「おら、あと三分で仕上げっぞ!!」


「考え直していただけませんか、提督。危険です。私がクロッカスに行きます」

 意気込むゴートを、フクベ提督は静かに諭す。

「手動での操艦は君にはできまい。それに、調べに行くだけだ」

「「「「うおいっす」」」」

「それはいいが…………ガイ。何でお前までいるんだ?」

 アキトの問いかけに、山田が意気込んだ。

俺様は、外の護衛よ!!

「護衛?」

「ああ。ナデシコがグラビティブラストを撃てねぇからな。あのクロッカスが襲われねぇように、見張りさ」


 ウリバタケが口を挟んだ。

「足関節を壊した罰でな」

ウッセイ!! ヒーローの名誉の負傷よ


「あまり、無茶するなよ」

はっ!!誰に物言ってやがるんだ。ヒーロー、ガイ様だぜ!!

 格納庫に木霊するほどの気勢に、アキトは溜め息をついた。

「まあ。ほどほどにな」


「おらっ!! 山田!! アサルトピット、空戦フレームに乗せ替えておいたぞ!! もう、壊すんじゃねぇぞ!!」

山田じゃなくて、ガーーーーイ!!



 イネスは、横に立つ黒マント姿のアキトを見る。

「ここは、いつも騒がしいわね」

「まったくだ」

 うんざりしたように、だが、懐かしいものを見る眼差しでアキトは格納庫を見渡した。










*








 コツコツと靴音が、凍り付いた狭い通路に反響する。


 イネスとフクベ提督が先行して歩き、その後をバイザーを被り、マントを羽織った黒尽くめのアキトがついて行く。


 イネスは氷に埋まったクロッカスの通路を見回した。

「このクロッカスが消滅したのは地球時間で約二ヶ月前。でも、この様子を見ると少なくとも数年は氷に埋まっていたみたい。ナデシコの相転移エンジンでも一ヶ月半かかったというのに」


 フクベ提督は電灯を翳す。

「チューリップは物質をワープさせるとでもいうのかね?」


 フクベ提督の疑問に、イネスは苦笑した。

「ワープという言葉は、ちょっと。
 ただ、ワタシが調べた範囲では敵戦艦が現れるとき、必ずその周囲で光子、重力子などのボース粒子、すなわち、ボソンの増大が計測されています。もし、チューリップが超対性を利用してフェルミオンとボソンの――」



「!!」


 突然、アキトがフクベ提督の腕を掴み、後ろに引っ張った。

 フクベが後ろに転がると同時に、フクベが今いた所にコバッタが降ってくる。


 アキトは冷静に『アビス(ブラスター)』を構え、

 ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!ダン!!

 六弾を全て連射した。


 後ろに吹っ飛んだコバッタを眼で追いながら、廃莢、装弾を4秒弱で済ませたアキトは再び、コバッタに狙いを定める。



 飛び上がったコバッタの腹にアキトは全弾、叩き込んだ。



 ズシャ!!

