問に答えろよ。俺の質問にぜんぜん答えてねぇだろ」

「質問の答えをはぐらかすとは、さてはあなた図星ね?あぁ、お姉さん悲しいぃぃぃ」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」

「失礼ね。こっちはただ楽しんでるだけに決まってるでしょ。あなたごときに尻尾は見せませんよぉ」

「…………」

「あっこれ、見て見て、かっわいー。あんたと違って」

「ナデシコBのオペレーター?」

私が指差したディスプレイには十代始めの少年の顔が映っている。

その顔はナデシコBの副長に引っ張られたりしながら、表情を変えていく。

そして鼻の孔に指を突っ込まれ、もがきだす。

「いやんっ、かっわゆーい。ねっ、お持ち帰りOK?」

「あんたの趣味はよく分らんぞ」

「…趣味の嫌がらせ、よ」

「は?ナニ?」

「質問に答えてあげたのに質問で返すとは、いい身分ね

「…どの質問に答えたんだよ」

「んで、捏造したデータをこうやって、ちょちょいっとすると、

 あの少年が通りがけにきっと見つけてくれるわ

「人の話し聞けよ」

「さらに!!

 隠しカメラが捉えた決定的瞬間!!

 田舎に彼女を残してきた伊藤弘雄(イトウヒロオ)の独り寂しい夜の秘め事。

 彼女似の同僚に見られ、思わずあふれ出る劣情。

 日付が変わり、カレンダーがめくられようとも続く許されぬ関係!!

 あぁ、この道の果てに敷かれているのは紅き絨毯か、己が身を傷つけるイバラか、はたまた…

 続編が待ち遠しい『ムッシュ!! イトウ、春ウララ〜?(疲労編)』のノンカット版がこの36枚組のディスク内に!!!」

「…さすがに、それは…」

「ふっ、その点に抜かりは無いわ!

 この1枚のディスクにはコンパクトながらちゃんと話が分かり、見所のシーンも逃さない特・別・エディションが!!

