「え…………っと、お話ってなんですか?皆さん」


 頬に人差し指を当てたナデシコ艦長『ミスマル・ユリカ』は、小首を傾げた。





 そのユリカを火星避難民たちが無言で睨みつけている。





 ユリカが戸惑いながら、再び問い掛けた。

「あの〜〜〜〜。皆さん?」



「どういうつもりだ?」



「は?…………どういうつもりって?」



 目の前のテーブルに座っている男が軋るように喋る。

「我々を無理矢理、船に乗せ、我々の帰る場所を破壊し、…………その挙句の果てに、地球には戻れないだと?」



「別に無理矢理乗せたわけじゃ――――」



「冗談も大概にしろ!!」

「そうだ!!そうだ!!」

「脅迫しといて、無理矢理じゃないだと!!フザケルなっ!!」




「まあまあ、皆さん。落ち着いてくださいな」

 爆発したような怒轟が沸き起こる食堂で、チョビ髭の男が愛想笑いを浮かべながら両手を挙げる。



「プロス…………だったな。何の用だ? 我々が喚んだのは、ナデシコの艦長だけだ」



「おや、名前を覚えてもらえるとは光栄です。
 ええ〜〜。知らない方もいらっしゃるでしょうから、自己紹介いたしましょうか。はい。

 ネルガル重工所属の会計士。『プロスペクター』です。

 まあ、本社からのお目付け役……いえ、事実上書類係ですなー」



「確か、このナデシコはネルガル製だったな」

「はい。ネルガル本社が満を持して作り上げた戦艦です」


「それが、今やスクラップの一歩手前だ」


「そうですな。スクラップ……は言いすぎですが、エンジンは出力半減。確かにピンチな状況です。
 しかし、まだ負けたわけではありません!!




 オレンジジュースを飲んでいた少年がボソリと言う。

「嘘つけ。負けそうになって逃げ出したくせに」




「はははははは。これはイタイところを。
 でも、ご安心ください。この戦艦には艦長以下最高の人材が乗っています。
 皆さん。希望を持って下さい」


「プロスペクターさん。我々はそんなことを聞くために、艦長を喚んだわけではない。脅迫同然で船に乗せた艦長に釈明して貰おうと言っているだけだ」

「第一、パイロットを回収するだけなら、他にも方法があったはずだ」



「ええ〜〜〜〜。通信したのは、偶然ですよ」



 初めて聞いたような顔で反論したユリカに、サブリーダーの男は一喝する。


嘘つくな!!リーダーは――――フレサンジュ博士は、ナデシコ艦長が意図的に通信したと言っていた。しかも、その結果が、どうなるか理解していながらだ」


「だから、偶然ですってば。だいたい、ルリちゃんがあの場所を知っていたとは思えないし」


「その辺を含めてナデシコ艦長に釈明してもらいたい」




 男の堅い声に、ユリカは腰に手を当てて胸を張る。

ナデシコの艦長さんはあたしだぞ!!えっへん!!




「??…………フレサンジュ博士の言うことには銀髪の女だったが」


「え……っと。ルリちゃんのこと?ルリちゃんは『オペレーター』だよ」


「だが、あの時、通信してきた女は艦長と名乗ったぞ」


「艦長じゃなくて『艦長代理』です」



 誰かが、ダンッとテーブルを叩いた。

「では、その女も喚んでもらおう!!」


「まあまあ、皆さんのお怒りはごもっともです。しかし、ユートピア・コロニー跡にあのような地下シェルターがあるなんて誰が想像できましょうか。
 我々ネルガルも、あのような所にシェルターがあるなど知りませんでしたからなー」


「なら何故、あの場所にパイロットが来た?」

「あそこは、そのパイロット――テンカワさんの故郷だったそうで。それで、見に行きたいと。
 本当はあまり良くないのですが、特別な事情ということでして。はい」



それに、あたしの故郷でもあるんだぞ


 Vサインを掲げるユリカを胡散臭そうに見ながら、サブリーダーが付け加える。

「では、そのパイロットもここへ喚んでもらおうか」



「ぶ〜〜〜〜。アキトは悪くありません!!



