機動戦艦ナデシコ
〜時の旅人〜
第五話 『正義』と『狂気』
ナデシコ内展望室にて。
テンカワアキトは昇り行く朝日を見ながら、
いつもの様に考え事をしていた。
「……はあ…………」
今日、何回目かのため息を吐く。
「……どうしたんですか?ボケっとしちゃって」
声のした方向に振り返り、声の主を確認する。
「ん?ああ……メグミちゃんか。君こそどうしたの?こんな時間帯に」
……アキトの言うとうり、彼女の部署である通信士は
この時間帯、就寝時間のはずだ。
「え?……ああ、いや、私は少し考え事を……」
少し下を向きながら、アキトの質問に答える。
「……奇遇だね。俺もここで考え事をしていたんだ」
「……どんな事を考えてたんです?」
「……ガイの事さ」
「……そんな人、このナデシコに乗っていましたっけ?」
メグミは、『ガイ』という人物に心当たりが無かった。
「……ああ、ヤマダジロウの事。何でも、『魂の名前』とかなんとか」
「……リスナーネームのみたいなものですか?」
「……………」
メグミの質問には答えず、黙り込んで下を向く。
…………暫しの沈黙。
「……メグミちゃんは、何の途惑いも無く、人に向かって銃を撃つ事が出来る?」
長い沈黙の後、アキトが重々しく口を開く。
「え?……で、出来る訳無いじゃない!!そんな事!!」
アキトの突拍子もない質問に、強く否定するメグミ。
「……そうだよな……でも」
「……でも?」
「ガイの奴は二回も撃たれているんだよ。実際」
怒りと憎しみを言葉に入れながら、静かに答える。
「……なんでそんな事が出来るんだよ!!人を屑とか塵呼ばわりして!!
なんで表情一つ変えずに人に向かって銃を向ける事が出来るんだ!!なんで……!!」
やり場の無い怒りを近くにいたメグミにぶつける。
「……!!ゴメン。メグミちゃんは関係ないのに…………」
正気に戻り、
吃驚して目が点になっているメグミに非礼を詫びる。
「……優しいんですね。アキトさんは……」
「いや、優しくなんか無いさ……俺は………」
一方その頃。
「お〜い!!起きてるかあ〜!!」
ガンガンガン
……アキトとメグミの話題の中心人物のひとり、『ダイゴウジガイ』は、
ある人物の部屋の前に来ていた。
「早くドアを開けてくれ〜!!」
ドンドンドン
「いつまでも寝てんじゃね〜!!」
……話から察するに彼は、だれかを起こしに来たようだ。
……大抵の部署の人間(0時〜12時の部)が、眠りに就いている時間帯に。
「扉を蹴破っちまうぞ〜」
ガァンガァンガン
「蹴破るからな〜」
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン
ピッ
ウイ〜ン
……ヤマダが粘ること数十分、やっと扉が開いた。
「おお、やっと起きたか!!」
「ええ、とっても気分爽快ですよ?
………………………………クククククククククククククククククククク」
たった今、自分が起こした人物が
とても邪悪な笑みをこぼしているしている事にヤマダは気付いていない。
「タチバナアヤカ!!お前に決闘を」
ドン
ドン
ドン
三発の銃弾が、ヤマダの頬を掠める。
「あ?」
ヤマダはよくよく自分の目の前に立っている人物を見てみる。
……腰までのばした紫色の髪、紫色の瞳、紫の制服。
早い話が黒ずくめならぬ紫ずくめ。
こんな格好している奴はナデシコ内で一人しかいない。
タチバナ一人しか。
…………まあ、いつもと違う所を挙げれば、
まるでドラックを服用した直後のようにギラギラした瞳、
獲物を仕留める時のような狩猟者の笑み、
そして自分に突きつけられているブラスター(違法改造モノ)
この程度だ。
何の問題も無い(と、ヤマダは思っている)
「私の至福の時間をぶち壊すなんて余程の用事なんでしょうね?
敵ですか?敵ですね?ならばとっとと狩りにいきましょう
………………ククククククククククククククククククククククククク」
……何やらとってもご機嫌斜めな様子。
しかし、やはりヤマダはそれに気付いていない。
「いや、違う!!それよりももっと大切なことだ!!」
「……それなら誰かの抹殺ですか?…………解りました。引き受けましょう。
ターゲットは誰ですか?草壁ですか?北辰ですか?
テンカワアキトですか?
…………最後の奴なんてオススメですけどね……………ククククククククククク」
何が如何オススメなのかさっぱり解らない。
……今の彼女なら、誰彼構わず『殺って』しまうだろう。
そんな状態でも、いまだにヤマダは気付かない。
既に自分の命の灯が燃え尽きようとしていることに。
「タチバナアヤカ!!貴様に決闘を申し込む!!」
「……………………………………」
ガチャリ
無言でブラスターに弾(こっちも違法改造モノヴィンテージモノ)を装填するアヤカ。
そして…………
ドン
「ひぃ!?」
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン
ヤマダに向かってひたすら銃を乱射する。
えぐられる頬。
「も、もしかして……大ピンチ?」
ようやく事態の重大さに気付いたようだ。
「……そのまま動かないで下さいよ〜、脳天にぶち込みますからね〜
………………………………クククククククククククククククククククククククククク」
カチャリ
ヤマダの眉間に照準を合わせる。
(カ、神様〜、俺が何したって言うんだよ〜)
A:彼女の至福のひととき(=寝ること)を邪魔した。
(とっ、とりあえず、逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ
逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ
逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ
逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ
逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ逃げなきゃ駄目だ
逃げなきゃ駄目だ!!)
