「出れない!?」
格納庫にアキトの叫び声が響いたのは、火星北極冠研究所の先行偵察が決まった矢先だった。
「ああ、無理だ」
エステバリスをスパナで叩き、反響音を確かめながらウリバタケが頷く。
「なぜ!?」
殺気立つアキトへ、ウリバタケが振り返った。
「バッテリーの関係だ。
この前の戦闘データで解かったんだが、ナデシコの重力波エネルギーラインを超えちまうと、カスタム・エステのバッテリー消費率がノーマルエステの三倍にも達しちまう。
つまり、ノーマルの三分の一しか保たねぇ。予想じゃ、二分の一程度だと思ってたんだがな」
「それは…………無計画というのでは?」
横から口を出した整備班員のイマイを、ウリバタケが蹴飛ばす。
「イネス博士に頼んで、3倍は保つ改良型バッテリーを作っちゃいるが、完成は当分先だ」
「バッテリーを三パック持っていけば―――」
「アホ。戦闘中に取り替えられるか。それに、カスタムとノーマルじゃ規格がちょいと違っててな。専用のバッテリーパックが必要なんだ。
ノーマルのヤツをちょいと改造すればできるが、作戦開始には間に合わねぇぜ」
「くそっ!!」
毒づくアキトを見、ウリバタケが呆れたようにスパナで自分の肩を叩いた。
「おまえから見ればマダマダだろうが、ちっとはリョーコちゃんたちを信頼しろよ。
彼女達だって地球じゃ、一流エステバリスライダーで通る腕前だぞ。木星蜥蜴ごときに早々遅れを取りゃしねぇって」
先程、リョーコに言われたことを思いだし、アキトは口を閉じる。
「それに、ナデシコの護衛で誰かは留守番しなけりゃならないんだ。そいつがレールカノン装備のヤツなら、こっちも安心できるってもんよ」
「………………寄りかかったぐらいじゃ、倒れないか」
アキトの呟きにウリバタケがニィッと笑った。
一つ、大きく息を吐いたアキトは、向こうに集まっている四人のパイロットたちを眺めた。
「………………そうだな。今回は…………高みの見物にさせてもらうか」
「おお。そうしろそうしろ。もっとも、ナデシコが襲われたら、そんなこと言ってられんだろうがな」
「ああ。確かにな」
アキトは苦笑いを浮かべた。
「ウリバタケさん。カスタム・エステの改良型バッテリーはいつ頃できる?」
「イネス博士次第だが…………早くて一ヶ月というところか」
「…………そうか」
アキトはエステバリス・カスタムを見上げた。
ワインレッドの装甲が冷たい静光を反射している。
傍らにある純白のレールカノンが、そのピンク色の反射光を映し込む。
つい先ほどまで充電中だったが、今はそれも終わり、体内に爆発的なエネルギーを溜め込んでいた。
出撃予定は無いものの、突発的な事態に備えるため、万全の体勢に整えられている。
だが……戦うために――護るために作られた、人の数百倍の力を持つ鋼鉄の機兵も戦場に出られなければ置物と同じだった。
皮肉の笑みが零れる。
戦力を増強させる為に手を廻した計画が、逆に足かせになるとはな。
ウリバタケが考案したエネルギーフィールドを超えると使えなくなるレールカノンに、アキトが提案したエネルギーフィールドを超えると動けなくなるエステバリス・カスタム。
おまけに、『前』と異なり、今回はグラビティブラストさえ撃てない。
運命の女神の性格は、悪辣を極めているようだ。
運命の女神の顔に『星野瑠璃』の顔が重なり――――自嘲気味にアキトは首を振った。
「ところでよ、アキト」
「なんだ?」
「おまえ、ルリルリと喧嘩でもしたんか?」
ウリバタケは電子バインダーにデータを書き込んでいたため、アキトが一瞬、顔を強張らせたのを見過ごした。
平静をつとめてアキトは訊き返す。
「なんでだ?」
「いや、おまえ、ブリッジにいた時、ルリルリの方を見ようとしなかったろ。ルリルリもおまえのことは意識して、無視してたようだしな。
それに、『なぜなにナデシコ』を
「よく…………判ったな」
ウリバタケが電子バインダーから顔を上げ、ニヤリと笑った。
「ああ、やっぱそうか。まあ、あの放送見てりゃ、誰でもわかるわな。みんな、噂してるぜ」
「…………そうか」
「何が原因か知らんが、早めに謝っといたほうが良いぞ。他の女ならいざ知らず、あのルリルリだけは子供と見ない方がいい。敵に廻すと、かなりヤバイぜ」