「悪いとか良いとか言ってるのではない。その二人に、我々の質問に答えてもらいたいだけだ」

「オペレーターもパイロットも忙しいもので。何せ、緊急時ですし」



 少年がつまらなそうにユリカを眺めた。

「艦長は来てるじゃんか」



「君は、先からイタイところばかりをついてこられますなー。
 えぇー。皆さんは賓客でして、やはりこういう場は『艦長』が対応しませんと納まりませんので」


「では、我々が納まるために、その二人も喚んでもらおう」

「それは――――」








 厨房の奥で、彼らの会話を聞いていた『テラサキ・サユリ』が頬に手を当てて小首を傾げた。

「プロスさん。アキトさんとルリちゃんを出したくないみたいですね」


 苦い表情を浮かべるホウメイ。

「当たり前さ。ルリ坊のような小さい子に脅迫されて戦艦に乗せられ、自分たちの帰る場所を破壊されたと知ってごらん。あの子、袋叩きに遭うさね。
 それを見たテンカワが何をするか…………間違いなく、その避難民を殺すだろうね。

 そうすれば、ナデシコは内部から真っ二つさ。火星を脱出する前に、ナデシコは自滅だよ」



 『タナカ・ハルミ』が間延びした声で疑問を浮かべる。

「でもぉ〜〜、いずれぇ〜〜、ばれちゃうんじゃぁないんですかぁ〜〜?」

「ルリ坊はだいたいブリッジに居るし、食堂に来るのを控えれば顔を合わすこともないだろうさ。避難民の彼らはブリッジに立ち入り禁止だし。
 それに、もし顔を見ても、ルリ坊のような小さい子が『艦長代理』をやっていたなんて、誰も思いやしないだろうさね」


 『ウエムラ・エリ』が不安げな表情を見せる。

「でも、あのっ…………イネス……さんでしたっけ。あの人が教えちゃったらっ?」

「イネスさんかい。あたしゃ少し話してみたけど、さすが彼らのリーダーだけあって、頭の良さそうな人だったよ。彼女なら、皆に話せばどうなるか解かってるから、迂闊なことは口にしないさ。
 あとは、あたしたちが不用意に口を滑らせなきゃ大丈夫さね」


『サトウ・ミカコ』がキャハハハと笑う。

「でも、プロスさん。劣勢〜〜〜〜〜〜!!」



 ホウメイはふっと笑みを見せた。

「何、交渉術じゃ、あの人に敵う人はいないさ。安心おし」











「そんなことないよね。アキトだって、ただ、故郷を見たいと思っただけだよね…………あれっ?」


 厨房を眺めたユリカが首を傾げる。

「ホウメイさん。アキトは?」

「今日は朝から見てないよ」



ええ〜〜っ!?せっかく、アキトのご飯が食べられると思って、食堂まで来たのに〜〜



「そのアキトとかいう人物はパイロットじゃなかったのか?」


「はい、そうです。パイロット兼コックです。もの凄く美味しいランチを作ってくれるんですよ」


「パ……パイロット兼………………コック?」



「バッカじゃねぇの」

 少年がツッコム。




「じゃあ、アキトは〜〜〜!!アキトは?アキトは?どこ〜〜〜〜〜??」



「艦長。今はテンカワさんのことよりも――」

 プロスがユリカを執り成そうとした時――――


 突然、モニターにクレヨンで落書きしたような数字が映る。


「3」


「2」


「1」


「「どかん」」


「「わーい」」


 10秒で描いたような爆発の絵の次に、

 『なぜなにナデシコ』

 の文字が現れた。



「「なぜなにナデシコ」」



「お、おーい。みんな…………あ、集まれ。な、ナデシコの……秘密の時間だ…………ぞ」

「集まれー」

 そこには緑の帽子を被った『ルリおねいさん』と、茶色の犬の着ぐるみを着て、黒のサングラス型のバイザーを被った『犬』の『アッキー』くんの姿があった。



 抑揚のない、無感情な声で淡々と科白を話すルリ。

「みんなはどうやって、ナデシコが動いているか知ってるかい?」


 つっかえつっかえ台詞を音読するアキト。

「えー。し、知らないな。俺、なにしろ…………い、『犬』だし……………なぜ俺がっ!!