 んん〜ボクはどんな顔を見せてくれるのかなぁ〜〜」

「そうじゃなくて」

「?」

「コンピュータで検索してるんだから、必要ないとコンピュータが判断したら、人の目に入る前にはじかれるに決まってるだろう?」

「………しょうがない、あっちのメモリー内に残ることを願いましょう。

 念のためこれも後日着払いで…」

そんなやり取りをしていると、ナデシコでは回収し終わった情報から順に、検証を始めていた。

オペレーターによって表示される、設計図に無い区画の存在。

「おぉ?…ねっねっ、私の隠し部屋は見つかってないよっ」

「当たり前だろう、あれは場所的にお姫様のところや夜天光・六連の格納庫やらだろう。

 それだけ重要なら区画情報以外の関連する情報もあるから見つかり易いだろう。

 だいいち構造材と構造材の隙間に作った6畳程度の空間とか、警備主任室の壁を一人で数mずらして作ったこの部屋なんか、

 どうやったらハッキングで見つけられるってんだよ」

「あのハゲオヤジ、部屋が狭くなってるのに気づいて無いんだからお笑いよねー

 おかげでお茶菓子取り放題。今やここは私のお気に入り!」

そんな私の言葉を聞き流してディスプレイを見るカイト。

「…ん?ジャンパー実験のデータ、全部『失敗』にしたのか。なんか意味あんのか?」


ダメダ



「やっぱ中途半端ってやじゃない?」

「お前は極端すぎる」


チガウ



「…ふんっ…」

私はディスプレイばかり見ている彼をほっぽって、再度端末をいじりだす。

「いじけんなよ、そんぐらいで…って何やってんだ!?」


イライラスル



「見ればわかるでしょう、ナデシコをお姫様につなげてんのよ」

「そんなことして良いのかよ!!」

「十分安定したからこのぐらい問題ないでしょう。『あの人』が来るのが多少早くなる程度よ」

「だからって、…ん…………隊長から待機命令が出た」

しゃべっている途中に鳴った携帯端末をしばらくいじっていた彼は、この部屋に入って初めての笑みをその顔に浮かべる。


ドウシテ



「やけに嬉しそうじゃない。『あの人』に会えるから?」

「そいつは…どうだろうな。ただヤマサキからまた『プレゼント』が貰える」


ダメダ…ヤハリワタシニハムリナノ?…

あの男なんかでも。



「あっそ」

「じゃぁ行くぞ。そっちも司令室にでも行ってがんばんな」

カイトが部屋から出ようとしたところで、私は音を立てて椅子から立ち上がる。



この子は笑ってくれない。私が望もうとも。

私が願おうとも、この子はもうはにかんですらくれない。

イライラする……

こんなとき、どうしても思ってしまう。

この子の笑顔など知らなければよかった、と。

それはあの人と逢わなかったという事。

愛しい。この子の一つ一つの仕種、表情。

笑い、照れ、はにかんで、怒り、ふて腐れ、驚いて、いじけて、かわいい寝顔を浮かべて………

失いたくはなかったのに。

「あのこと」がこの子を変えた。

私の知っていた男の子を奪った。

あの人の心を傷つけてしまった。

もう、失いたくない…



気がつけば私はカイトを後ろから抱き締めていた。

「なんだ」

何を答えればいいのか解らない。

「急いだほうがいいぞ」

そんな事、解っている。

こんなとき、アキトならなんと言うのだろうか。

この子の表情はあの人が変えていた。

二人がうらやましかった。

「…ないで」

言葉になったのは、失ってしまった今へのせめてもの願い。

「……死なないで………」

馬鹿みたいに精一杯抱き締める私に対し、苦も無く抜け出す彼。

そして何も言わず出て行ってしまう。





動けない。

無力感が体を包む。

ドウシテ…


分かっている。

アキトハモウナニモイワナイ…


あの子に何も言えない。

ナニモ…




心の底で膨らんでいく感情。

憎悪。

これがあれば………まだ、動ける。

たとえ大好きなあの人を憎もうとも、今は立ち止まれない。

端末を操作し必要最低限のプログラムを消しておく。

その後、端末の横に置いてあった眼鏡を手にする。

ふちが無く小さめのレンズ、それをつなぐ光沢の無い銀色のつる。

アキトが木星に来てからよくつけていた眼鏡だ。度の入ってない伊達だが。

そして右の拳を無造作に、数度端末に振り下ろす。

端末はフレームの形を変えながら、もとより小さかった駆動音を完全に潜める。

眼鏡をかけ、端末に刻まれた拳の形を一瞥した後、私は部屋を出る。

恐らく、もう此処には来られないだろう。

それでも進む為、振り向いたりしない。

ただ願いをかなえる為に。





一般通路に出ると、そこは既に「OTIKA」のウィンドウで埋め尽くされていた。

しかし、私は貪欲にもその中に見つけてしまう。

たった一枚の「AKITO」のウィンドウを。

あの人の名を。







黒の魔王と闇に染まりし騎士

第3話  『黒騎士』の咆哮









ターミナルコロニー 『アマテラス』



「さあ、派手に暴れてみようか」

第一次ライン上にジャンプアウトする、高機動ユニットをつけたブラックサレナP。

男は別段暴れる事自体を目的としていない。理由無く暴れるなどガキじみた事は行わない。

これから振るわれる暴力は、明確な意思に基づいて暴れまわる。


そして何の前触れも無く停止状態から急加速し、まっすぐアマテラスへ向かうブラックサレナP。

アマテラス側は当然の事として所属不明機のその行動を敵対行動と認識し、迎撃を決定する。

その命令に従い射程内に入ったブラックサレナPに無数のミサイルを発射するミサイル艦。

しかしそのミサイルの壁はブラックサレナPの張るフィールドに阻まれ、ブラックサレナを止める事はできない。

そのミサイル群を抜けたところで次は戦艦・駆逐艦のグラビティブラストとレールカノンが迫り、ステルンクーゲル部隊も前に出てくる。

それでも多少機体をずらして直撃を避けつつ、進路を変えること無く進む。男の生き方を表すように。

速度はむしろ加速を続けている。アマテラス側を嘲笑うかのように。







アマテラス 『司令室』

「コロニーに近づけるな!弾幕を張れ」

突然の、しかし予想されていた襲撃に対し司令室は途端にあわただしくなっていた。

現在作戦の指揮を執っているのはシンジョウ・アリトモ統合軍中佐。

これまでの襲撃で、多少の被害の差はあれコロニーは破壊されている。

この『アマテラス』の重要度も含めて、迎撃の基本方針はコロニーを守る為に襲撃者を近づけない様にしていた。

しかし、そこにメインウィンドウすら占有して通信が入る。

『肉を切らせてぇ、骨をたぁつぅぅ!!』

巨大なアズマ准将の顔と声に、思わず仕事をほっぽり出してびびる司令室の一同。

「何を言われるのですか?准将」

「コロニー内及びその周辺での攻撃を許可する!!」

真後ろから聞こえたその声に驚きながらも、危惧している事を言う。

「じゅ、准将、それではコロニーが…」

「飛ぶハエも止まれば撃ちやすし!!

 多少の犠牲はやむをえん!!」


「おっしゃあぁ」

その言葉を聞き、大喜びする女性が一人。

かつてあのナデシコでパイロットをやっていた一人、スバル・リョーコ。







進路の邪魔をした数隻の駆逐艦に、同士討ちとはいえ軽微ながらも損害を与えて防衛ラインを突破していくブラックサレナP。

そしてアマテラスの球体付近で守備していたステルンクーゲルをフィールドで弾き飛ばして球体内に突入する。



そのとき、女性の声で号令がかかる。

「野郎ども、いくぜぇ!!

『おう!!』

号令と共に起動する12機のエステバリス。

統合軍のエステバリス部隊『ライオンズシックル(獅子の大鎌)』である。

アマテラス施設の装甲板に隠れていたエステバリス部隊はブラックサレナPの接近に対し、

その身を隠していたマントを跳ね除け姿を現す。



それはブラックサレナPのセンサーで察知され、搭載されているAIがその戦力を分析し、『回避』が提案される。

しかしそのエステバリス隊を見たパイロットはそのうちの1機に視線をやる。

パイロットの口元がわずかにゆがみ、手の甲にあるIFSのコネクタが光を増す。



リョーコの目には、前を横切ろうとしていた黒い機体が視界内で突然停止したように見える。

逃げようとしているのだろうか。しかしこれでは狙いを定め易くなる為良い逃げ方ではない。

相手は素人か?等と思いながら素早くレールカノンを構えるスバル機。

そして初撃を発射しようとしたところで、ふと違和感を覚える。

位置は変わってないが、大きくなっている。

つまり攻撃態勢を整えた12機のエステバリス部隊に向かってきているのだ。

「なっ!?」



その一瞬の隙を突き接近したブラックサレナPは、そのままエステバリス隊の頭上すれすれを高速で通過していく。

そして後方にまだいたステルンクーゲル部隊に突っ込んでいく。

「…もっと来いよ…」

呟くパイロット。

ステルンクーゲル部隊を気にしてか、後ろからレールカノンを撃ってくる様子は無い。

そしてステルンクーゲル部隊の直前で、始めてその進路を変えるブラックサレナP。

それはステルンクーゲル部隊が進路を変えさせた様にも見えた。





ナデシコBの艦長席につながる扉が開く。

「おまたせです」

ウィンドウに「おかえり」の文字で友人を出迎えるオモイカネ。

「戦闘モードに移行しながら、そのまま待機。

 当面は高みの見物です」

「加勢はしないんですか?」

「ナデシコBは避難民の収容を最優先します。それに…」

ハーリーの質問に答えるルリはいったん言葉を切り、示威の為わざわざナデシコBの前を飛んでいく増援のステルンクーゲル部隊に目をやる。

「向こうからお断りっ、て感じですから」

『その通り!!