「……………………考えておく」
それだけを言うと、アキトは出撃準備をしているパイロットたちの方へ歩いていった。
その後ろ姿を見ながら、ウリバタケは電子ペンで頭を掻く。
「まあ。アキトなら、ルリルリにタメ張れっだろうけどよ。
…………それにしても、アキト争奪戦のトトカルチョ。超大穴狙いのルリルリに入れといたんだが、こりゃダメか?」
「「「ジャンケン・ポン!!」」」」
「おっし!!」
「悪いね〜〜〜〜〜〜。リョーコ」
「………………タヌキの二宮金次郎…………勝ち勝ち山…………ククククク」
「ぐわ〜〜〜〜〜っ!!オレかよ!!」
グーをあげたまま、絶叫するリョ―コ。
「てなわけで、リョーコが重装フレームね〜〜」
「あの砲戦フレーム、重いからヤなんだよ」
「みんなヤダよ〜〜。だから、ジャンケンで決めたんジャン」
「なっ、三回勝負!!」
「アホ!!男の世界は一発勝負よ!!」
「オレは女だ!!」
「それに、三回も勝負してる時間無いよ。ていうか〜〜、リョーコのアサルトピット、もう砲戦フレームに移してるし〜〜」
「げっ!!」
「…………覚悟を決めな………かくごをきわめな…………落語を極めな…………リョーコ」
「極めるかっ!!」
「…………………………………………ザンネン」
「リョーコちゃんが砲戦フレームか」
「ア…………アキト…………」
言ったきり、リョーコは口を開けたり閉じたりしている。
「何の用だ、アキト?お前、留守番だろ?」
「そんな言い方ねぇだろうが!!」
リョーコが山田を怒鳴りつけた。
「なんで、お前が文句を言うんだよ?」
「い、いいだろ。別に。で、何の用なんだ?アキト!!」
耳まで真っ赤に染まったリョーコは、慌ててアキトに尋ねる。
そんなリョーコを見て、ヒカルとイズミはニマニマと笑みを浮かべた。後で、からかってやろうと思いながら。
「今回は雪原だから、視界が余り利かない――」
アキトの忠告に、途端にリョーコの顔がムッとむくれる。
「バカにすんな!!んなこと、知ってるさ」
アキトが一つ、頷く。
「一応さ。それから、氷の下に気をつけろ」
「氷の下?」
リョーコは一瞬で、戦士の顔に戻った。
「ああ。今まで、氷の下や水の中に潜る木星蜥蜴は見つかってない。だが、この火星――極冠研究所のある場所じゃ、通常のバッタやジョロでは行動が制限されるはずだ。
バッタは宇宙用だし、ジョロは地上用だからな」
「たしか……ゲンゴロウは水中用よ」
「こういう、雪原用の木星蜥蜴がいるかもしれないってことか?」
「あくまで、予想だがな。注意だけはしといた方が良い」
「ゲンゴロウ?」
「そんなのが…………いたはず」
「はっ!!新型だろうが新種だろうが、この『ダイゴウジ・ガイ』様がいれば、チョチョイのチョイよ!!」
「てめぇは耳元で怒鳴るな!!」
「なにおぉぉぉぉ!!」
「んだとぉっっっっ!!」
「あ〜〜あ、チームワーク。すでにバ〜ラバラ〜〜」
「薔薇が二輪…………バラバラバラバ………あっと言う間に、羅馬、二頭…………クククク」
「………………本当に…………大丈夫か?」
アキトは、心配気に呻いた。
*
格納庫のモニターに映る、遠ざかる四つの機影を見送りながら、アキトは熟考していた。
今し方、出発したリョーコたちが心配だからではない。
木星蜥蜴ごときに遅れをとる彼女らじゃない。それは、良く知っている。
そして、今回は山田もいる。性格はともかく、一流の腕前は今までの実戦で見せてもらった。
そう。彼女らに対して、心配ごとはない。
今、アキトが考え込んでいる対象は…………『星野瑠璃』
この歴史が『前』と同じように進まないのは、明らかにあの少女のせいだった。
アキトの知る『前』と同じ『仲間』たちの中で唯一、異質な存在。
未来を知っているアキトでさえ、行動の予測がつけられない謎の少女。
だが、正攻法で誰何しても、少女は決して正体を吐露しないだろう。
そういうところは『星野ルリ』に良く似ている。
だが、あの決して揺るがない氷凍の金の双眸は、
あとは…………実力行使で聞き出す。
最終手段だが『ナデシコを護る』の為には、代えられない。
では、彼女に手をあげられるか?