自分の動物的本能が、此処にいるのは危険だと告げている。
「あ、ああ、ぉ、俺、部屋でゲキガンガー見なきゃいけないから!!
………そ、そういう訳だから!!」
適当な理由でっち上げ、その場から立ち去ろうとする。
……が、
「ん?な、何だ!?手が!?足が!?動かない!?」
まるで金縛りに遇ったかのように、自分の手足の自由が利かない。
「どうした!?手足!?動け!!何故動かん!!?」
いくら動かそうとしても、手足は言うことを聞いてくれない。
自分の命が残り少ないことに気付いているのに。
「ククククククククク…………嬉しいだろう?楽しいだろう?……妬ましいくらいに」
「女の……声?……じゃない、貴様!!何をした!!」
「ククククククククク…………マジシャンは種を明かさないものですよ?…………」
引鉄に手が伸びる。
絶体絶命の大ピンチ。
そして頭の中を駆け巡る、幾つもの走馬灯。
…………何故、彼女を無理矢理起こしただけで、
こんなめに逢わなければ為らないのだろう?
ここまで彼女を駆り立てているものは何だろう?
……それらを考えることも、数瞬後には出来なくなる。
(………奇跡よ……起こってくれ……!!)
「クククククククククククク………………これでジ・エンドです。
…………もう逢うことも無いでしょう…………サヨウナラ」
引鉄を引き、そして……
カシャン
……奇跡は、起こった。
先ほど銃を乱射していたせいか、ブラスターの残弾が無くなったのだ。
自分の寿命が延びた。
「タ、助かった……のか……?」
「…………チっ、弾が尽きましたか……運の良い…………」
舌を鳴らしながら銃弾を装填しようとする。
「……いえ、そう言えば…………」
呟きながら部屋に戻り、
歪な形の仮面を手に持ち、戻ってくる。
「先日、古美術商の人に骨針がついていて、
額に赤くて奇麗な宝石が埋め込まれている
素敵な石仮面を貰いましたっけ………………クククククククククククク」
……一体何処に宇宙をさすらう古美術商がいるのか不思議だが、
今はそんな事気にしている場合ではない。
絶体絶命のピンチには変りはないのだから。
「最初は痛いかもしれませんが……何、すぐに気持ちよくなりますよ?
…………本物なら…………ですけどね…………クククククク」
最早彼女の瞳に狂気以外宿っていない。
「い、嫌だ、だ、誰か助けてくれ〜!?」
ブスリ
「ぎ、GYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!?????」
「くくくくくくくくくくくくくくく……………………」
「バ、馬鹿な!!
コ、このGAIが!?このGAIがアアアアア!!!!!!????」
「はははははははははははは………………………」
数十分後。
「………………チっ、やはり贋物でしたか……
まあ、科学に犠牲は付き物ですし、
ヤマダさんも本望でしょう……くくククククククククク」
アヤカは数十分前までヤマダだった塊を見、呟く。
「……さて、弓と矢の方はどうしましょう?
……考えてみれば、此処にはモルモットが沢山居るじゃないですか。
……………考える必要なんて、ありませんね……………ククククククククク」
…………この場面を運悪く目撃するウリバタケ。
「アヤカちゃん、エステバリスのことでちょっと……うん?ヤマダ?……え?ちょっと!?アヤカちゃん、一体何を!!