 今や統合軍は陸・海・空そして宇宙の脅威をも打ち倒す無敵の軍だ!!

 宇宙軍など無用の長物!!

 まあ、そこでゆっくり見てるがいいわ。

 ガハハ………』


「何か熱血ですね」

多少ピントのずれた感想を言うハーリーにルリの声がかかる。

「ハーリー君、もう一度アマテラスへハッキング」

「え?またですか?」

「そ。キーワードは……『AKITO』です」

わざわざウィンドウを使って説明するルリ。

そのウィンドウを消すと同時に艦長席のシートがせり出していく。

オモイカネも『RURIRURI MODE』のウィンドウを開く。

ハーリーは目を丸くするのみ。

「IFSのフィードバック、レベル10までアップ。

 艦内は警戒態勢パターンA。

 システム統括!」

最後の言葉と共に展開されるウィンドウボール。

「…アキト」



ふと思い出すナデシコA時代の生活。

ルリが当直のときに話し相手になってくれたアキト。

いつもとがった雰囲気だった彼も、そのときはなぜか穏やかだった。

アキトの笑顔を頻繁に見ることのできたのはルリを含めて僅かであった。

ルリのその表情がかすかにゆるみ、顔にわずかな桜色がかかる。





アマテラスの球体外。そこを飛行する多数の機動兵器。

それは今や50機に迫ろうかと言うブラックサレナPを追いかける機動部隊。

しかし、追撃部隊の絶え間無い攻撃ですら1発も当たっていない。

逆に曲芸をするようなブラックサレナPを追いかけるだけで操作を誤り、僚機と衝突して脱落する者も少なくない。

その追撃部隊の最後尾にいるリョーコは敵の強さを間近で見せられ熱くなる。

「こら!!邪魔すんな。そいつはオレんだぁ!!」



「敵、第二ラインまで後退!」

「味方、機動部隊なおも追撃中」

その報告を聞き、ご満悦な状態で笑うアズマ。

「見たかね、シンジョウ君。

 これこそ統合軍の力、新たなる力だ!!」

「はぁ」

アズマの白熱っぷりにゲンナリしながら生返事を返すシンジョウ。

「宇宙軍の奴等め、戦争の時はデカイ面していたが今は違う!!

 地球連合統合平和維持軍、万歳ィィ!!

 ヒサゴ…」


「かたより過ぎている守備隊を、追撃中の機動部隊を除きすぐに戻しなさい」

アズマの大声を遮る凛とした声が響く。

その声はアズマのように大きくはないが、司令室にいた全員が聞き取ることができた。

「「烏兎守少将?いつこちらへ?」」

思わずはもるアズマとシンジョウ。

「早くなさい!!」

今までの襲撃では単機で突っ込んできた後、守りの薄くなった所を襲っていた。今回も同様の攻撃方法だと考えられる。

しかし、せかす絹見にオペレーターの報告が続く。

「ボース粒子の増大反応!!」

絹見の苛立ちの舌打ちとアズマの疑問符が聞こえる。

「ちっ」「え?」



アマテラスの第三次ライン付近に現れる光の揺らぎ。

破壊神ラピスの降臨ユーチャリスのボソンアウトの始まりである。

その揺らぎが収まる前に、四本の重力波の奔流が広範囲を攻撃する。

フィールドを張ってなかった為にあっけなく爆発する戦艦・駆逐艦とアマテラスの外周施設。



「守備隊の側面へグラビティブラスト!被害多数!!」

「質量推定……戦艦クラスです!!」

報告と共に表示された機影推定映像は、白くスマートな船体に黒い艦首。

その姿は黒い機動兵器同様、またしても見慣れないものであった。



ユーチャリスはいまだジャンプアウトが終わらぬ状態で、さらに守備隊の体制が整う前の攻撃を加える。



アマテラス内のある通路で3人の男が歩いていた。

歩きながら背広の上に白衣を羽織るヤマサキ。

「今度はジャンプする戦艦か…」

「ネルガルの方でしょうか」

「さあ……そうなんじゃない?

