無数のミサイルが飛来する。無数といっても所詮は有限である。正確には16発。



 アキトはその16発のミサイルをライフルでピンポイントに狙い落とした。


 側面に回り込もうとしたバッタに連射を浴びせ、宇宙の火炎華にする。


「大丈夫か?ガイ」

「おうよ!!絶好調だぜ!!」

 遠くに重力スラスターによる空間発光帯が見えた。


「あまり動きすぎるとバッテリーがなくなるぞ」

「わ〜〜〜〜ってるさ!!だが、いつまでもこのままって訳にもいかねぇぞ!!」


 突っ込んできたバッタを紙一重でかわし、アキトはディストーションフィールドを纏った拳で粉砕する。

「それも、わかってる。だが、この第一波をどうにかしないと悠長に通信をしている暇がない」


「チッ!!忙しい限りだぜ!!」


 山田はライフルを乱射し、動きが止まったバッタに狙いを定め、高速ディストーションフィールド体当たりを仕掛け、三機撃墜した。


 戦闘に突入してから5分程度だが、山田はもう15機以上倒していた。



 いつもなら、高笑いの一つでもかますのだが、生憎、敵が大量に押しかけてきているのと、アキトの方は山田の3倍は蜥蜴を倒していることもあって、そんな事をする気がおきない。

 もし、哄笑など上げていたら、あっという間に宇宙の藻屑は確実であるが。



 直観だけで振り向き、ライフルを連射する。後ろに忍び寄っていたバッタが宇宙の藻屑と化した。

「なあ、アキト!!」

「なんだ」


 上体を捻り、ミサイルをギリギリでやり過ごすと、山田はお返しとばかり弾丸を返す。

「どこで、そんなすごい戦闘技術を覚えたんだ?」



 前から訊きたかったことだ。連合軍じゃミサイルをピンポイントで撃ち落とすなど教えてない。いや、どこの軍隊だって教えてないだろう。

 そして、あの体裁き。軍のエステバリス教官でさえ、あんな芸術的な機動は出来なかった。


 認めるのは癪だが、山田の知る限り、間違いなくアキトは地球一のエステバリスパイロットだった。



 先程、ミサイルを撃ってきたバッタの背中のランチャー向けてライフル弾を打ち込む。

 バッタが盛大に爆発した。


「アキト?」

 アキトからの返事はない。が、やられたとは思わない。


 戦闘中なので音声通信のみだが、山田にはアキトがいつもの苦笑を浮かべていると想像した。



「……………………………我流さ」

 はるか遠くに向けて、語りかけるようなアキトの口調。



 山田は驚愕に危うく操縦をミスりそうになる。

「我流っ!!マジかっ!!」

「ああ」



 我流であそこまで上達するものなのだろうか?


 アキトの戦闘技術は間違いなく実戦で鍛えられたものだった。


 山田もパイロットである。動きを見ればそれくらいはわかった。


 だが、実戦であそこまで上達するのにどれほどの激戦を潜り抜けてきたのだろうか?

 どれほどの死線を見てきたのだろうか?


 山田にはわからない。わかるはずもない。だが、今の山田では足元にも及ばない。

 それだけはイヤになるほど理解できた。



 山田の近くにいた最後の一機を弾丸をばら撒いて黙らせると、アキトに通信を開いた。

「こっちは終わったぜっ!!」

「こっちもだ。だが、すぐに第二波が来るぞ。レーダー索敵範囲を2倍にしておけ」

「いちいち、言わなくてもわ〜〜〜ってるさ!!」



 アキトはナデシコに通信を入れる。


 もう、とっくにナデシコがこの宙域に姿を見せていないとおかしかった。

 ユリカなら間違いなく発進命令を出しているだろう。


 だからこそ、不安に駆られた。




 何か、トラブルが発生した可能性がある。








*







 やっと繋がった管制室にナデシコ発進の許可を取ったユリカは、視線を前方に広がる星海に向けた。


 ナデシコは手動で起動され、一応、発進できる状態にある。


 だが………………オペレーターがいない状況で、戦闘が出来るか?