何なんだよ!!その矢は!?お、オチツイ…………
フォ、フォオオオオオオオオオオオウ!!!!!!!?」
ウリバタケは、刻の涙を見た。
………………逃げろ、ナデシコクルー。
(あいつ、派遣した俺が言うのもなんだけど、大丈夫かな〜、
対象者を殺してなければ良いんだけれど……)
パチン
「……田神さんの番ですよ。早く打ちなされ」
「ん?ああ、すいません」
パチン
…………タガミアキラ。
彼――テンカワアキト――が名乗っている偽名である。
因みにタガミは近所の爺さんと、呑気に将棋を打っている。
「……妹さんの心配ですかな?」
パチン
「いえ……妹のことなんて塵一つ気にしちゃいないんですが……」
パチン
「気にしてないんじゃが……?」
パチン
「妹の友達の方が心配でね……」
パチン
「フム……?ところで、「占い師」っちゅー職業は、儲かるのかね?」
……この老人の言うとうり、タガミは今、『占い師』をやっている。
……無論、単なる暇潰しの為にやっているのだが。
パチン
「ええ、まあ。そこそこには」
パチン
「ところでおぬし、とっかえひっかえじゃな。一週間前には金髪の美人な女性、
三日前には無口でキャワイイ10歳前半の美少女
……占い師っちゅーのは、モテルんかね?」
思いっきり鼻の下を伸ばしながら、タガミに聞く
パチン
「ええ、モテモテです」
多少事実とは違うのだが、面倒臭いので生返事を老人に返す。
パチン
「ウハウハかの?」
パチり
「ええ、ウハウハです」
「ええのう……王手じゃ」
「……まった」
「今日だけで14回目ですぞ?」
機動戦艦ナデシコ
メインブリッチにて
「ふえ〜、疲れたよ〜う。昨日もデスクワーク、今日もデスクワーク、明日もデスクワーク、
毎日毎日デスクワ〜クゥ〜」
机に顔をくっつけながら、ユリカが愚痴を呟く。
「ユリカ〜、僕がやっておこうか?」
ジュンがユリカに(要らない)助け船を出す。
「え!?やってくれるの!?ジュン君!!やっぱり最高の「駄目です」」
「友達だね」と、言おうとしたが、そばに居たプロスの声によって掻き消された。
「副長には副長の、艦長には艦長の仕事があります。
貴方はこの艦の『心臓』なのですから、きちんと自分の仕事をこなして下さい」
プロスが眼鏡を妖しく光らせながらユリカとジュンに注意する。
「『心臓』である貴方が死ねば、いくら他のクルーが生存していても、
この艦は事実上『敗北』します。『心臓』が動かなくなれば、人間は死んでしまいますからね。
替えが効かないのですよ。貴方は。逆に『手や足』であるパイロットは、
いっちゃあ悪いですが幾らでも『交換』が効きます。ですから……」
「……ルリちゃん、他の人のスケジュールを表示して」
プロスの『有り難いお説教』を無視して、
ルリに他の部署のスケジュールを表示するよう命令(?)する。
「了解しました」
ピッ
電子音と共にスケジュール表が表示される。
「げ!?私の部署だけ真っ赤っか〜
……ん?あれ?私と同じくらい真っ赤なのが一つ有る……」
「あ、ほんとだ……僕の部署よりハードスケジュールだ」
二人は艦長と同じくらい
ハードスケジュールの部署を確認する。
「え?嘘〜」
「僕、この人と合流してから、殆ど仕事している姿見たこと無い」
二人とも自分の目を疑った。
何せ一番仕事をしていない人物の部署が真っ赤なのだから。
「ねえねえ、プロスさん」
「……ん?なんですかな?」
「……これがこの部署のスケジュールですよね?」
ユリカが『問題』の部署を指差す。
「……ええ、真っ赤ですね」
「何でこの人の部署が真っ赤なの?全然仕事している所見たこと無いのに」
その部署の名前は
エステバリス隊長兼整備主任。
……詰りは、まあ、アヤカの部署なのだ。
「ん?何か問題でも?」
プロスは首をかしげながらユリカに問う。
「……で、これがあの人の昨日の行動記録です」
アヤカの昨日の行動記録が表示される。
殆ど『青』で埋め尽くされている。
「この青、プロスさんにも何を示しているか解るでしょ?」
「ええ、解りますよ。その色は、
睡眠時間を表してますね」
「じゃあ、何でその睡眠時間のバーが20時間あるんです?
赤色のバーが3時間しかないんだけど…………」
確かに、普通の人にはアヤカがサボっているとしか写らない。
……………………しかし、彼女は『普通』ではない。
「ああ、これは彼女と合流した初日に……」
『……駄目ですか』
『ええ、駄目です』
アヤカは溜め息を吐きながら、
『はあ、解りました。一時間で終わらせます』
『ハハハ、無理ですよ?一時間じゃ』
一時間後。
『プロスさ〜ん、終わりました〜』
『はい!?嘘でしょう!?まだ一時間しか経っていませんよ!?』
『じゃあ私の仕事状況見といて下さい。
私は眠いんで寝ます。ファ〜ア』
眠そうに欠伸をしながら自室へと足を向ける。
『あ、ちょ、一寸待って待って下さいよ!!』
『ああ、因みに不必要な事で私の眠りを妨げる奴は、
鏖
ですので気をつけて下さいな。
じゃあ、そーゆー事ですんで』
「……と、いうわけなんですよ。
事実、彼女は一時間でノルマを終わらせているのでね」
「へえ〜すっごいんだ〜」
「ミ、鏖って……」
「…………先日のヤマダさんの件、知っていますね?」
プロスの眼が冷たくなる。
どうやら、かなり重要なことらしい。
「は、はい。
何でもこの頃『WRYYYYYYYYYYYYY――――っ!』って呟いているとかいないとか……
………………マ、まさか!!」
「………………貴方もああなりたくなりのなら、細心の注意を払う必要がありますね」
「『性格に問題あるが腕は一流』って止めたほうが良いと思う」
「…………『あれ』さえなければ、『超一流』の人なんですけどねえ」
頭を抱えながら、プロスが呟く。