結局、3キロ歩いたところで通りかかった資材運搬車両に乗せてもらうことができた。




 山田、アキト、メグミは荷台の上に思い思いの格好で寛いで…………いや、寛いでいない。



 そこは、山田の一人の独談場になっていた。



 論題『いかにゲキガンガーは素晴らしいか』を二人に熱く激しく語っている。




 メグミは顔を引くつかせて、愛想笑いを浮かべることしか出来ない。




 山田の嬉しい誤算は、堅物に見えたアキトが、かなりゲキガンガーに詳しかったことだ。

 どんなネタを振ってもきっちりついてくる。

 すでに、山田と同じレベルに達しているといっても過言ではない。


 『熱き魂ゲキガンガー同志会』を結束しようと持ちかけたときは、素っ気なく断られてしまったが。


 山田は心の中でニヤリと笑う。

 なに、時間はたっぷりとある。いつかは引きずり込んでやるさ。





 時速20キロ程度で運搬車はゆっくりと走行していた。


 安全装置は付いているものの、一歩間違えれば下へ真っ逆さまである。これ以上のスピードは出せない。

 10キロ30分程度の道程だが、これで十分だった。


 外したバイザーを片手で玩びながら、アキトは網目模様に築かれている通路を眺めた。

 この光景は『前』の月を、ユーチャリスが隠されていたドックを思い出させる。

 正直、楽しい光景ではない。


 だからといって、破壊するわけにもいかないしな。


 アキトは自嘲気味な笑いを浮かべる。



「だからよ〜〜〜〜〜っ!!アキト!!ここでアクアマリンが〜〜〜」

 山田がゲキガンガーを楽しそうに語っていた。


 『昔』の自分もこんな表情をして、こんな眼をして語っていたんだろうか?

 だとしたら、ルリちゃんに「バカばっか」と言われたのも頷ける。





 山田を静かに笑いを含んで眺めているアキトの黒瞳を、メグミは黙って見つめていた。


 車に乗せてもらい、アキトがバイザーを外した瞬間にメグミの知っている『アキトさん』が戻ってきた。

 前の食堂の時もそうだった。バイザーをつけた瞬間、雰囲気が変わったのを憶えている。


 アキトさんて2重人格?


 メグミは微かに笑みを浮かべる。


 それなら、大丈夫。ようはバイザーさえつけなければ『怖いアキトさん』になることはないのだ。

 だったら、つけないようにさせていけば良い。第三防衛ラインではバイザーとマントをつけずに戦うこともできたのだ。

 たぶん、アキトさんにとってバイザーは自己暗示をかける仮面なのだろう。

 それを被れば強くなる暗示の道具なら、それをつけなくても大丈夫ですよと諭していけばいい。

 こっちは看護婦の研修を受けたこともあるのだ。相手を諭すならお手の物である。


「わかるだろ〜〜〜〜〜。アキト!!これがヒロインのあるべき姿だよ。これが究極のヒロインさ!!」

 山田がバシバシとアキトの肩を叩く。


 メグミは小さく眉を顰めた。

 アキトさんに訊きたいことがあったのに、この男がなんたらアニメの講談会にしてしまった。


 たくさん、訊きたいことがあったのに――――



 アキトさん…………なぜ、人の命を簡単に奪えるの?


 なぜ、乗って間もないナデシコを命がけで守ろうとするの?


 どうすれば強く――それは、武力や人を殺す強さじゃなく――心の強さ、意志の強さを持てるの?



 そして…………なぜ…………ナデシコクルーを懐かしそうな眼で見るの?





 アキトの深く濃い闇瞳は、その心中をメグミに一切、掴ませない。





 メグミが天井を仰いで溜息をついた。

 と、同時に車が止まった。運転手が窓から身を乗り出す。

「ほい。ついたぜ」

 無精髭の目立つゴツイ男がアキトたちに呼びかけた。


 荷台から降りたアキトは礼を述べる。

「すまない」


「なに、いいってことよ。困ったときはお互い様ってな」

 胸ポケットから出した無煙タバコを咥えて、運転手はUターンしていく。


 メグミがアキトの隣に並ぶ。

「思ったより早く着きましたね」



 アキトは曖昧に笑って、言葉を流した。



 ナデシコがサツキミドリに到着して、そろそろ二時間が経つ。


 この後、換装した0Gフレームを譲り受けて、メグミをナデシコに戻し、リョーコ・ヒカル・イズミと合流しなければならない。

 サツキミドリが強襲を受けるまでに全て終わらせられるだろうか?