 夏月かげつは完成の目処はたってないし、雪見月ゆきみづきは予算すら出なかったそうだし…」

横を歩く白衣の男の質問にそう答えながら、斜め後ろに備えている男を手で呼ぶヤマサキ。

「あの連中は?」

「『五分で行く』と」

「は〜、大変だぁ」

ヤマサキはある部屋の前に立ち、直前の緩み様など無かったかの如く気を引き締め、扉を開くと手をピンッと上に伸ばし一声。

「緊急発令!五分で撤収!!」

その一言を告げ、反応を待たずにすぐさま歩き出す。

「後は…ここか」

そう言いながらある部屋の前でスリットに小さなカードを通し、ナンバーキーをいじる。

しかしその扉が開く事は無かった。

「ここはいいんですか?」

「ん?ああ、こっちに入ってるのは贈り物だから。喜んでくれるんだよ」

「はぁ」

「まっ、急ごうよ。連中のあの顔で『機密保持だ』は怖いよ〜」





過去4度にわたってコロニー襲撃者に対して十分な対策が取れていなかった為か、

ナデシコ内には統合軍を信用せずコロニーから逃げ出した一般人で溢れていた。

避難民に現状を告げながら出港手続きを進めているルリ。

ブリッジはボソンジャンプの時よりの慌ただしくなっているが、その雰囲気から明るさが消えることは無かった。





絹見は途端に不機嫌になっていた。

先のグラビティブラストで破壊された外周施設には彼女の作った隠し部屋が10以上あったのだ。

それに、せっかく司令室に来ても皆が命令系統をしっかり守っている為、いまだアズマが指揮している。

「階級、私のほうが上なのに…」

そんなことをつぶやきながら、司令室に来る前に調達したえびせんの袋を懐から取り出し食べだす。

ポリポリと鳴る音と共に途端に司令室に広がる香ばしい海老の香り。

シンジョウが絹見に近寄ってきて言いにくそうな声で告げる。

「しょ、少将、ここでそういう事は少々…」

「何?こんな場面で、ギャグ?」

「いえ、そうでなく…」

「何?これならあげないわよ」

ジト目でにらみ返されるシンジョウ。

「ナデシコBアマテラスより離脱!!」

「あんな小娘ほっとけぇい!!

 敵戦艦に反撃ぃ、キルサンタスとよいまちづきを廻せ、早くしろ!!」


自己中心的な上官二人の為、今やシンジョウの顔には苦労の色が滲み出まくっている。



アズマの指令が2隻の戦艦、キルサンタスとよいまちづきに届くより先に動きがあるユーチャリス。

その艦首のデコボコした黒い部分が突然分離する。

速度はステルンクーゲルより多少遅い程度。

それのサイズは50mを超え、戦争末期に木連が使用していたダイマジンほどもある。

このサイズのミサイルが当たれば、いかにフィールドを張った戦艦とて無事では済まないだろう。

それがユーチャリスの射線と重ならないように、加速しながら近づいていく。

駆逐艦が攻撃しようともフィールドが張ってある為、撃墜はできない。

それを取り付いて落とそうと近づいていくステルンクーゲル部隊。



そして、不覚にも司令室はしばし固まってしまった。

今日はジャンプする機動兵器や戦艦など散々非常識なことを生で見てきた。

しかし、今目の前で巨大ミサイルを迎撃しに行ったステルンクーゲルが撃墜されるとは、さすがに思わなかった。

ミサイルが爆発し、巻き込まれたのであるならば誰も驚かないであろう。

しかし目の前のミサイルは後ろの方から腕を出し、近づいたステルンクーゲル8機をハンドカノンですべて行動不能にしたのだった。

誰もミサイルに自衛機能があるなどとは思わない。

そして邪魔者がいなくなるとミサイルは再び分離し、腕の部分が付いた後方5分の1を後ろに弾き飛ばした。

ミサイルを止められそうに無くなったので、回避行動に移る戦艦2隻。

ミサイルはそのまま戦艦の間をすり抜け、加速しながら飛び去って行った。



「び・・・びびらせおって・・・」

つぶやき、ため息を吐くアズマ。

えびせんの他、水羊羹も平らげた絹見は今なら仲間に入れそうだと、指をなめながら発言をする。

「気をつけて。離れたちっこいの、あれ機動兵器よ」

絹見の言う通りに、離れた小さいほうはユーチャリスに向かう機動部隊へと近づいていた。



『ラピス…ラピス………ラピス……』

ブラックサレナK(分離した小さいほう)のパイロットがユーチャリスに通信を入れている。

ジャンプのショックで気絶したのか、最初の2発の自動攻撃以降ユーチャリス自体に動きが無い。

『………ラピス…ラ』

『ご飯の時間だぞ!!』

動きの無いラピスに痺れを切らしたブラックサレナPのパイロットが全チャンネルで通信を送る。

その声に目を開くラピス。

そしてラピスの操作でユーチャリスがセンサー翼を開きながらバッタを射出していく。

ユーチャリスの付近にいた駆逐艦を落としつつ守備隊の隙間に入り込んで行くバッタ。

それはブラックサレナPの追撃をしていた部隊を翻弄し、その数を減らして行く。

無論それは追撃部隊の最後尾にいたリョーコも同じことであったが、



「ちいっ、俺の相手はヤツだ!!おめーらのなんかじゃねーんだよ!!」

先の「ご飯の時間だぞ」発言を聞いていたリョーコは怒鳴りながらも着実に付近のバッタを落としていた。

そして数機のバッタも応戦するように、その体内に潜めていた小型ミサイルを一斉に発射する。

アマテラスの近くで本日幾度目かの爆炎の紅い華が咲く。

スバル機はその爆発の隙間を縫うように飛行し、爆煙を抜けたところでレールカノンを構え直し、

別の爆炎を煙幕代わりにアマテラス球体内に突入しようとしていたブラックサレナKに弾を打ち込む。

最初の着弾で体勢を崩すも、直後にブラックサレナPにアマテラスの反対側に弾き飛ばされ、特にダメージのないブラックサレナK。

そのまま球体内へ進むブラックサレナPと、再度離れていくブラックサレナK。

ブラックサレナへの攻撃には間に合わなかったが、スバル機に追いついてくる数機のエステバリス。

『お供します!!』

そう言ってくるリョーコの部下達。

リョーコは守備隊の方に向かって行ったのとアマテラス球体内に入ったやつ、どちらを追うべきか僅かに逡巡した後、

「ついて来れれば…なっ!!」

そう言って未だに被弾の無い方を追ってアマテラス球体内に突入する。

そして隊長に付いて行く部下達。





「不意な出現、そして強襲。

 反撃をさせた上での伏兵による陽動。

 気に食わないオジサンを巨大ミサイルで馬鹿にしながら、守備隊の足止め。

 爆炎に紛れながら、ポイントを変えての再強襲」

『やりますね』

オモイカネと共に現状の再確認を行っていたルリに、エステバリスの中で待機中の三郎太が率直な感想を述べる。

「気付いたリョーコさんもさすがです」

もっとも1機球体内に再侵入を許したので減点15…と心の中で付け加えるルリ。

『で、どうします?』

その質問に数瞬ほど考えて答えを出す。

「もちょっと待って下さい」

『は?』

三郎太は返ってきた答えが「行く」でも「引く」でもないことに多少の戸惑いを見せる。

「敵の目的、敵のホントの目的、…見たくなぁい?