 艦を動かすだけで、フクベ提督、ジュン、ゴートの3人も手一杯だった。



 この上、戦闘管制まで…………無理な話である。



 だが、ナデシコは宇宙に出なければならなかった。それが戦場でもだ。

 『ナデシコ』は宇宙を飛ぶ船でもあり、戦う戦艦でもある。



 それが、オペレータがいませんでしたので穴倉に隠れてました。では、話にならないのだ。

 できる、できないではない。どうやるか…………だ。



 後ろからゴートが相転移エンジンの状態を低い声で告げてくる。

「相転移エンジン。出力安定」


「火器安全装置解除」

 ジュンの声にフクベ提督の声が重なった。

「エネルギーバイパス。全て良好だ」



 ユリカは顎を上げ、真っ直ぐ宇宙を見据える。


「機動戦艦ナデシコ!!発進!!」



「アイアイ・サァ〜〜」

 ミナトの声と共にナデシコがふわりと宇宙に――戦闘区域に滑り出た。



「ジュンくん?」

 チラリと後ろに視線を向けるユリカに、慌ててジュンがレーダーで索敵した。

「え〜〜〜と、敵影は………………あれっ?………………なし!?」


「「「「はいっ!?」」」」


 全員の声が重なる。せっかく勇んで出てきたのに、肩透かしを食らった気分だった。



 ユリカが首を傾げる。

「じゃあ、先の敵襲警報は…………………………誤報??」


「そんなわけあるか。俺たちが片付けた」

 無愛想な声が返答した。



「あ〜〜〜〜!!アキト〜〜〜〜〜!!!」


 ユリカが嬉しさのあまり狂喜する。


「俺さまもいるぜ〜〜〜〜〜〜っ!!」


 負けじと雄叫ぶ『山田・二郎』



 ブリッジの人間は、最凶のハウリングに身悶えた。

 通信士用のヘッドセットをつけていたプロスが泡を噴く。

「大丈夫か?ミスター?」
「ミ、ミスマル親子の会話で慣らしておりますから」


 耳を押さえながらジュンがメインモニターに映るパイロット二人を見つめた。

「今、どこにいるんだ?」

「20キロばかり先のところだ」


「先程、片付けた…………とおっしゃいましたね」

 インカムのボリュームを最小に調整しているプロスの質問にアキトは頷く。

「ああ。だが、すぐに第二波が来るぞ。今のうちに合流する。こっちのバッテリーが持たない」



「さすがはユリカの王子さま!!もちろん。今すぐ行くからね。アキト!!待っててね。ミナトさん。全速前進!!」



「はいはい」

 呆れたようにミナトは肩をすくめた。



「それにしても、ずいぶん遅かったじゃねぇか」

 山田が鼻を鳴らして愚痴った。言外には、自分の活躍を見てもらえなかった不満が渦巻いている。


 ユリカが頷いた。こちらは山田の思惑など関係なく、訊かれた事を素直に答える。

「敵襲警報が鳴っても、メグちゃんとルリちゃんが帰ってこなかったの。だから、戦闘になってもナデシコ本来の力が出せるかどうか………………」



「ルリちゃんがいない!?」

 アキトが驚愕の声を張り上げた。



 ルリは単なるオペレーターではない。ナデシコの全てをつかさどるナデシコの要である。


 ルリのいないナデシコは、その力の半分も出せない。


 ナデシコのクルーは珍しく狼狽したアキトに驚いていた。

 彼は常に冷静沈着だと思っていたから当然だった。



 ユリカが消え入りそうな声で、驚きの引かないアキトに話す。

「そうなの。だから、多分…………『グラビティブラスト』は撃てないと思う」




 まただ。…………アキトは一人思う。


 また、彼女は………………『星野瑠璃』はこちらの予想外の行動を取る。


 アキトの知る『未来』を、『運命』を激しく掻き乱していく。


 彼女の行動で、アキトはすでに『未来』を知っているというアドバンテージを失いつつあった。

 すでに、この世界はアキトの手綱を離れ始めている。


 もちろん、アキトも全てが自分の思い通りいくなどと、傲慢な考えはもっていない。


 それでも………………………………。




 奥歯を噛み締めたアキトはプロスに視線を当てた。

「プロスさん。リョーコちゃん、ヒカルちゃん、イズミちゃんから連絡は?」


 ユリカの犬耳がピクリと反応する。反応するだけでは飽き足らず、アキトに噛み付いた。機関銃のような文句で、だが。


「ちょっと、アキトッ!!それって、女の子の名前よね!!どうしてアキトが、そんなこと気にするの!!アキトはあたしが好き!!だから、浮気なんて絶対にダメ!!