 到底、時間が足らない。



 アキトは格納庫をざっと見回して、責任者らしき男を見つける。

「ナデシコの者だが。0Gフレームを受け取りに来た」


 ツナギを着た現場主任が驚いたように三人を眺めた。

「おいおい。4時間も早いじゃないか。どうかしたのか?」

「ナデシコが予定より早く入港しただけだ。それより、0Gフレームの準備は出来ているのか?」

「一応できてるが…………身分証明はあるかい?」


 アキトはカードを手渡す。それを素早く携帯カードリーダーに読み込ませた現場主任が、表示を見、一つ頷いてカードをアキトに返した。


「ナデシコに渡すのはあの5機だ。ただ、あの赤、オレンジ、水色の機体は、リョーコちゃん、ヒカルちゃん、イズミちゃんの機体だから……あんたらは、あの黒か、群青だな」


「武装は?」


 アキトの質問に現場主任は顎を撫でる。

「標準のラピッドライフルと、イミディエットナイフを装備してるが」

「十分だ。すぐに動けるようにしてくれ」

「おいおい。ずいぶんせっかちだな。そんなに慌てなくても――」



 呆れて現場主任が肩を竦めようとした時、


 ドォオン!!


 重低音の鈍い振動が格納庫を鳴動させた。




 同時に、敵襲警報が鳴り響く。


「な…………なんだ〜〜〜??」

 天井からパラパラと埃が舞い降りてくる。


 また、どこからか衝撃が伝わってきた。







 アキトは漆黒のバイザーで眼を被い、天井を見上げる。






「…………来たか」





*




 突然、敵襲警報がサツキミドリの住居地区に鳴り響いた。



 コロニーの住居者たちは掛け値なしの軍人であり、こういう事には――敵襲には――慣れた者ばかりだった。

 一瞬、ざわめいたかと思うと、それぞれが、無言で各持ち場に早足で向かう。


 全ての者が若干の緊張を伴わせながら。





 数分後には誰もいなくなった通路で、白いマント姿のルリは独り、天井を見上げた。





 再び、鈍い地響きが轟く。


 コミュニケを操作してサツキミドリのワイヤーフレーム3Dマップを表示させた。

 『目的地』まで、残り5キロ弱。



「ナデシコのこともありますし、急がないといけませんね」




 コミュニケを切り、白いバイザー越しに通路を見据えると、ルリは誰もいない通路を走り出した。






*





 艦長席で項垂れていたユリカは、初めそれが何か解らなかった。



 だが、その五月蝿いサイレンは未だに鳴り響いている。


 何なのかと頭の隅で考えたユリカは、唐突にそれが敵襲警報だと思い当たった。


 突然、イスから飛び上がったユリカにファッション誌を読んでいたミナトが驚いて振り返る。

「どうしたのぉ?艦長」


「て…………て…………てき…………てきしゅ」

 ユリカは、どもりながらも何とか喋ろうとするが、焦って舌が上手く回らない。


「ユリカ!!敵襲警報だ!!」

 ユリカが言いたかったことを、プロス、ゴートとともにブリッジに飛び込んできたジュンが叫ぶ。



 ユリカはピシャリと自分の頬を叩いて、ボケた頭脳を覚醒させた。



 これからの対応一つで、自分たちの生死を分けることになる。

 そして、ユリカは、まだ死にたくない。



「ミナトさん。離陸準備を!!メグちゃん。サツキミドリ管制室に連絡!!ルリちゃん。相転移エンジン起動!!ナデシコを発進させます!!」



「でも、メグちゃんもルリルリもいないよぉ?」

 発進準備をしながらも、ミナトは艦長に尋ねる。




 ユリカは愕然たる思いで二つの空席を見つめた。


 通信士はいなくとも何とかなるが、オペレーターがいないのは拙い。何よりも拙い。




 ユリカはジュンに振り返った。

エステバリス隊、発進準……………………」


 ジュンが無言で首を振る。ユリカも言いかけて、途中で気づいていた。


「プロスさん。アキトたちから連絡は?」

「残念ながら」


 プロスが顔を顰め、ジュンが毒づく。

「0Gフレームを受け取りにいったのが、良かったのか!!悪かったのか!!」



 全員の眼が艦長たるユリカに集まった。


 ユリカは、ミナト、ジュン、プロス、ゴート、そしていつの間にか来ていたフクベ提督を見回す。




 そして、決断した。




ナデシコを手動で起動させます!!