突然、年不相応の色っぽい声で語りかけるルリ。

それに苦笑する三郎太と、なぜか鼻を押さえティッシュを探す多感なお年頃のハーリー。



……変だ。

2機同時突入のチャンスを潰しているとしか思えない行動。

いまだに守備隊をおちょくってるとしか思えない行動。

球体内に突入したほうは未だに攻撃の意思を見せない。

アマテラスの施設に対する行動も起こされた様子はない。

何かを見逃している?

先ほどバッタをすべて出し終えたのか、既に戦艦の動きはない。

………時間稼ぎか!?

そこに考えが至った時、思わず絹見は叫ぶ。

「さっきの大きなミサイル、『潮盈弾しおみつたま』が来るわよ!

 予想進路算出、戦艦と駆逐艦で迎撃!急いで!!」

そうは言ったものの気がつくのが遅すぎである。これでは間に合わない。

アレは単なる質量弾であるが、最終加速に入ると光速の数十%で飛来する。

「守備隊に来るぞ、救出艇の発進準備!」

「敵戦艦内部にボソン反応!!」

「レーダーに反応!」

シンジョウの指令に被る様な、ユーチャリスの活動再開とレーダーのレンジ内に現れる反応。

しかしそのレーダーの反応は次の瞬間にはレーダーから消え、戦艦が爆発し、アマテラスのセントラルブロックにも流れ弾が当たる。

アマテラスに直撃した弾がアマテラスを大きく揺るがす。

思わず転びそうになる絹見。それを受け止めようとするシンジョウ。しかし…

ふんっ

体を捻りシンジョウを避けた後、床で受身を取る。

そして思いっきり避けられた形になりしばし唖然としていたシンジョウにアズマが倒れこむ。

立ち上がりながら、さり気なくアズマの鳩尾に一撃入れる絹見。

「戦艦大破2、中破3。セントラルブロックに被弾3ヶ所、被害軽微」

「ボソン砲は?」

「まだジャンプアウトの反応はありません」

上官二人が後ろでもつれ合っているので、一時的にでも絹見に反応を返してくるオペレーター。

「潮盈弾の弾頭の可能性がありますが…哨戒機、出しますか?」

その性質上加速前に撃墜するのがセオリーの潮盈弾を、レーダーレンジ外にボソンアウトさせ加速に入れば迎撃は難しくなる。

しかし未だに2機の機動兵器はアマテラスに進入する様子は無い。

まだ何かを待っているのであろうが、現状ではそれが2射目の潮盈弾である可能性は低い。

守備隊の戦力は十分下がっているし、アマテラス本体に対する攻撃もその有効性が見つからない。

何よりあれは小型の物もあるとはいえ、サイズ的にあの戦艦内に入ってないだろう。

では、何を待っているのか…?