「あのなあ。ユリカ」




 うんざりとするアキトにユリカがいやいやいやと首を振る。



ダメ!!ダメ!!ダメ!!ダメ!!アキトはあたしが好き!!だから、浮気は絶対、ダメ!!



 まあまあ、落ち着いてとプロスが艦長を宥めた。

「補充のパイロットですな。残念ながら連絡は取れてません。コミュニケでも持っていれば楽だったのですが」


「補充のパイロット??」

 ユリカの疑問にプロスは笑みを浮かべる。



「はい。『スバル・リョーコ』さん。『アマノ・ヒカル』さん、『マキ・イズミ』さん。サツキミドリで合流するはずの、ナデシコの補充エステバリスパイロットです」


 そして、テンカワさんには三人の名前は教えていなかったはずですが…………とプロスは心の中で密かに付け加えた。



「な〜〜〜んだ。パイロットの名前だったのか」

 露骨に安堵するユリカ。同じく名前を聞いたジュンが不思議そうに眼を瞬かせた。

「へえ〜〜〜。補充パイロットって、全員女性なのか」


「甘く見ないほうがいいぞ。三人とも、一流の腕を持つエステバリスライダーだ」

 アキトがそう言った時、10キロ離れたサツキミドリの表層で爆発が起こる。


「やばい!!アキト!!回り込まれたみたいだ!!」


「チッ」

 舌打ちして、重力スラスターを吹かせたアキトの前に立ちふさがるように無数のバッタが現れた。





「…………邪魔だ」

 一つ呟くと、アキトはバッタの敵団に飛び込んでいった。







*







「あ…………あっぶね〜〜〜〜〜〜!!」




 第六感と云うべき感覚で危険を察知し、リョーコが咄嗟に電気自動車を急停止させた。と、同時に天井が崩れ落ちてきた。


 だが、それだけでは収まらなかった。

 ヒビの入った天井が大きく撓み、停止したオープンカーの真上に落盤をおこしたのだ。



 それに、押し潰される間抜けな三人ではない。間一髪で車から飛び出して事無きをえていた。





 前方で業火を上げる車を見ながら、ヒカリが訊ねる。

「格納庫まで、後どれくらいだっけ〜〜?」


「3キロぐらいじゃなかったか?」

 リョーコが答えた。



 天井では緊急装置が働き、ガムが噴射され、一瞬で真空を被い空気が抜けるのを阻止する。

 だが、そんな事はどうでもよい。


 それよりも、


「3キロなら〜〜、走れば10分ぐらいで着けるね」


 そんなことよりも、


「その前に、こいつらをどうやり過ごすか…………だ」


 三人の目の前には、赤い眼のようなランプを獣のように光らせているバッタ三匹。




 ヒカルが頷いた。

「丁度、1人1匹だね〜〜」

「銃を持ってればな」


 リョーコとヒカルは眼を合わせる。

「持ってるか?」

「ううん。慌てたから置いてきちゃった」

「オレもだ」


 二人は、後ろにいる三人目のイズミを同時に見た。

「坊主の頭突き…………………………毛が無し、痛い」


 二人は眼で続きを促がす。


「NO毛。いたい…………ノーけ……いたい………ノー携帯…………イマイチ」



 二人は無言でバッタに視線を戻した。



「正面突破か?」

 物騒なことを言うリョーコにヒカルは口を尖らせる。

「瞬殺されそうだけどね〜〜」

「サイの玉乗り……………………玉砕」



 イズミのギャグに反応したかのように、ブ−ンと低く唸る音がして、バッタの眼球が赤光を放った。



「………………攻撃色って〜〜感じ〜〜」

「ふざけたこといってる場合か」

 無駄口を叩きながらも、三人はジリジリと後退した。



 正直、打つ手がない。もし、拳銃を持っていても、それでも勝てる相手とは限らない。徒手空拳では言わずもがなである。

 だが、このままではやられるのはわかっている。




 マジで玉砕覚悟で突っ込むか。


 リョーコが決死の決意を浮かべ、眼を光らせた時、背後で銃の射撃音が響いた。



 しまった!!