………………否。
例え、別人だとしても『星野ルリ』と――心から慈しんだ
彼女が自発的に話してくれなければ、アキトには手の打ちようがなかった。
「アキト。そんなにリョーコちゃんたちが心配か?」
難しい顔をしているアキトに、ウリバタケが問いかけた。
アキトは肩の力を抜くように、唇の片端を上げる。
「いや。別のことを考えてただけだ」
「別?」
「ああ、ルリちゃんて何者だろうな……と、思って」
アキトの返答に、ウリバタケは床に沈んでいた。
「おまえはぁ〜〜。今ごろ、疑問に思ってんのか!!」
アキトは不思議そうに眼を瞬かせる。
「おかしいのか?」
「疑問に思うのが、遅えって言ってんだ。
今、ナデシコじゃ、ルリルリは『ナデシコ七不思議』の一つに数えられてるくらいだぜ」
…………七不思議って……ルリちゃんは妖怪か?
「ちなみにアキト。おまえも名を連ねてるぜ。
突然、出現した『謎の人外級エースパイロットの怪』ってことでな」
…………まあ、確かに自分でも怪しいとは思っていたが…………怪奇現象の仲間入りしてるとは思わなかったぞ。
「七不思議ってことは、他にもあるのか?」
「おう、あるぜ。夜な夜な提督の部屋から聞こえてくる『謎のウクレレの音』とか――――」
…………それは、フクベ提督がウクレレを練習しているからじゃないのか?
「完璧な空調設備を誇っているナデシコなのに、なぜか『寒い』イズミ・ヒカル・リョーコの相部屋ってのもあるな。
朝、扉が凍り付いてて動かなくなっていたのは、さすがの俺も驚いたぜ」
…………イズミちゃんの駄洒落…………とうとう、物理法則にまで作用するようになったのか…………。
「あとは、夜だけ存在する誰も見たことのない『白いエステバリス』とか、たまにコミュニケ画面に映る12歳ぐらいの『黒髪の少女』なんてのもあるな」
指を折って数えたアキトはなんとなしに聞く。
「七番目は何なんだ?」
「七不思議って名前なのに、そこら辺にごろごろ転がってるってことさ。
クルーに聞けば、聞いた分だけ増えてくってぇ話だぞ」
…………ここは……怪奇屋敷か?
「なんでも、その全ての七不思議を聞いた者は――」
「呪われでもするのか?」
「いんや。『こんな危ねぇ戦艦に乗っていたくねぇ』って叫んで船から降りようとするか、不安で不安で夜も眠れなくなるってぇ噂だぜ」
「………………何故かは…………聞かないほうが良さそうだな」
冷や汗を垂らすアキトに、ウリバタケは真顔で頷いた。
「ああ、賢明だ」
*
吹雪の中、雪煙を舞い上げて、四機のエステバリスが、火星北極冠の雪原を疾走する。
「けっ。トロトロ走りやがって。ど〜〜も、この砲戦フレームってのは気にいらねぇな」
ぶつくさと文句を言っているリョーコが先行する三機に眼を向けた。
「い〜〜な。おまえら。い〜〜〜な〜〜〜」
「一面の氷…………氷は撒いた…………こりゃまいった…………ククククク」
「「…………はいはい」」
「で、その研究所ってどこだ?」
「先から地図を照合してんだけど、極冠に研究所なんてないよ〜〜〜」
口先を尖らせるヒカルに、ゲキガンガーの鼻唄を歌っていた山田が気楽に答える。
「なぁ〜〜に、そんなもの、行ってみりゃ判るさ――――ッ!?」
「!!…………静かに!!何かいる!!」
「…………ああ。ヤベェ感じがビシビシと来るぜ」
「だから〜〜〜〜。いきなりシリアス・イズミに変化しないで〜〜。ガイ君もさ〜〜――――あっ!!」
不意に背筋にゾワリときたヒカルは、エステバリスを急停止させる。と、同時に雪面が弾けた。
「「「ヒカル!!」」」
「ムカツキ〜〜!!」
無茶な急停止でバランスを崩し、尻餅を着いたヒカルが愚痴をこぼす。
「イズミ!!敵はどこだ!?」
「氷の下!!」
氷の中を掘り進んでいるのだろう。雪面の氷が爆ぜ割れながらリョーコの方に向かっている。
すかさず、イズミはライフル弾を地面にばら撒いた。
くっ!!レールカノンなら一発なのに!!