エネルギーが切れかけているのか、徐々にスピードを落としだしたブラックサレナP。

そこにレールカノンとラピッドライフルで攻撃する、リョーコとその部下達。

ここに来てようやくブラックサレナPは少しずつだが被弾してきた。

だがここでブラックサレナPの高機動ユニットのパーツがパージされていく。

狙っていたかの様にそれはリョーコの部下のエステバリスにあたり、爆発してしまう。

「なにぃ?」

なおもパーツをパージしていくブラックサレナを見ながら、リョーコは驚きの声を上げる。

その様は脱皮するようでもあり、昔のロボットの変形シーンを見ているようでもあった。

そして再度加速を始めるブラックサレナP。

「おめーは、ゲキガンガーかよっ!」

『撃ち落せぇ!!』

リョーコの言葉と共に響き渡る大声。



「撃って撃って、撃ちまくれぇ」

なんて男だ……すぐに復活できないように少々強めにヤッタつもりだったのに…

絹見はオペレーターのシートに片手をつき、片手で耳を押さえながら心の中で愚痴った。

アズマが無事な理由は彼の任務遂行に燃える心か、あるいは単なる宇宙軍に対する意地か、どちらかはわからない。

しかし、その大声は考え事をしていた絹見の聴覚に多大な被害をもたらした。

彼は相変わらず「撃ちまくれ!!」などと声を張り上げている。

どうも頭に血が上りすぎて、敵の撃退と宇宙軍に力を見せ付けると言う目的が入れ替わっているようだ。

と、言うより、目的と手段が完全に入れ替わっている。

………私の所為じゃないわよ。

絹見は頭痛を感じながら、さすがにここでお茶を頼もうものならつまみ出されるだろうか?などと思い、軽く頭を振る。

そしてオペレーター席に表示されていた先の潮盈弾の被弾場所に目をやる。

アマテラスに当たったのは3ヶ所。そのうちの1ヶ所、セントラルブロックのコントロール室付近。

やられた…………恐らくそこに打ち込まれたのは……

絹見が何かを言う前に、いつの間にかリョーコと言い争いをしていたアズマに繋がる通信が声を発する。

『ゲート開いてますよ。いいんですか?』

「「へ?」」

言い争いをしていた二人が仲良く声を揃える。

「13番ゲートオープン!!敵のハッキングです」

言葉と共に開いたウィンドウには『13番 遺跡専用搬入口 開門』と出る。

「13番?なんじゃそりゃ、わしゃ知らんぞ?」

「それがあるのよ、アズマ准将。あなたの知らないことならいくらでもあるわよ」

「?!、どう言う事ですか、烏兎守少将?」

嬉しそうに笑顔を浮かべる絹見。

「茶番は終わり…と言うことです」

突如喋りだすシンジョウ。その声には他人の心を引き寄せる十分な重みがあった。

先ほどまでのス○ッフサービスに電話しそうなぐらい情けない様子を醸し出していたシンジョウは既にいなかった。

そうこうしている内に兵士達がアズマを取り押さえる。

「人の執念……」

誰にも聞かれることのない呟きをシンジョウが発する。



アズマとケンカしていたリョーコをそのまま撒き、13番ゲートに侵入するブラックサレナPと、

それを確認して今までユーチャリス付近で機動兵器の相手をしていたブラックサレナKが続く。

そして進入禁止の警告マークがウィンドウに表示されたが「まぁ非常時だし」と追撃を独断で決めるリョーコ。

最高速度のまま13番ゲートに突入するが、しばらく進んだところで伏兵に攻撃される。

「うぁあっつどあぁああああ!」

声と共に起こる小規模な爆発。



「お久しぶりです、リョーコさん」

「よぉ、久しぶりだな、2年ぶりか?…元気そうだな」

突如開いたウィンドウにはルリの姿が。

「ええ、…相変わらず流石ですね」

「無人機倒したって、自慢にゃなんねーよ」

その言葉を肯定するように付近に浮いている、トラップの残骸と数機の無人ステルンクーゲル。スバル機は無傷である。

「せっかく『熱血』でも『白銀』でもねえ、オレんとこに来たんだ。

 やつぐらいしとめねえとな」

「そういった進入者に対するトラップはもうありません。案内します」

「すまねえな……っておめー、人んちのシステム、ハッキングしてるな!?」

私はやってません。……ちなみに私が使ってるデータはこのハーリー君がすべて持ってきてくれるんです」

そう言ってウィンドウを使って、ハーリーをリョーコに見せる。

「ひっ、ひどい、艦長ぉ〜」

「ぁはっはっはっ」

思わず笑い出すリョーコ。



黒い機動兵器のいなくなったアマテラスの外では、手の空いている守備隊が総攻撃を仕掛けている。

しかし機動兵器で近づいてもバッタでやられ、ミサイル類の長距離攻撃も利かず、戦況は膠着状態に移っていた。

一方、ラピスのサポートで目的地に着実に近づいていく2機のブラックサレナ。



「プラン乙を発動。各地に打電、『落ち着いて行け』」

司令室に響き渡るシンジョウの指令。

小柄ながら、大声とそれなりに力のあるアズマを兵士が数人がかりで捕まえている。

絹見はなおも時間稼ぎでもできないかと、「システムを落とせないか?」などとオペレーターとやり取りをしている。

「放せ!わしゃ逃げなどせん!!

 シンジョウ中佐、何を企んでいる?キミらは一体何者だ!?」

自分の名前が無い事に左の眉を吊り上げる絹見。話しかけられていたオペレーターが思わず腰を引く。

「地球の敵、木星の敵、宇宙のあらゆる腐敗の敵、…」

絹見は先ほど倒れた拍子にシンジョウから奪っておいたカンペを読み上げる。

絹見の言葉と同時に、急いで体中を確認しだすシンジョウ。

「なにぃ?」

アズマの注意が絹見に向き、絹見は嬉しそうに口元をゆがめる。

「わたしは…「…、火星の後継者だ!!」………」

シンジョウは言葉と共に統合軍の制服を脱ぎ捨て、その下から別のデザインの制服を現す。

絹見がアズマの反応を待っていたほんの数瞬の隙を見つけ出し、最後の名乗りだけは死守するシンジョウ。

ス…スポットライトまで……と悔しそうな絹見。

アズマは、制服の仕掛けが問題無かったのでホッとしているシンジョウと、悔しそうな絹見を見比べていまいち状況が理解できていない。



絹見が横目で見たメインスクリーンは侵入者が最後の隔壁に辿り着いた事を示している。

それを見て残念そうな表情を浮かべたかと思うとシンジョウの横にススーッと近寄ってその袖をクイックイッと引っ張る。

「シンジョウ君、シンジョウ君。これ、あげる」

そう言って右手に小さなものを握って差し出す。

シンジョウが受け取ったものは、赤く丸いボタンの付いた10cm四方の薄い箱。

それには『きばくすいっち』と書かれたシールが張ってある。

「私が仕掛けたの。それも使ってね」

そう言って彼女は扉付近まで下がって壁に身を預け、腕組みをしながらウィンドウをじっと見ている。

もう発言はしないという彼女なりの意思表示なのだろう。

それを確認したシンジョウも、その『きばくすいっち』を懐に入れて前に向き直った。

「ヒサゴプランは、我々火星の後継者が占拠する!!」

シンジョウが通信に乗せてヒサゴプランの占拠を宣言する。





このアマテラスで最も重要な、この第五隔壁の向こうの区画。

その第五隔壁の前にいながら、既に追撃部隊が来ないことは分かっていた。

この区域には何も知らない統合軍が見てはいけない物がある。

だから、外には追撃させない為の口実も残してきた。

それなのにラピスから伝わってくる情報には付いて来ているエステバリスが1機。

もうすぐ彼女は「まわり道は面倒だ」と言う理由で第四隔壁をぶち破ってくるだろう。

しばらくブラックサレナPのティールバインダーでちまちました作業をしていると、後ろで予想していた通りの爆音が響く。

そして通信用ワイヤーが打ち込まれたブラックサレナKに、ナデシコBから強制通信が入る。

むろんブラックサレナKを経由してブラックサレナPにも通信が繋がる。

「こんにちは、私は連合宇宙軍少佐、ホシノルリです。

 このような形でスミマセン。

 ……あの、…教えてください。あなた達は誰ですか?