「そ。じゃ、説明してあげる。こっち来て」



あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!

 アキトったら、なに面白そうなこと、ユリカに無断でやってるの〜〜!!


 ユリカの大音声で料理サンプルのガラスケースがビリビリと振動する。

 食堂に居る避難民全員が耳を塞ぐ中、隣に立っているプロスは平然としていた。適応とは恐ろしいものである。




 食堂に備え付けられた大きなモニターの中で、アキトの質問をルリが答え、アキトが驚く――――という230年間、変わらない伝統を誇る教育番組のようなやり取りをしていた。

 二人とも素人のため、台詞は完全な棒読みである。


 ルリは緑の帽子を被り、ピンクのシャツを着て、胸に大きなポケットが付いているオレンジの吊半ズボンを穿いていた。

 足下は白いソックスに赤い靴。

 教育番組に出てくる『おねいさん』の格好である。


 アキトは…………まさしく『犬』であった。

 茶色の犬の着ぐるみに、ダックスフンドのような垂れた耳が付いている。

 首元の、皮の首輪には小さなワイン樽のアクセサリー。

 肉玉のある三本指の大きな手袋。

 鼻には犬の丸い黒い鼻に、左右三本の白いヒゲがのびていた。

 目許を、いつもの漆黒のバイザーとは形の違う、サングラス型の黒のバイザーで覆っている。




「これ〜〜、アキトさんだよ〜〜」

「やぁ〜〜〜ん。カワイィ〜〜ですぅ〜」

「う〜〜ん。もう少し、カメラアングルを凝るべきね」

「黒のバイザーッ、取ればいいのにっ」

「なに言ってるのよ。そのギャップがあるから、可愛いんじゃないの」


 ホウメイが納得したように頷いた。

「朝から居ないと思ったら、こういうことだったのかい」




 火星避難民たちはモニターを茫然と見ている。



「バッカじゃねぇの」

 頬杖をついた少年が、呆れた表情でツッコんだ。





ずっっっるぅ〜〜〜〜〜い。

 あたしも混ぜなさ〜〜〜〜い!!


 ユリカが食堂からすっ飛んで行った。





 深々と溜息を吐いたプロスが、肩を竦める。

「艦長が行ってしまいましたので、これでお開きですな」



「なんなんだ?この戦艦は?」

「俺たち、本当に大丈夫か?」

「なんか…………先は長くないような気がしてきた」

「…………同感だ」



 不安げに囁きあう避難民を眺めている一人の(おとこ)がいた。


 腕組みして、カウンターで彼らの会話を黙聴していた男が立ち上がる。

フッ!!皆に足りないものがわかったぜ!!


 注目を受ける中、『山田・二郎』はニヤリと嗤った。

いいか。皆に足りないのは熱血なんだよ!!熱い血潮が足りねぇのさ!!