焦燥に駆られながら、イズミはリョーコに叫ぶ。
「リョーコ。ごめん。そっちへ行った!!」
「く…………くるっ!!」
雪竜巻が柱のようにリョーコの目の前に立ち昇る。瞬間、敵に銃口を向けようとして――
「動きが鈍い!!」
一呼吸分動作が遅れた。
リョーコの悲鳴と同時に、氷の下から現れた木星蜥蜴がエステバリス・砲戦フレームを押し倒す。
「くっ!!これだから、砲戦フレームってヤツは―――――!?!」
威嚇するような高音波の風切り音を伴って、高速回転し始めたドリルが、リョーコの眼に映った。
「お、おい待てよ!!ヤダ…………ヤダヤダ!!
…………イズミ!!ヒカル!!…………アキト〜〜〜〜!!」
「ゲキガーーーン・パーーーーンチ!!」
山田の絶好調の気勢とともに、木星蜥蜴が吹き飛んだ。
「あ〜〜〜〜。新型!!オケラだ〜〜〜〜」
「オケラ…………オイラ、ケラケラ」
地球の水生昆虫オケラと、そっくりな木星蜥蜴に向けて、イズミとヒカルはラピッドライフルを連射し、動きを止めた。
「ゲキガァァァァァァン・ナッパァァァァァァァァァ!!」
大音声を発しながら、山田はディストーションフィールドを纏ったエステの拳で『オケラ』の胴体を穿ち、真っ二つにする。
爆破の衝撃で火炎と氷雪が巻き上がり、濃紺のエステバリスは得意げに振り返った。
「へっ!!見たか!!これがヒーローの力よ!!」
「ふ〜〜〜〜。サンキュウ」
「へっへ〜〜〜〜。聞いちゃった〜〜〜!!」
「…………聞いちゃった…………」
「これで俺様の力を見直したろう」
「ち、違うよ!!バカ!!アリャ……もう一人いたら、フォーメーションが――」
リョーコの言い訳を遮った二人が唱和する。
「「アキト〜〜〜〜〜!!」」
「おい。だから、俺様の活躍を――」
「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「ほれほれ。なんか言うてみ〜〜。リョーコ」
「告白なリョーコ……こくあくなリョーコ…………極悪なリョーコ…………ククククク」
「誰が極悪でいっ!!」
「ほらほら。リョーコ。話を逸らさない。逸らさない〜〜」
ニンマリと嗤うヒカル。
「だから、オレは別に――」
にまーーっと笑みを浮かべた二人は、歌唱する。
「アキトの背中ぐらいオレが守ってやれる〜〜」
「……アキトが頼っても……簡単にぶっ倒れないーー」
途端にリョーコは真っ赤に赤面した。
「お、お、お、お、おめぇら!!覗いてたのかよ!!」
にた〜〜っと笑みを浮かべる二人。
「う…………とっ…………」
言葉を濁すリョーコに、満面の笑みを浮かべて迫る二人。
「そ…………そうだよ…………好きだよ」
「「聞こえな〜〜い!!」」
二人が完璧な唱和をした。
「あ〜〜っ!!そうだよっ!!好きだよ!!悪りぃかよ!!」
逆ギレするリョーコに、にぃたりと
「まっさか〜〜。まさか〜〜」
「…………女が男に惚れるのは…………自然の摂理…………」
「そ〜そ〜。リョーコも素直になったことだし。次は第二段だね〜〜」
「…………先ずは服装ね…………薄い服装…………副総帥…………ククククク」
「そ〜〜だね〜〜。スカートからいってみようか〜〜」
「…………丈が足首までの……ワンピース」
「あ…………あんなヒラヒラしたもん着れっかよ!!」
「ピンクの臼…………ピンクはウス…………ピンクハウス…………クククク」
「エプロンドレスなんてのも、似合うかもしれないね〜〜」
「ばっ…………ばっかやろ〜〜!!