 ミナトさん、そのまま、発進準備を進めてください。ジュンくん、フクベ提督、艦の立ち上げをお願いします。ゴートさん、機関室に連絡をとって相転移エンジンの始動を指示してください。プロスさん、臨時に通信士をお願いします。すぐさま乗員をナデシコに戻してください。

 一秒が生死を分かちます!!




 明瞭な命令に、各自、迅速に行動に移る。




 ユリカは管制室にナデシコ緊急発進を伝えようと、焦る心を押さえつけて通信機を入れた。


 実際、こんな穴倉で襲撃されたら、ナデシコは一溜まりもない。



 なかなか繋がらない管制に焦れながらも、ユリカは万感の想いを持って名を呼んだ。






「………………………………………アキト」






*




 計器チェックをしていたアキトは誰かに呼ばれたかのように顔を上げた。



「アキト!!聞こえるかっ!!」


 幻聴ではないようだ。耳が痛くなるほどの大声で山田が自分を呼んでいる。


「叫ばなくても聞こえる。何の用だ?」

「おまえ、宇宙用エステに乗ったことあるのか?」



 アキトは苦笑した。それを…………俺に訊くか?



「ああ、嫌になるほど乗ってきた。ガイ、おまえは?」

「一応、実習じゃやったし、シミュレートも散々繰り返してきた。だが、実戦となるとな」

「自信ないか?ずいぶん弱気だな」

「ば……バカヤロウ!!ヒーローにできねぇことなんてあるわけないだろっ!!」


 計器チェックを終わらせたアキトは薄い笑いを浮かべた。

「その意気だ。それよりも、ラピッドライフルの予備弾は持ったか、持久戦になるぞ」


「それだけどよ。持っていかなきゃダメか?男の戦いってのは――

 渋い顔の山田にアキトは正論で諭す。

「いいか、ガイ。今回の戦いは、防衛戦だ。
 たとえ、一機でもサツキミドリに取りつかせたら俺達の負けなんだ。
 いくら機動力が高いエステバリスでも、同時に何百と体当たりは出来ない。
 おまけに、ナデシコからの電力補給がないから、無駄な動きをしてるとあっという間にバッテリー切れだぞ」