「バッカじゃねぇの」



 少年のツッコミを無視して、声を張り上げる。

「そこで!!俺様がい〜〜いものを見せてやる!!」


 山田は虹色に輝く数枚のディスクを取り出した。

「フッ!!こんなこともあろうかと、ウリバタケに頼んでおいた携帯レコーダーが役立つ時がきたぜ」


 山田は会心の笑みを浮かべる。


「ディスク・インサァァァァァァァト!!スゥイッチ・ウオオォォォォン!!」



 暑苦しいテーマソングが流れ――――


「無敵!!ゲキ・ガンガー発進!!」


 張りのある低音の声が食堂に響き渡った。








機動戦艦ナデシコ
    フェアリーダンス

第一章『ジェノサイド・フェアリー』

第七話『いつかお前が『歌う…………艦長。歌うなら外で』












「ナデシコが動いているのは相転移エンジンがついているからだよ」

「お…………おねいさん」

「なんだい?」

「そ、相転移エンジンて…………なんなんだ?」

「ああ。それは良い質問ね。説明してあげましょう」






「ルリルリ。カッワイィ〜〜〜」

「昔はアタシもこういう番組に出てたのにな〜〜」

「ずっこ〜〜〜〜い。ルリネェ、ばっかり。い〜〜もん。アタシも参加しちゃうもん」







「何やってんだ?こいつら?」

「う〜〜〜ん。これ漫画のネタに使えるかも…………ある時は、黒マントの孤高の『ヒーロー』。ベッドの中では、犬の『アッキー』くん。その正体は下っ端の『コック』。良いかもしんない〜〜。…………とくにヤオイで」

「犬の卒倒……ワンパターン。テンカワ君の卒倒………………ダメだわ。思い浮かばない…………」




「そうか!!…………こうか!!そこがこうなって、ああなっとるわけだな」





「この中で最も位置エネルギーが高いのはどれ?」

「えーー。ど、どれだか…………わからないな。……な、なにしろ、俺は――」


『犬』だったっけ。答えは、一番高い所にあるこの水槽ね」


 二人ともイヤイヤながら()っているのがよくわかる棒読み。


 特にアキトは、手元のあんちょこにチラチラと目線を落としながら、つっかえつっかえ台詞を音読している。

 声が震えているのは緊張のためではなく、怒りのためか。



 おまけに二人は眼を合わせないばかりか、ギスギスした雰囲気をこれでもか、というくらい放っていた。



「この水槽はビックバン直後の宇宙におけるエネルギー順位――」


 イネスはカメラを切って、声を張り上げる。

「ちょっと、ちょっと。『星野瑠璃』。

 ナデシコの良い子たちが見てるのよ。台本通りおやりなさい。
 はい。ニッコリこっち向いて――――おねいさん」


「…………バカ」



「それにアキト君も、もっと自然に喋りなさい。普段通り話せば良いのよ。

 それに、二人とも互いにそっぽ向いて喋らない!!」


 アキトが軋るように唸った。

「クッ…………なぜ、俺が!!」



「さあ、続きからいくわよ」


「いく必要は無い」

 扉が開き、ゴートが入ってくる。

「このバカ騒ぎの意味はなんだ?フレサンジュ。

 相転移エンジンの出力は半減。残りのエンジンも騙し騙し使っている状態。グラビティブラストは撃てず、宇宙にも出れない。パロディにできる状況ではないぞ」


「ワタシたちの帰る場所を無くしたのは、あんたたちでしょ」


 イネスは、アキトとルリへ振り返った。

「直接的な原因は、この二人。だから、これは…………罰というところかしらね」



 ゴートが二人を見、突然、口許をひくつかせる。


 それを見たアキトは、サングラス型バイザーを背けて言い捨てた。

「笑いたきゃ笑え」

「い、いや…………」








 並んで立っていたルリがぼそっと呟く。

「可愛いですよ」






…………う…………うがあああぁぁぁぁぁぁ!!

 アキトはヤクザ蹴りで、壁をガンガンと蹴り始めた。



「あらっ、ダメよ。そんな行動しちゃ。あなたはナデシコの良い子の人気者なんだから。ねぇ。犬の『アッキー』くん」


こんなことは、ユリカに!!

