食堂は熱かった。



 いやに暑苦しかった。



 どこもかしこもゲキ・ガンガー、一色だった。


 避難民たちは複数のグループに分かれて、熱心にゲキ・ガンガー3を語り合っている。


 そして、仮設舞台の上で山田が、燃え上がる石油ストーブのように熱く激しく凄まじくゲキ・ガンガー3を熱弁していた。

 傍に消火器と水の入ったバケツを常備しておかないと、非常に危険な感じだ。





「ちょっと…………入り込めない世界ね」

「ガイのやつ。我、意を得たり……って感じだな」

 テーブルから離れ、カウンターに座ったイネスとアキトは苦笑混じりに彼らを眺める。



「おやっ。テンカワ、ご苦労さん。大活躍だったじゃないか」


「ホ、ホウメイシェフ」

 苦味を噛み潰したような表情のアキトに、ホウメイは笑い声を上げた。

「なかなか似合ってたよ。うちの娘どもにも大人気さね」


「う………うぅぅぅぅ」

 なにやら傷に触れたように頭を抱えるアキト。


 イネスがテンカワという名字に反応する。

「そう言えばアキト君て、テンカワ博士夫妻の息子さんよね」


「あ、ああ。そうだが…………どうした?」


 イネスは、じっとアキトの黒瞳を見つめた。

「本当に『天河明人』君と同じなのね…………いったい、どういうことなのかしら?」


 笑みを消したアキトは、不思議な表情を浮かべる。

「今は…………まだ、言えない」

「今は……ってことは、いつかは話してくれるわけ?」


「全てが、終わったらな」

「全てが…………終わる?」


「その時になったら解かるさ」


「まるで、未来を見てきたような言い方ね」

「………………もし、俺が――」


「おいっ!!」

 ぶっきらぼうな声がアキトに投げつけられた。


 アキトが横に視線を巡らすと、そこには13歳ぐらいの少年が座っていた。


 イネスが眼を瞬かせる。

「あらっ、君はたしか――」


「あんた。ナデシコの人間だろ?」

「ああ」


「フクベってやつ。このナデシコに乗ってるって、本当か?」


 アキトは眼を細めた。

「そうか。君は…………火星会戦のことを知ってるのか」


「いるのか?いないのか?どっちだ?」

「いたら…………どうする。ぶん殴りでもするかい?」


「…………いるんだ…………」

 少年は奥歯を噛み締め、顔を歪ませる。


 イネスは、少年の顔を黙って見ていた。





*






 ナデシコは北極冠に向かって、雪原を飛行していた。



 今のナデシコは、ディストーションフィールドが半減。しかも、グラビティブラストも撃てない。

 木星蜥蜴に襲われたら、それまでである。

 絶体絶命のピンチの筈だが…………。




 ミナトの鼻唄が聴こえる。




 相転移エンジンが半分死んで、操艦も極端に難しくなっているはずだが、メグミの見る限り、ミナトはそんな素振りを一切見せずに操舵していた。



 メグミも重要クルーの一人として、今はブリッジに縛られている。


 もっとも、副艦長はどこかに行ってしまっているし、艦長とオペレーターはさっきまで『なぜなにナデシコ』に出演していたので、緊急事態という雰囲気はまったくなかった。



 艦長席のユリカは暇そうに頬杖をつき、火星の降雪を眺めている。

 たまに「ア〜〜キトォ〜〜」とかいう呟きと、ニヘラと笑みを洩らしながら。


 メグミの隣にいるルリは、『なぜなに』の時とは打って変わって、無口だった。

 番組内で、あれほど喋って――説明していたルリだが、オペレーター席に戻ってからは一言も口を利かない。いつもの寡黙な少女である。





 メグミは大きく吐息した。




 皆、通常通り。『襲われたら終わりだ』という悲壮感など、まったく、ぜんぜん、これっぽちも漂ってこない。


 地球には帰れず、敵に襲われたら終わり。

 本当に状況がわかってるの?と言いたくなるほどである。


 もっともメグミは、そんなバカなことを言うつもりはない。

 ミナトも、ゴートも、プロスも、そしてルリと艦長は自分よりも遥かに状況を理解しているだろう。

 それなのに、全員が「いつものことですよ〜〜〜」な顔をしていた。

 メグミもそれにつられて、なんだか大丈夫のような気がしてくる。


 火星に着く前に、もし地球に帰れない状況になったらと、想像してみたことがあった。

 パニック映画のごとく皆が恐慌状態に陥るか、スパイ大作戦のように少しでも物音を立てたら終わりだぞという緊迫感に包まれるだろうと予想していたが、…………まさか艦長以下みんな、いつもと同じ状態だとは思ってもみなかった。