オレはぜって〜〜そんな物、着ねぇからな〜〜〜〜!!」
雪原にリョーコの雄叫びが響き渡った。
ちなみに――――。
本気で存在を忘れられている濃紺のエステバリスは、膝を抱えて雪面に『の』の字を書いて拗ねていた。
「「!!」」
山田とイズミがバッと振り返り、雪煙る雪原を見つめる。
「なになに〜〜?ど〜したの二人とも?」
「リョーコ。早く立って!!」
「あ、ああ」
「また、さっきのオケラちゃん?」
「わからん。だが、一匹や二匹じゃねぇ!!」
リョーコが毒づく。
「雪で煙って全然、見えねぇぜ。イズミ?」
「…………くるわ!!気をつけて!!」
「と…………言われても〜〜〜〜〜」
雪靄の中から、紅光が一閃した。
「うおわっ!!」
山田のラピッドライフルが真っ二つにされた。
「ガイ君!!」
雪煙の中に、二本の紅色の鎌が忙と鈍く光る。
「タ……………タガメ〜〜〜〜〜!?」
その巨体はバッタの2倍程あったが、姿はヒカルが驚くほど、地球産の水中昆虫に似ていた。
両前足には不釣り合いなほど大きい高周波レーザーカッターを実装している。
『8』の字を横にしたような顔には虫眼を模した赤レンズが付き、口許には細長いストローのような機関銃が装着されていた。
背羽の甲冑部分は水色に着色され、尻の部分には先端の尖った長い直尾のバランサーが付いている。
その姿に唖然としている山田とヒカルの前で『タガメ』の口許の機関銃が濃紺のエステバリスに照準を定める。
山田はとっさに飛び退いた。直後、大量の銃弾が山田機のいた場所を抉っていく。
そのマシンガン音で我に返ったヒカルは慌ててラピッドライフルを連射した。
ヒカルに注意の向いたタガメの死角から姿勢をぎりぎりまで低くし、雪煙に紛れながら山田機が突進する。
タガメが振り回した鎌状の高周波カッターを避け、懐に入り込み、
「ガ〜〜〜〜〜イ!!スペシャル・ナックル・カーーーーーット!!」
タガメを豪快に吹っ飛ばした。
タガメが雪煙と氷片を舞い上げながら、雪面を滑っていく。
バッタなら完全に破壊できる完璧な一撃だった。
が、顔の右側と右目、そして右肩を潰されたタガメはギチギチと音を立てながら、氷の中から起きあがった。
「げっ!!硬てぇ!!」
山田の愕声が上がる。
暗視スコープを覗きながら、照準の十字をゆっくりと起きあがる緑の影に合わせた。
「喰らえっ!!」
リョーコの操縦する砲戦フレームの大砲が火を吹いた。
中枢を撃ち抜かれたタガメは、爆炎と粉雪を舞い散らせながら爆散した。
その炎と雪の向こうから、5対の赤い眼と紅色の鎌が光る。
ヒカルが冷や汗混じりの笑みを浮かべた。
「リョーコが砲戦フレーム乗ってきて正解だったかも〜〜」
「オレは0Gフレームの方が良かったよ」
リョーコはぶすっと言い返す。
「よっしゃ!!俺様が先行するぜ!!援護頼む!!」
「おい!!何、勝手に仕切ってんだ!!」
5匹のタガメの静動に注意しながら、イズミがライフルの弾装を取り替える。
「ヒカルは、山田君の援護!! ワタシはリョーコの援護にまわるわ」
「ほ〜〜〜〜い!!オッケ〜〜」
「ちっ!! しゃ〜〜ねぇな!!」
ヒカルとリョーコの承諾と同時に山田が飛び出した。
「ウオリャァァァァァァァァァ!!」
濃紺のエステバリスがステップし、左に避けた。
高周波カッターが右肩の装甲を僅かに削り取る。
この状況下で、山田は獰猛な笑みを浮かべていた。
濃紺のエステバリスは左足を踏み込み、氷面にめり込ませて急制動をかける。
目の前、30センチの距離を閃疾する紅光の鎌を、スウェーで避けた。
ますます、山田の笑みが強くなっていく。
息をつく暇もなく、左頭上から振り下ろされたタガメの鎌を、機体を沈ませて潜り抜けた。
踏み込むと同時に、至近距離から、腰を回転させ、タガメの顎にアッパーを喰らわせた。
金属の潰れる甲高い音とともに、上に弾き飛んだタガメの腹に、ヒカルがライフルを集中連射する。
弾幕が途切れた瞬間、
「ガーーーイ!!ナックル・ドゥォォラァイバーーーー!!」
フィールドの弱まった腹部を、山田がストレートで打ち抜き――――
ドウゥゥゥゥン!!