「だから、先に言ったでしょ。これは――」


「ずる〜〜〜〜〜〜〜い!!ずるい!!ずるい!!アキトったらユリカに無断で、こんな面白そうなことして!!
 あたしも参加したい!!したい!!した〜〜〜〜〜い!!」


 飛び込んできたユリカに、アキトは真摯に吐き捨てる。

「謹んで、換わってやるぞ」


「ダメだよ!!アキトとユリカで一緒にやるんだから!!
 艦長命令です!!あたしも参加させなさ〜〜い!!


 コミュニケ画面が開き、『コルリ』が緑の三角帽を被り、薄い虹色の羽を生やした妖精の姿で現れた。

は〜〜〜〜〜い!!はい!!はい!!アタシも参加する〜〜〜!!
 仮装から、背景処理まで何でもござれだよ〜〜〜〜〜〜!!」


「そうねぇ。じゃ、艦長とコルリとミスター・ゴートの配置は――」


「俺もやるのか?」



 犬耳の着ぐるみを被り、バイザーで眼を覆い、犬の鼻とヒゲをつけているアキトは、狂気に満ちた酷薄な()みを浮かべる。

「ゴート。一蓮托生だ。…………逃げられると思うなよ

「テンカワ。…………殺気を放つのは止めろ」










 ブリッジ

 『なぜなにナデシコ』を見ながらメグミはポツリとミナトに問い掛ける。

「ねぇ。ミナトさん」

「ぅん?」


「ルリちゃんて、アキトさんのこと、どう思ってるのかな〜〜?」


 ミナトは苦笑いを浮かべた。

「う〜〜〜ん。謎よねぇ」


「ミナトさんでも、わからないんですか?」

「ほとんどぉ自分のこと喋ってくれない子だからねぇ」


 ミナトは椅子の背に身を任せた。

「初めはぁ……単にぃ人付き合いの下手な子かと思ってたんだけどぉ――」

「えっ!?違うんですか?アタシ、てっきりそうだとばっかり……」

 驚くメグミに、ミナトは曖昧な笑みを見せる。


「そうだったらぁ……………………良かったんだけどねぇ」









 相部屋

「ねぇ〜〜。リョーコ。どうなっちゃうと思う〜〜?」


 寝ていたリョーコは片目を開き、ヒカルを見上げた。

「確かにピンチな状況だよな。まあ、戦えと言われりゃ戦うさ。
 んなことより、無用な心配してて、いざという時に体が動かなきゃ、パイロット失格だぜ。休むときゃ休む。んな訳でオレは寝るから、起こすなよ。

 ヒカル。おめぇも漫画だかなんだか知らねぇが休まなきゃ、後に響くぜ」




 ヒカルは自分の描いている漫画を見透かすように眼を細める。


「うん。でも、時間は…………有限だから」



 ヒカルが見下ろすと、リョーコはすでに寝入っていた。


 呆れたように、でも、優しげな眼差しでリョーコを見るヒカル。

「は〜〜〜〜。リョーコは強いね〜〜。イズミは?」



 『なぜなにナデシコ』を放映しているテレビ画面をじぃぃっと見つめているイズミが、ボソリと呟いた。


「…………駄洒落が…………思いつかない」





「…………………………がんばって」










 整備班休憩室

うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!なるほど!!艦長がこうなって、コルリちゃんがこうなり、ルリルリがこうかっ!!ついでに『アッキー』がこうだな。

 ゴートのおっさんは――――――

 …………………………

 ………………

 ………

 ……

 …………………………存在しなかったことにするか」











 訓練室

 『GAME OVER』の文字が表示される。


 汗だくになったジュンが、エステバリス戦闘シミュレーター訓練機から這いずり出た。

 シミュレーター訓練機に篭って、かれこれ二時間。体力は限界にまで達していた。


 訓練室に場違いな明るい声が響き、ジュンはのろのろと目線を上げる。

 備え付けのTV画面は、『なぜなにナデシコ』を放送していた。


 ジュンはTV画面内のルリを睨みつける。



  ナノマシンパターンを虹色に発光させるルリ。


  『艦長代理』としてナデシコの采配を振るうルリ。


  木星戦艦を撃破した時のルリの横顔。


  武舞を舞うように、バッタを屠る蒼紺のエステバリス。



 数々の場面が脳裏でフラッシュバックし、過ぎ去っていく。


くそっ!!