 挟み撃ちにされていた……とリョーコが考えた途端、目の前にいたバッタの眼に弾痕が穿たれ、全身からジシューと白煙を上げる。


「へっ!?」


 わけがわからず声を上げるリョーコの前に白い人影が舞踊り出た。


 白銀の髪を赤い髪飾りでツインテールにし、白いマントを羽織っている。

 そして、白い手袋をした小さな手の中には黒塗りの無骨な電子制御銃。


 そのブラスターがエレキマズルフラッシュ――紫電を放った。

 ニ発の銃声が連乗して響く。

 と、同時に二体目のバッタが着弾の衝撃でガクガクと振動し、同時に赤眼から光が消えた。


 その白銀の人物が銃を向けるより早く、三体目のバッタが飛び退る。



 リョーコは眼を驚きに見張った。


 あろうことか、白銀の者はそのまま、バッタに突っ込んでいく。


や――!!

 やめろっと叫ぼうとしたところで声が止まった。



 白銀の乱入者は、体勢を低くし、地を滑るようにバッタの懐に入り込む。

 肉迫した白銀の者をバッタは前足で薙ぎ払う。

 予測していたかのように、身を低くして烈風をやり過ごした白銀の人物は、左足を踏み込むと同時に、下方から左手の衝掌を突き上げた。


 掌底がバッタに撃打すると同時に、凄まじい踏込み音が轟く。



 ”木連式水蓮流柔『通天砲』”



 三人の眼が驚きに見開かれた。



 500キロはあるかと思われるバッタが宙に浮き、腹を見せたのである。

 そのまま、白銀の戦士は右手のブラスターを縦割りに三連射した。

 まさに一瞬の攻防であった。



 中枢を撃ち抜かれたバッタが弾痕から紅蒼炎を吹き、

 ドウンッ!!

 一瞬後、爆発する。



「「「!!」」」

 咄嗟に三人は床に伏せて、荒れ狂う爆風をやり過ごした。


 熱波と爆風が頭上を吹き荒ぶ。


 閃光と轟音が収まると、リョーコはすぐさま顔を上げた。


 自分たちは、ある程度距離があったが、白銀の者は至近距離からの爆発だ。普通の人間ならそれだけで致命傷である。

 あの突然、舞い込んできた人物が誰だか知らないが、自分たちの恩人だ。それをみすみす死なせるなど…………。




 だが、その人物は普通ではなかった。



 爆炎の火の粉が舞い散るさなか、平然と立っていた。

 それどころか、悠々とこちらに歩いて来ている。



 赤白く燃え上がる火炎で赤橙色に映えるシルバーブロンドの髪を靡かせ、白蓮色のバイザーと純白のマントを纏っているその人は白刃のごとく美しかった。



 リョーコは眼を細めた。


 白銀の恩人の背後が歪んで見える。

 熱による陽炎じゃない。見慣れたもの。ディストーションフィールドによる空間の歪みに似ていた。


 それも、瞬く間に消え、熱風が吹きつける。



 リョーコは首を振りながら立ち上がった。

 個人用ディストーションフィールドの実用化は当分無理だと聞いている。だとしたら、眼の錯覚か、熱による錯覚であるはずだ。



 では、どうやって、至近距離からの爆発から白銀の者は助かったのか?


 まっ、そういう方法があったんだろ。

 早々に自分の疑問に決着をつけると、リョーコはまじまじと目の前に立つ恩人を眺めた。


 ずいぶん変わった格好じゃねぇか。


 これが、リョーコの第一印象であった。



 背の高さはリョーコの胸元までしかない。まあ、地球は狭いようで広い。それくらいの身長の大人がいてもなんら不思議でもなんでもない。


 白色のバイザーで、顔の上半分覆われている。だが、口元は妙に幼く見えた。地球は狭いようで広い。童顔の人間なんて数え切れないほどいる。


「怪我はありませんか?」

 その人物が安否を尋ねてきた。女性の…………いや、かなり小さい子供の声。言うなれば小学生程度の声。地球は狭いようで広い。アニメ声の女性などかなりいる。驚くことはない。