 なおも唸る山田にアキトは言い含めた。

「それともガイの云うヒーローってのは武器のえり好みをするのか?」


 アキトの嘲る口調の山田はカッと火がつく。

「バカヤロウ!!そんな訳ねえだろっ!!いいか、アキト!!俺様が真のヒーローってやつを見せてやるぜ!!」

「ああ…………見せてもらおうか」


 ハンガーから0Gフレームを歩かせたアキトに、メグミからのコミュニケ通信が入った。

「アキトさん!!気をつけてください」



 思わずアキトは安堵の溜息をつく。


 そうだった。危うく忘れるところだった。



「ありがとう。メグミちゃん。だけど、危険なのは君のほうだ」

「「は!?」」

 山田とメグミが素っ頓狂な声を上げる。


「この格納庫が破られたら、一瞬にして真空になる。そしたら、即死だ。いや、爆発の衝撃で酸欠になる前に死ぬかな」


 意味を理解したメグミが蒼ざめた。

「あ、…………あ、あのアタシどうすれば?」


 アキトは視線を上げる。目の前には誰のものとも知れない白色の0Gフレーム型エステバリス。


「あの白いエステバリスが見えるね。それに乗るんだ」

「でも、アタシ、IFS持ってないから、操縦は――」

「わかってる。だが、あの中が一番安全だ。エステバリスの装甲はそう簡単には破れないし、緊急時の場合は手動でコクピットフレームを射出できる」


 その意見に山田が口を挟む。

「それなら、コロニーの奥へ避難したほうがいいんじゃねぇか?現に、ここの連中もそこへ避難したようだし」


 山田の提言にアキトは首を振った。

「コロニーの外骨格が破られたら、中の装甲ブロックなど卵の殻と同じだ。一瞬で破られる。それならまだ、俺達がすぐに助けにいける格納庫にいたほうがいい」


「わかりました。エステの中に避難してます。でも、絶対に救助に来てくださいよ」




 恐怖で涙眼になりながらも、メグミは気丈に笑みを浮かべる。




「ああ、わかっている。絶対にだ」

 そう宣言すると、アキトは戦場へ――射出口へエステバリスを向かわせた。







「バッタを殲滅させるのが早いか?それとも、あの三人が来る方が早いか?」






*




「ぐわ〜〜〜〜〜〜!!やべ、やべ、やべぇ〜〜〜〜〜!!」


「ひさびさのピンチって感じよね〜〜〜〜」

 車を運転しながら絶叫を上げる女性に、楽しげな声が答えた。


 サツキミドリ、コロニー第3居住地区。第一種警戒態勢――早い話が戦闘態勢になり、無人になった居住区通路を一台の電気自動車が疾走する。


 オープンカーには3人の女性が乗っていた。




 オープンカーを運転するのは緑色の髪の女性。


 勝気な顔に、アーモンド形のつり眼が特徴の美女だ。

 もっとも、本人に美女などと言おうものなら、照れ隠しで容赦なくドツカレる。そうとう、身体が頑丈な人間でなければ止めておくことだ。

 ちなみに、この女性は自分のことをオレと呼ぶ。同僚の女性がいくら止めさせようとしても、それだけは直らなかった。




 その隣にいるのは、焦げ茶の髪の眼鏡をかけた女性。


 大きな丸い目が特徴のいたって明るい女性だ。

 この危険な状況で楽しげにワクワクと眼を輝かせている。本当に、状況がわかっているのか?と真摯に訊ねたくなるぐらいだ。

 もっとも、この人物には全てのことが漫画のネタであり、楽しむべき状況なのだ。男と男の殴り合いでも見ようものなら、眼を輝かせてすっ飛んでいく。




 後部座席に座るのは、陰気な女性。


 長い黒髪を後方に靡かせながら、冷めた眼で通路を眺める陰鬱な美女。

 その容貌は間違いなく美女の部類に入るだろう。しかし、陰気な雰囲気が全てを帳消しにしていた。

 冷めた瞳の冷徹な美女かと思いきや、時たま思い出したように小さな笑声を上げる。それが、また怖い。

 まだ死にたくない人間は何故笑っているのかは聞かないほうが賢明であろう。




 三人とも年齢は18歳である。


 昨日の送迎会でしこたま呑みすぎた三人は先程の敵襲警報で飛び起きたのだ。

 今は三人ともパイロットスーツを着ている。彼女達はエステバリスパイロットだった。それも凄腕のだ。


 もう一つ付け加えるならば、ナデシコの補充パイロットでもある。



 そんな訳で彼女らは、無断借用した電気自動車で格納庫へ急いでいた。



 緑色の髪の女性『スバル・リョーコ』は歯軋りする。

「くそっ!!マジでやべぇぜ!!さっき、通信で聞いた限りじゃ、今まで最大規模だそうだ」


「そうそう、早く行かないと、見せ場なくなっちゃうよ〜〜」

 眼鏡の女性『アマノ・ヒカル』が楽しそうに頷いた。


 ステアリングを切りながらリョーコは叫ぶ。

「アホ!!そんなこと言ってんじゃねえよ。見せ場を作る前にオレたちがおっ死ぬぞ」


 ヒカルがズレた眼鏡を直し、後ろを振り向いた。

「あや〜〜〜。それは困るなあ〜〜。イズミちゃんはどう思う?」



 陰気な女性『マキ・イズミ』が、のそりと顔をあげ、黒髪を掻き揚げた。


「………………手作り…………紀州ミカン」



「「はあ??」」

 イズミの言っている意味がわからず、リョーコとヒカルは間抜けた声を上げる。



「手…………紀州ミカン…………て……きしゅう…ミカン…………敵襲……アカン………ププププ……ククククク…………アハハハハハハハ


 イズミは自分の言った超絶的に寒いギャグに馬鹿笑いをしはじめ、座席をバンバンと叩き始めた。



「「…………………………はあ」」

 イズミの絶対零度ギャグに慣れてはいるものの、二人はゲッソリとやる気をそがれた気分になる。


「まあ、なんにしても、早いとこ格納庫に辿り着かなきゃな」

「そうだね〜〜」

 溜息を吐きそうなリョーコにヒカルも同意した。


「もう戦闘は、はじまってると思うからね〜〜」








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