 まあ、胃に穴が開くような圧迫感に押し潰されるよりかは、遥かにマシであるが。



 皆、強いというか…………頭のネジが一本抜けているというか…………なんと言うか。


 やはり、戦艦に乗る人たちは、一般人には理解できない存在なのだろうか?



 一般人として、自分と同じように戦艦に乗ったミナトは、この状況下で鼻唄を唄っている。

 初めから、どこか自分とは違うと感じていたが、ここに来て、ようやくこの人の芯の太さを実感した。

 アタシが、もし壊れたエンジンを抱えた操舵士だったら…………とても、模倣(まね)できない。



 隣にいるルリをチラリと盗み見た。

 こちらも何時もと、まったく同じ無表情。

 その横顔は『こんなこと、危機的状況に入りません』と言ってるように見えてくる。



 メグミはもう一度、嘆息した。


 こうやって心の中で危機感抱いてビクビクしてるのって、やっぱり、アタシだけなんだろうな〜〜〜。







*







「オレンジジュース」

 カウンターに片肘をついて少年は、無愛想な口調で注文をした。


 茶髪をお団子状に纏めた『サトウ・ミカコ』が子供っぽい声で注意する。

「ジュースばっかり飲んでると〜〜、お腹コワシちゃうよ」


「五月蝿い。勝手だろ」


 アキトと会話してから、少年の眼に険が宿っていた。



 少年は歯を軋らせた。


 なぜ、皆は浮かれたように騒いでいられるんだ。

 仇が目の前に…………同じ船に乗っているのに。


 嫌悪の眼で仲間を見る。

 いや、『仲間』なんて言えない。言いたくない。

 皆は忘れてしまったのか。


 あの失望を…………あの絶望を――。



 少年は、廃墟となったユートピア・コロニー跡の光景を片時も忘れたことはなかった。



 少年が助かったのは幸運といえる。

 もしもの時に備えて、田舎にある父親の知り合いの家に預けられていたのだ。

 人伝てにユートピア・コロニーが消えたと聞いたが、その時は実感がなかった。


 バカな話だが、街はなくなっても…………人は生きてると思っていたのだ。


 疎開した先も危なくなり、そこから避難する時にその知り合いの人たちとも別れた。

 その家族は、もっと人の居ない田舎の方のシェルターに行き、少年はユートピア・コロニーに戻った。


 ユートピア・コロニーの地下にシェルターがあると聞いて、

 もしかしたら――――


 もしかしたら、両親が生きているかもしれないという…………今から考えれば笑ってしまうぐらい甘い期待を抱いて。



 だが、それもユートピア・コロニーの残骸を見るまでだった。



 煌びやかな街は、すり鉢状の土くれと化していた。

 その中心に人の指にも見える、何かの冗談のような巨大な黒焦げた花弁。

 噎せ返るような焦げた匂いが風に乗り、廃墟全体を見渡せる遠い地点まで漂ってくる。


 住み慣れたコロニーと、今の残骸の共通点を探すほうが難しかった。



 一目見て、少年は理解した。


 人など…………生きてるはずがない。

 誰も…………生き残っているはずがない。



 その光景を見た避難民たちから啜り泣きが漏れる中、少年は泣かなかった。


 ただ、奥歯を食い縛って、廃墟を睨みつけていた。



 誰にも、涙は見せない。

 人前では絶対に泣かない。


 それが、避難先の無惨な故郷を見た時の決意だった。



 事実、この一年、少年は気丈に振舞っていた。


 同時に、心の奥底にナイフの刃のような憎しみを育ててきた。



 自分の故郷を、壊滅させた『仇』

 両親を殺した『仇』

 帰る場所を消し飛ばした『仇』


 今、そいつが…………同じ船に乗っている。


 皆がやらなければ…………おれがやる。


 おれ、独りでやってやる。


 必ず………………思い知らせてやる。



 少年の眼に暗炎が燃える。