 あなた達は…」

「時間がない、早くしろ」

ルリの言葉を聞かず、遮る様にしてしゃべるブラックサレナKパイロット。

そしてラピスがアマテラスに打ち込んだ端末から読み取ったパスワードが入力される。

多少の気圧差があったのか、しばらく開かれる事の無かった巨大な隔壁に積もった埃を吹き飛ばしながら空気が移動する。

開ききる前に移動を始めるブラックサレナK。

それにゆっくり付いて行きながらスバル機に通信を送るブラックサレナP。

「ついて来るのは勝手だ」

リョーコはその言葉を聞いていながら、理解はできなかった。

それだけの物が、開ききる前の隔壁の向こうに見えた。

何も考えずに、遥か先に見える物を確認しようとエステを進めるリョーコ。

そのスピードは2機のブラックサレナを通り越しても、なお加速を続ける。

「ルリィーッ、見てるかぁー」

「…リョーコさん…落ち着いて」

目の前にある物が信じられず、落ち着けないリョーコと、対照的にそれでも冷静でいようとするルリ。

「……何なんだよ、ありゃあ。

 どうなってんだよ、これはぁ!!

「リョーコさん!」

そこは珍しい形でありながらも、彼女達には見慣れた形の船体が固定されたドッグ。

『それ』のほぼすべてを見渡せる所まで来てようやく止まるスバル機。

そしてその船の船体に寄生するように広がっている『もの』

『それ』は数年前、戦争の末期に失われた筈の物。

「形は変わっていても、あの『遺跡』です。

 この間の戦争で、地球と木星が共に狙っていた火星の遺跡、

 ボソンジャンプのブラックボックス。

 ……ヒサゴプランの正体は『これ』だったんですね」

「そうだ」

狭い通路を抜けた為加速を始め、再び距離を縮めたブラックサレナKのパイロットが答える。

「ルリィ…これじゃぁ、あいつらが浮かばれねぇよ……」

これは戦争を、戦いを、それらを憎んだ仲間が、争いを止める為にナデシコAに載せて宇宙の彼方に飛ばした物である。

その作業が終わったとき、彼は嬉しそうに微笑んでいた。その顔に希望の色を浮かべて。

「何で…何でこいつがこんな所にあんだよ…」

『それは、人類の未来のため!!』

リョーコの悔しさを隠そうとしない呟きに答える様にして、ナデシコAの上に現れる巨大なウィンドウ。

そこに映る人物の着る服は、火星の後継者の名乗りを上げたシンジョウが着ていたものと同じデザイン。

そしてその人物の顔は、戦後多くの人間が知る事となった顔。

「草壁?!中将ぉ?!」

「リョー「クサカベェェェェェェェエッッ!」

ブラックサレナPからの警告の声すらかき消す、ブラックサレナKからの怨嗟に満ちた通信。

そして何の前触れもなく数発の炸裂弾を放つブラックサレナK。

その射線の先からスバル機に接近してくる複数の影がある。

「うっっ……く……つうっうあああっ

ヒット・アンド・アウェイで波状攻撃を仕掛ける3機の機動兵器・六連。

かつてナデシコで振るわれた敏腕を見せる事無く、ボロボロのナデシコAに磔にされて無力化されるリョーコ。





今やアマテラス内のあらゆる所に火星の後継者の制服を着た兵士が溢れ返っている。

その兵士は今までアマテラス内にいた職員。

実質上、アマテラスは火星の後継者の手によって運営されていたのである。

そして司令室のシンジョウから新たなる通信が流される。

「占拠早々申し訳ない。

 我々はこれよりアマテラスを爆破、放棄する。

 敵、味方、民間人を問わず、この宙域から逃げたまえ。

 繰り返す、この宙域から逃げたまえ」



その放送を聞いている者には、今まで命を懸けてアマテラス防衛をしていた統合軍の兵士も含まれている。

今までアマテラス防衛隊を指揮していた所からアマテラス占拠の宣言が出され、その上爆破までするときている。


そして守備隊と膠着状態になっていたユーチャリスは少数のバッタを殿に残してゆっくりアマテラスから離れていく。

もっとも指揮官がいなくなった守備隊はその追撃をしようとしない。


そんな中、ナデシコBからアマテラスに密かに向かう機体が。

三郎太の乗ったスーパーエステバリスである。



それらを確認すると、誰にも気づかれること無くゆっくり歩き出す絹見。

マントの下のポケットに手を入れると小さなシガレットケースを取り出し、中から一つの小さな青い石を取り出し、そのまま出口から出ていく。

廊下でわずかな輝きがあった後、アマテラス内で「烏兎守絹見」を見た者はいない。







「リョーコさん、大丈夫ですか?」

「今度は…かなりやばいかなぁっ」

そう言いながら使えなくなって動く邪魔になっている部分を外していくリョーコ。

その頭上では2機のブラックサレナとリョーコを動けなくした3機の六連が戦っている。



質量弾や炸裂弾・閃光弾に、近接・触発・時限信管を使って2機の六連と戦っているブラックサレナK。

相手の動きを先読みしながらの多種多様な攻撃は、相手が2機でありながら、一進一退の攻防を繰り広げている。


それに対しスバル機から離れず、間に割り込みながら残りの1機に散発的にハンドカノンを打ち込むブラックサレナP。

その姿はスバル機を庇っているかの様に見えるが、人質にして相手を牽制している様にも見える。

リョーコには前者に感じていたが、やってるほうは後者である。



相手にしていた2機が離れて行ったので警戒しながらもスバル機の近くに降りてくるブラックサレナK。

「君は関係ない、早く逃げろっ」

「やってるよ!!」

その時、辺りに響き渡る低い爆音。