轟音を響かせ、爆破した。
山田とヒカルの、長年コンビを組んでいるかのような見事な連携だった。
一直線にリョーコに向かうタガメを、イズミはライフルの銃撃で足止めする。
不意に、イズミは機体を霞ませるような速度で横に飛び退った。直後、真横を別のタガメの鎌が疾しる。
「くっ!!……硬い!!ライフルが……牽制にしか役に立たないわ」
悪態をつきながらイズミはラピッドライフルでマシンガン連射する。
チャンバーの中に弾薬が残っているうちに、マガジンの廃莢、装弾を済ませ、ライフルを機関銃のように連射する火星エアフォース式連射術で2匹のタガメを完全に足止めした。
足が止まれば、雪で視界が悪くとも外すことはない。
大砲を構えたリョーコは冷静に1匹づつ着実に仕留めていった。
二連の爆発音が雪原に遠く響き渡る。
「さっきのオケラが奇襲用で、このタガメが雪原用か。アキトの予想、大当たりだぜ」
「ガイ君は絶好調のようだけどね〜〜」
山田機は、縦横無尽に疾しる紅光の鎌を、両手を顎の前に構えるボクシングスタイルで、髪一重に躱していく。
並の兵士なら一瞬で真っ二つにされるような鋭い斬撃を見事な技術で避け続けていた。
訓練校時代、機動格闘戦で教官をも倒した山田の技がここぞとばかりに冴える。
「わははははは。見える、見えるぞっ!!
ガ〜〜〜イ!!スーーパーー・カウンターーー!!」
山田は、タガメの鎌を刹那で捌き、カウンターをお見舞いした。
「ガイ君。カウンターは、技を叫ぶの止めた方が良いよ〜〜」
ヒカルはラピッドライフルの固め撃ちで、山田が吹っ飛ばしたタガメにトドメをさす。
爆音と爆風に乗って氷の破片が舞い散った。
「確かに、ライフルより衝打の方が効きそうね」
そう呟いたイズミはマシンガン撃ちでバレルがガタガタになったライフルを捨てた。
タガメの口許の銃撃を避けて、真横に回り込む。と、同時に掌底を打ち込む。
ズドン!!