 少年は運ばれてきたジュースに口をつけた。



 背後から響くバカ騒ぎの歓声が、癇に障る。

 何であいつらはヘラヘラと笑ってられるんだ。



 あいつらは『仲間』なんかじゃない。


 絶対に…………違う。







 だが、少年は彼らをよく見てなかったために、気づかなかった。

 心底、笑っている避難民は誰もいないことを――――。








*







 山田はブツブツと文句を吐きながら、自分のエステバリスを調整していた。


 基本的なところは整備士たちがやってくれるが、個人的なカスタマイズは自分でセッティングしなければならない。

 整備士の調整は可もなく不可もなくである。

 誰が乗っても適度に動かせる、という具合だった。

 だが、やはり各パイロット、個人的な癖というものがある。それは椅子の高さであり、フットバーの感圧力であり、IFSのイメージフィードバック率やレーダーウィンドウの表示位置、反射反応率、などなど。


 前回、ルリが乗った時、それらを全て滅茶苦茶に変更されてしまったのだ。

 おまけに変なコマンドが入力されていて、危うく格納庫で高速旋回しかけた。


 ウリバタケと相談した結果、メモリー内に何が残っているか判らないため、一度全てを白紙に戻してゼロから入力ということになった。

 大まかな個人カスタムは記録してあったが、細かい同期微調整となると実際に乗ってパイロットとIFS接続しなければ設定できない。



 結果。山田は呪いの文句を吐きながら、データ値をIFSで入力する羽目になっていた。


 本来なら、食堂いる同志たちと『熱き魂ゲキ・ガンガー同志会』を発足させているはずであったのに!!


 だが、整備班が今この場で、このパラメーター変更に気づいてくれたのは不幸中の幸いであった。

 でなければ、実戦でとんでもない目に合っていただろう。



 それも踏まえて、ルリへの呪いの文句がさらに苛烈になっていた。






 一応、入力を終えた山田はエステバリスを下りる。

 ルリと面合わせした時、どんな文句をつけてやろうかと考えながら。


「あっ!!ガイ君」


 山田は顔を上げ、挨拶するように右手を上げた。

「おう。ヒカルか」


「どうしたの〜〜?こんな時間に格納庫に篭って?」

「どうしたもこうしたもねぇよ。この前、ガキンチョが俺様のエステに乗ったとき、全パラメーターを滅茶苦茶に変更していきやがった。おかげで、全部打ち込み直しよ」

「あはははは。ガイ君は、個人カスタム部分が多すぎるんだよ〜〜」

「そうは言ってもな。ヒカルみたいにノーマルをほとんどそのまま扱うやつの方が珍しいって」

「そうかな〜〜。スタンダードもけっこう扱いやすいよ。IFS反射反応率だけは遅いけど」



「おめぇは接近戦に偏りすぎるんだよ」


「あっ、リョーコ。起きたんだ」

「そういつまでも、寝てられっかよ」


 イズミとともに来たリョーコが寝癖の付いた緑の髪を手櫛しながら、山田にけちをつける。

「だいたい、拳のディストーションエネルギー率を2倍にするか? 背中狙われたら終わりだぞ」

「へっ!!突っ込みのメインバーニアを限界まで上げてるヤツに言われたかねぇよ」

「あ、あれはヒット・アンド・アウェイのためで――」

「嘘つきやがれ。今までの戦い方でヒットはあったけどアウェイがあったか?猪のように突っ込んでるだけじゃねぇか」


あ、あんだとぉ!!このアニメオタクやろう!!そういう言葉はオレより勝率上げてから言えってんだ!!」

はっ!!お前が3勝、勝ち越してるだけじゃねぇか!!



「まあまあ、二人とも似たようなもんなんだし〜〜〜〜」

「ウソツキ爺……よた者導師…………似た者同士…………ククククク」




「「誰がこんなヤツと!!」」










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