それはシンジョウの言ったアマテラスの爆破の始まり。

そしてナデシコAの付近に響き渡る錫丈の鳴る音。

ナデシコAをライトアップしていたライトの上に広がる黒い空間。

そこからボソンジャンプしてくる機動兵器が1機。

手に握られた錫丈。そして見るものが見れば分かる、その独特な機動戦用ノズル。

火星の後継者の持つ最上位機種、夜天光である。

「闇の空 川にのまれし 思い人

     届かぬ思い 夜も眠れず」


そんな相手の心を逆撫でする詩を詠む夜天光を中心に、先の六連3機と新たにジャンプアウトした3機が集まる。

それらのさらに上に、一呼吸遅れてにじみ出るようにジャンプアウトする六連が1機。

「おんなの前で死ぬか?」

極めつけの言葉に堪え切れない様子のブラックサレナKパイロット。

小さく鳴る喉の音と共に、合計8機に増えた敵に単機で突撃しようとする。



しかしその動きは途中で止まってしまう。

いや、正確に言うならば、ブラックサレナKは突如重力に引かれたかの如く、下にあったナデシコAの船体に頭からめり込む。

その脚部に目をやるとナデシコの船体から出てきた真っ黒な鎖が絡みつき、さらに自由を奪うべく機体の装甲を絡めとっている。

「なっ??」

いまだ繋がっている通信から驚きの声が伝わり、リョーコは2機の黒い機動兵器を見る。

ほとんど動けなくなった1機と、もともと動こうとしないもう1機。

よく見ると動こうとしない1機の背部からは、ナデシコAに刺さっている鎖が1本垂れ下がっている。

「?」

そこに目を奪われたとき、視界の隅が光り輝く。

そこに視線を移すと光り輝く遺跡の中に、無機質で彫像にも見える女性が一人。

アマテラス全体を揺るがす各所の爆発が起きようとも、彼女の瞼は硬く閉じられたままで、何も反応を返さない。



「アキト!!」

かつての仲間の名前を叫ぶリョーコ。

遺跡の中から現れた眠っているかの様な女性、ミスマルユリカと時を同じくして行方不明になり死亡したと思われた男性の名。

ナデシコ時代の彼は時として死にたがっているとしか思えないような言動をしていた。

しかし彼は人が死ぬことを忌み嫌った。理不尽な暴力を憎んだ。

だから彼はパイロットが、仲間が死なないことをぎこちないながらも笑顔で喜んだ。

そう、彼は『仲間』を大切にしていた。

彼女がそこにいる理由をリョーコは知らない。

しかし、彼女が何らかの理由で捕らわれているのであるなら、仲間を大切にする彼なら何かをするのでは…

仮定の上の仮定。仮説に重ねられていく仮説。

いや、仮説ですらない、彼女の自分勝手な願望。現実を認めたくなかった彼女の。

「おぉい!!アキトなんだろっ!!

 だからさっき庇って…」

リョーコは真実を求めて、死んだとばかり思っていた仲間の名前を必死に叫ぶ。





「滅」

言葉と共に振り下ろされる夜天光の錫丈。

それを合図に一斉に動き出す取り巻きの六連。

不規則にその進路を変えながら、照準を合わさせない様に接近する6機。

残りの1機は一直線に、ただ最大加速で突っ込んでくる。

やられる!?

リョーコはそう思った瞬間に感じた強い衝撃と強い閃光に目を閉じた。



リョーコが次に目を開いたとき、その目に入ってきたのは爆炎の紅と遥か先に見える闇と星の輝き。

入るときに使った13番ゲートとは違う狭い通路、そこを三郎太のスーパーエステバリスに抱えられて飛んでいる。

もちろんそこにさっきの黒い機動兵器はいない。

「ばかばかぁ!!引き返せ、あそこにはユリカが、アキトも…」

断定ができず僅かに言葉を詰まらせる。

「わりーな、艦長命令だ」

三郎太個人としても、突入したとたんにヒールキックで顔面パスをしてきた相手を助けに戻りたくは無い。

爆発は通っている通路のすぐそばでも起きているのだから。

「ルリー、聞いてるか!!見てるか?見てたんだろ?!

 いたんだよ、生きてたんだよ!!あいつら。

 ちくしょぅ……またなんにもできねぇのかよ…」





「高杉機回収後、当艦はこの宙域を離れます」

スバル機からの悲痛な呟き声を聞きながら艦長としての職務を果たしているルリ。

「ルリ」と「アキト」の関係を多少は知っているのか、ブリッジクルーの数人は艦長の顔を仰ぎ見る。

しかしルリはただ艦長であり続けた。



高杉機がアマテラスから脱出する直前、ナデシコAのあった場所付近で多数のボソン反応があった。

あの人がいたとしても、逃げることはできただろう。

今はそれだけで十分………

そんな思いを心に秘めた艦長を乗せた戦艦は高杉機を回収しアマテラスから離れていく。

しばらくするとアマテラスは白い閃光を放ち、砕け散った。







あとがき、いっとく?

どうも、またご覧頂ありがとうございます、倒立紳士です。

「なんでぼくがここに?」

今回の相方は冒頭担当者B、血塗れの質問魔カイト君でなく、冒頭担当者Aでもなく、変人絹見でもない、
なんとあの!!伊藤弘雄君でーす。

「ってなんで?!」

他に適任者がいないから。ってこの考え方、政治の場じゃぁ特にゴメンだよねー

「どうして名前だけのキャラに、そういう返しにくい質問するかな?」

甘いっ、君には簡単ながらもちゃんと経歴もあるし、田舎の彼女の名前もあるぞ!だがそんなこたぁ問題じゃねぇ
君がここに出た理由、それは「喋る必要が無いから」だ!!
そんな訳で長くなりすぎた為に分割した後ろ側、「幕間」も見てね。

「だったら某CDと同じ分け方にしなければいいんじゃないの?」

幕間へ