一トンほどのタガメが軽々吹っ飛んだ。
「へ〜〜〜〜。イズミ。格闘技、使えたんだ〜〜」
「……………………デパートで貰ったわ」
「「はっ?」」
「商品券…………ショーヒンケン………ショーリン拳…………ククククククク」
「「…………はいはい」」
雪面をゴロゴロと転がったタガメが氷の上に鎌を突き立て急停止した。
雪面を蹴ってジャンプした砲戦フレームが、そのタガメの正面に着地する。
リョーコ機がタガメの眉間に銃口を突きつけ、
「こいつで終わりだ!!」
真正面から撃ち抜いた。
爆音、爆炎、爆風と氷雪を舞い散らせながら、タガメは爆破四散した。
リョーコは大砲を掲げ、薬莢を排出する。
「まっ、たいしたこたぁなかったな」
「ラクショ〜〜。ラクショ〜〜」
「見たかっ!!俺様の活躍を!!」
「………………待って!!…………まだ何かいる」
イズミの警句に三人の動きが止まる。
「「「なに!?」」」
イズミは薄目で白の世界の気配を探り―――
バッと振り返った。
「山田君!!後ろ!!」
警告と同時に、氷面を叩き割り、『オケラ』が跳び出す。
「なっ!!…………こなクソッ!!」
刹那、山田は上半身を低く横回転させ、上段攻撃避けると、後ろ回し蹴りでオケラの胴体を蹴りとばした。
滑る雪面で、しかも瞬間的に超高難度格闘機動ができる山田もナデシコクルーの一員と言うべきであろう。
オケラを蹴り飛ばした山田機の脚の装甲が、無茶な過負荷で歪んだ。
足首の関節が壊れ、尻餅をつく濃紺のエステバリスに向かって、空中で一回転して体勢を立て直したオケラが突進する。
が、横からのリョーコ機の体当たりで真横に吹っ飛ばされた。
すかさず、ヒカルがライフル弾で動きを牽制する。
ライフルの斉射から逃れようとオケラがジャンプし――
ドォォゥン!!
リョーコが大砲で撃ち抜いた。
リョーコは尻餅をついている山田機を見下ろす。
「借りは返したぜ」
「へっ。ヒーローって者は一度や二度、ピンチに陥るものなのよ。まあ、助けてくれたことには礼を言うぜ」
「ガイ君。エステの足、大丈夫?」
立ち上がった山田は足のキャタピラを廻した。
「足の関節がイカレちまった。通常走行は問題なさそうだが…………戦闘は無理だな。旋回に苦労しそうだ」
「ウリピーに怒られそうだね〜〜〜〜」
「まあ、ヒーローの名誉の負傷ってやつよ!!」
「そんなこと言ってるから、ウリピー、怒るんだよ〜〜」
「ヒーローって者のは、誰にも理解されねぇ、孤高なもんなのさ」
「単なる変人なだけじゃねぇのか?」
「孤高………キツネの考え………狐考……ククククク」
「んだとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
何時の間にか晴れ渡った雪原の遠方には、チューリップに囲まれたネルガル極冠研究所が見えていた。
*
食堂の厨房で少年は頭を下げた。
「『ムラサメ・シュウ』です!!
よろしくお願いします!!」
「キャ〜〜〜〜〜!!」
「よろしくぅですぅ〜〜〜」
「これで、二人目の男の子〜〜〜〜!!」
「アキトさんも、『子』に入るの?」
「ん〜〜〜っ!!少年ってのは、こうでなきゃ!!」
「ああ。よろしく。坊や。あたしがここの料理長ホウメイだ。見習いだからって手加減しないからね。ビシバシいくよ」
「はい!!」
「ムラサメ。まずは皿洗い!!料理人が一番、気をつけなきゃいけないことは衛生だよ!!人様の口に入るものだからね。汚い厨房は、客に料理を出す資格はないよ!!」
「はい!!」
シュウは元気に返事をし、洗い場に向かった。
一心不乱に食器と格闘している少年に、茶色の髪をポニーテールしたエリがつつっと寄る。
「ねぇ、シュウ君?」
「はい?」
シュウはスポンジで皿を擦りながら、振り向きもせず返事をした。
「なんで、厨房で働くなんて言い出したのっ?」
エリの質問に、シュウは洗い物の手を止めた。
「え…………と、何かやってなきゃ落ち着かないってのもあったけど…………、彼らみたいに『ゲキ・ガンガー』はイヤだし、…………それに、おれ、こう見えても料理、得意なんだぜ。家庭科の授業、全部10だったしな」
「…………それだけっ?」
「いや、もう一つあるけど――」
「なになにっ?」
「な、なんでもねぇよ!!」
皿洗いを再開するシュウ。
「い〜〜〜じゃない。教えてよっ!!」
「…………ヤダよ」
「え〜〜〜。減るもんじゃなしっ」
そこにホウメイの叱咤が飛ぶ。
「ほらっ!!エリちゃん!!お喋りは後回し!!これから忙しくなるよ!!」
「は〜〜〜〜〜いっ!!」
離れていくエリに、シュウはホッと溜息をついた。