 訓練室の壁に拳を叩きつけたジュンは、重い身体を引き摺って、シミュレーター訓練機の中に戻っていった。








*







 画面の中で『ユリカウサギ』が跳ね廻り、虹色の羽根を生やした『妖精コルリ』がおねいさんのアシスタントをし、犬の『アッキー』がつっかえつっかえ台詞を音読し、緑の帽子を被っている『ルリおねいさん』と学者の帽子を被っている『イネスせんせい』が説明をする。










 そこまでは良いのだが………………。






 黒のウサギ耳が揺れる。



 丸太のような、ぶっとい首を結ぶ黒の蝶ネクタイ。


 広い胸板を覆う黒のレザー製の服が、筋肉質な体躯の線を強調している。


 がっしりとした尻でピッョコピョコと可愛く動く黒ウサギの丸い尻尾。

 鍛えぬかれた肩と腕をむき出しにして、せくしぃ(・・・・)さをアピールしている。


 ごっつい手首を包むお洒落な烏黒色の袖口とカフス。


 引き締まった極太の足には、はち切れそうな網タイツ。


 見上げるほど高い長身を、さらに高くする黒のハイヒール。




 どこからどうみても、ブラック・バニー(黒ウサギ)の服装である。




 だが、発する雰囲気は『異様』を遙かに越して、『怪奇現象』を突破し、『精神汚染』レベルにまで達していた。



 皆、眼を向けないようにしている。

 面白がって着せたコルリでさえも。



 黒ウサ(ブラック・バニー)『ゴート・ホーリー』は、そんな皆の青褪めた視線に気づかず、黙々と与えられた雑務を忠実に遂行していた。










 スツールに座りカウンター越しに、厨房の奥に映る『なぜなにナデシコ』を見ながら、オレンジジュースを飲んでいた少年が呟く。

「バッカじゃねぇの」


 その呆れ声に、茶髪をお団子状に纏めた女性が振り向いた。

「あっれ〜〜〜〜。みんなと一緒に『ゲキ…………なんとか、というのを見てたんじゃないの〜〜?」


「『ゲキ・ガンガー3』かよ」

 少年は背後を一瞥する。


 そこには口では何のかんのと言いながらも、食堂のモニターをしっかりと見ている大人たち。

 熱心にゲキ・ガンガーを観賞している彼らから、熱い何かが漂ってきそうだ。



「おれ…………あれ、嫌いなんだ」


「え〜〜。なんで?」

「まあ、暑っ苦しいところとか、ベタなところとか、色々あるけど…………やっぱ、『正義が必ず勝つ』ってところが嫌いだ」

「ええ〜〜〜。正義が勝つんなら良いんじゃないの?」

 年齢に合わない少女のような声音と口調の女性の疑問に、一瞬、少年は詰まった。

「うっ…………それはそうだけど…………でも、なんか嫌いなんだ」

「ふ〜〜〜〜ん」

「だからと言って、その『なぜなに』とかいうのが好きなわけでもないけどな」


 女性は少年と画面を見比べる。

「あ〜〜〜〜〜。さては『ルリおねいさん』が目当てかな〜〜〜〜?」


「な、なな何を。あんなチンクシャガキ。なんとも思ってねぇよ」


「ふふ〜〜〜〜〜〜ん」

 キャハハハハと笑う女性に、少年は真っ赤になった。

「より低い真空へ船の周囲の真空を相転移させれば」
「そこで生じるエネルギーは使い放題」

「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

「これが相転移エンジンの使えるエネルギーというわけ」

 突然、少年の真後ろからドデカイ声が響く。

「これだけ莫大なエネルギーの保証があるから」

 少年はクワンクワンと鳴る耳を押さえた。

「重力制御も艦全体で行えるし」

 山田は画面を指差して、大声で怒鳴る。

「グラビティブラストも撃ち放題」

「俺様のゲキゲンガー3・リミテッドモデル!!」

「今、指で押しませんでした?」

 山田はくるりと身を翻すと――――

「番組の中だから細かいことは良いのよ」

「俺のゲキ・ガンガー!!返せえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 ドップラー効果を響かせつつ、食堂からダッシュしていった。