 背が低くて、童顔で、子供っぽい声の自分達と同じか、年上の女性なんて、かなりいるはずだ。


 断じて……子供では、ない……………………はずだ。



 リョーコは胸中の困惑を無理矢理、押し込める。


「ああ。正直、助かった。礼を言う」

 リョーコは素直に謝礼を述べた。自分より技量が上の女性だ。敬意を表するに値する。


 なにせ、相手は銃一丁で、一瞬で三匹のバッタを屠る人間である。

 軍でもこうも鮮やかに倒せる教官はいなかった。せいぜい、物陰に隠れて、狙い撃つ戦法を取るしかない。

 実際、リョーコたちもそう教わってきている。

 正面から相手にするなど、拳を打ち込むなど、ただの自殺行為だ。



 だが、目の前に不可能を可能にしてしまった人物がいる。間違いなく、自分より格上の人物だった。



「すっご〜〜〜〜い。一瞬でバッタをやっつけるのなんて始めて見たよ〜〜!!」

「…………今日の短歌………………驚タン」

 イズミはイマイチわかりにくいが、二人とも驚いているようである。


 当たり前だ。実戦を知っていれば知っているほど先の技は『神技』と呼ばれるものだと理解できる。


 ヒカルがマジマジと白銀の達人の細い白腕を見つめた。

「でも、よく500キロもありそうなバッタちゃんを浮かせられたね〜〜。もしかして〜〜サイボーグ?」
                       

「あれは、バッタが退く瞬間を狙って、衝ったからです。私の腕では、到底持ち上がりません」

「…………引かば押せ、押さば引け。………………柔よく剛を制すってやつね」

「どちらにしても、すげぇぜ。やれって云われたって、できるもんじゃねぇぞ」


 三人の驚愕と賞賛の視線にも、なんら表情を変えない神技の使い手は無感情に淡々と名前を呼ぶ。

「リョーコさん。ヒカルさん。イズミさんですね」


 驚きに見開かれている三人の眼がさらに丸くなった。


「な………………なんでオレたちの名前を知っているんだ?」

 喘ぐように訊ねるリョーコに白銀の人は簡潔に答える。

「ナデシコの者です」



 それで、その一言でリョーコは全てを納得した。

 スカウトにきたプラスだかプリスだかが言っていた。

 能力は一流だと。


 確かに、このナデシコの女性は一流だ。戦闘技術で云えば超一流だ。


 と、同時に面白くなる。スカウトを受けてマジ正解だったぜ。

「で、これからどうするんだ。え〜〜〜と……」



「ルリ。『星野瑠璃』です」



 リョーコは一つ頷く。明瞭な自己紹介だ。

「ナデシコに行くのか?星野さん」


 白銀の髪を揺らしながら、ルリは首を振る。

「ルリで結構です。リョーコさんたちには、格納庫へ行ってもらいます。そのまま、0Gフレーム型エステバリスで木星蜥蜴の迎撃に当たってください」



 ほらな。リョーコは心の中で安堵した。


 これは間違いなく命令しなれている口調だ。子供がこんな的確な指令を出せるはずがない。礼儀を欠かないでよかったよ。



 ヒカルがまだ燃え続けているバッタを見透かすように眺めた。

「でも、通路は塞がれちゃったよ。回り道をするにしてもここいらの地理、あんまり覚えてないし」


 ルリが腕時計のような物を操作して3D画像のマップを表示する。

「今、私たちはここにいます。まずは、ここから1キロ先にある管制室に向かいます」



「ナデシコ……ニレ……レンコン…………」

 イズミの呟きにルリは頷いた。

「ナデシコにレンラク…………ですか?それもありますが、管制室の脱出用非常通路は格納庫へ繋がっています。そこから、エステバリスで出撃してもらいます」

「…………………………さとられた」

「……おめえ…………よくイズミが言いたいことわかるな」

 茫然と呟くリョーコと、パンと手を打つヒカル。

「あ〜〜〜〜〜。そういや、そんなとこに抜け道があるって、聞いたことがあったっけ!!」



 鈍い地響きが通路を揺らした。



 ルリは進むべき通路を見やる。

「急ぎましょう。木星蜥蜴が戦艦を出してこないうちに体制を整えておかないと、グラビティーブラスト三連射でお陀仏です」







*








 振動が薄暗いコクピットを揺らした。




 その振動に怯えるかのようにメグミはシートの上で膝を抱え込む。



 顔を膝に埋め、唇をギュッと閉じ、眼を瞑った。



 振動が伝わるたびにメグミの肩が細かく震えた。



 脚を抱え込んでいる両腕の袖口を握り締めている掌は汗ばんでいる。




 薄暗いエステバリスコクピットに再び、大きな揺れが襲う。




 一瞬、眼を大きく開いたメグミは、強く固く眼を閉じ、両耳を手で塞いだ。



 下唇を噛み、鼻をすすり上げる。



 シートの上で身を固く小さく縮こまらせる。



 閉じた眼の端に涙が滲んだ。



 メグミの小さな口から震える声が盛れ出る。




「……………………アキトさん」





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