*




「右のぉぉぉぉぉぉゲキガンパンチはぁぁぁぁぁぁぁぁ、
 どぉぉぉぉこぉぉぉぉぉだぁぁぁぁぁぁ!!」

 ナマハゲのような口調で、ジョロのような格好で床に這い蹲り、超合金ゲキ・ガンガーの右手を捜している山田に、コルリが逆さまになって尋ねた。

「ところで、食堂の方はど〜なったの?」


 山田は床に眼を配りながら、コミュニケ画面内に浮いているコルリに答える。

「おお。皆、同志だったぞ」


「同志?」




 床に這いつくばる山田から、ユリカが視線を上げた。

「は〜〜〜い。イネスせんせい!!」

「なに?ユリカウサギくん」

「真空を相転移させるなんて発明、誰がしたんですか?せんせい?」

「まさか。誰もそんな発明してないわ。見つけたのよ」


「見つけた?エンジンをですか?」

「そ、いせ――」


 パチパチパチ。


 狭い部屋に、拍手が鳴り響く。

「いやぁ〜〜。お疲れお疲れ。ベリベリナイスな番組でした。
 とは言え、ここらで終わりにしておきましょうか。

 数十件、「悪夢に出てきそうだ」という苦情が入ってきておりますのと、電気代もバカになりませんので。はい」

「なんだ?悪夢というのは?」

「ナンデモナイヨ〜〜。
ゴート指導員、キニシナクテイイデスヨ〜〜」

「あれっ?プロスさん。食堂にいる火星避難民の方たちはいいんですか?」

「ええ。意外にも山田さんが何とかしてくれましたので」




「「「「「はあ!?」」」」」




「右ゲキガンパンチはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 どぉぉぉぉぉぉぉこぉぉぉぉぉぉだぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 その頃、食堂では――――



うおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!俺のジョーがあぁ!!俺たちのジョーがぁ!!」

「許すまじ!!キョアック星人!!」

「ふっ!!熱いぜ!!」

ブラボ〜〜〜ッ!!

「ジョー…………素敵」

「病院の少女!!萌え!!

「なかなか良くできた作品だ」

「ああ。もう少し、評価されても良い作品だな」

「映像史上に残しておくべき作品だ」

「こんな良いものを見ていなかったなんて…………俺は、人生を無駄にした」




 そんな彼らを眺めながら、カウンターの少年が呟いた。

「バッカじゃねぇの」







「……………………と、いうわけでして」



「「「「「…………はあ……」」」」」




「彼ら、避難生活で娯楽に飢えてたから――――」

「飢えの最高潮の時に入ってきたのが…………ゲキ・ガンガーか」

「良かったのか、悪かったのか…………これは悪い部類だろうな〜〜〜」

「反乱を起こされるより、マシだ」

おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!やっと、見つかったぜ!!俺の宝よ!!魂の一部よ!!



「バカ絶好調」



「はははははは。みんな、ドンマイだよ」







「じゃ、番組を閉めましょうか」



「「「「また、見てね〜〜〜〜〜〜〜!!」」」」
「見てねー」













「は〜〜〜〜〜〜。イズミ、わかった?…………なんだ寝てるのか」

 TVの前から動かないイズミを見て、ヒカルが肩を竦める。


「…………ギャグが……………………無念

 イズミはカクンと眠りに墜ちた。







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