 銃弾で勢いを殺されたコバッタは、床に落ち、白い煙をあげた。



 コバッタが完全に動かなくなったことを確認したアキトは、二人に眼をやる。



「怪我はないか?イネス。提督」

 感情を見せない静かな声音が、二人の安否を尋ねた。


「ええ。ないわ。それにしても、見事な腕前ね。護衛を頼んで良かったわ」

 防寒服を払いながら立ち上がるイネスと、コバッタから眼を離さずに立ち上がるフクベ提督。

「わしなど庇う価値もないのだ。無理する必要などない」

「提督。あんたが、自分のことをどう思っていようと、俺はあんたたちの護衛のためについて来た」

「仕事熱心ぢゃな」



「『ナデシコの仲間』は護る。これが俺の誓いだ」



 フクベ提督は自嘲の笑みを浮かべた。

「わしも『ナデシコの仲間』かね。わしのことは外してもらって構わんよ」


 フクベ提督の自嘲に答えず、アキトは通路の先を眺める。

「行くぞ」








*








「十分に使えるようぢゃな」

 クロッカスの艦橋に電気の息吹が灯った。


 フクベ提督とイネスの操作によって、次々と計器とモニターが作動していく。


 フクベ提督が一つのモニターで艦体の状態を調べながら、アキトに頼む。

「噴射口に氷が詰まっているようだ。取ってきてくれないか?テンカワ君。
 フレサンジュ博士、君もついていってくれ。彼一人ではわかるまい」

「ええ。そうね。行きましょう。アキト君」



 アキトは動かない。



「アキト君?」

「テンカワ君?」



「…………このクロッカスでナデシコを脅し、チューリップに突入させ、自分は火星に散るか?」


!!

 フクベ提督の眼が大きく見開かれた。



「図星のようだな」



 フクベは大きく息を吐き、アキトのバイザーに覆われた眼を見る。

「………………わかっておったか」


「ああ」




「で、君はどうする? わしをここで殺すかね? そうすれば、ナデシコを危険に晒すことはあるまい」


「ナデシコは…………チューリップに入っても平気だ」


 断言したアキトにイネスが疑問を挟んだ。

「アキト君。なんで、そんな確信をもって言えるの? あなただって、このクロッカスの惨状を見たでしょ?」

「ナデシコにはディストーションフィールドがある。危険はない」

「でも、確証はないわ」

「大丈夫だ。それは、イネス。チューリップと遺跡を研究してきたあんたの方がよく知ってるだろう?」

「それは…………。でも…………あなた、なぜそんなことを知って――」



 イネスの質問を黙殺したアキトに、フクベがゆっくりと語りかける。


「テンカワ君。わしのことは初めから『ナデシコの仲間』だと思わなければよい。

 見ず知らずの老人がバカなことをして、勝手に死ぬだけのことぢゃ」




 フクベとイネスの視線を受けながらも、アキトは無言で佇んでいた。



 その姿は暗影よりもなお(くら)く、具現した深闇そのもののようだった。





 ブリッジに、低く冥い声が虚ろに響く。


「………護らなければならなかったものを護れなかった者。見捨ててはならないものを見捨てた者。

 ………………俺もあんたと同じだ」





 予想外の言葉にフクベはアキトを見上げた。

「テンカワくん?」



 罪の重さに心が軋みを上げる。


「悔恨と自虐に身体を侵され、死ぬこともできずに、ただ日々を生きてゆく辛さ。
 俺にも嫌と言うほど…………覚えがある。

 心がじわじわと爛れ腐ってゆく日々。

 自ら死を願うも、その死すらも『安堵』となり、己の命を断つこともできない」




「アキト君。…………あなたはいったい?」



 イネスの視線から顔を逸らしたアキトは、フクベに眼を向ける。


「あんたの心が解かるとは言わない。……あんたは、俺の三倍は生きているんだ。俺の陳腐な言葉など必要ないだろう。
 そして、俺の言葉であんたの意思が変わるはずもない」



 フクベは小さく、しかし、心の底からの笑みを浮かべた。


「………………すまんな」








「だが…………ただ、一つだけ聞け。ナデシコに言葉を残すな。想いを伝えるな」








 無言で見つめてくるフクベから眼を逸らし、アキトは天井を――その向こうにある火星の空を眺める。


「お前には…………いや、俺たちには、想いを残す資格など無い。

 ただ…………消え去るだけだ」





「…………よかろう」







「イネス。噴射口の氷を取りに行くぞ」


「え…………ええ」



 身を翻すアキトに、フクベは言葉を投げる。


「テンカワ君。君に何があったか、わしにはわからん。だが、君は――――」




「言ったろ。言葉を…………想いを残すなと」





「…………そうぢゃったな。…………さよなら。テンカワ君。


  貴殿の航海に幸あれ」



 歩み去る二人に、敬礼するフクベ。





 アキトが歩を止めた。

「縁があったら、また逢おう。フクベ提督」




 通路の闇に消える二人の後ろ姿にフクベはもう一度、敬礼し、起動準備に戻った。









*








 船体と竜骨が歪んだクロッカスが氷を撒き散らせながら浮き上がった。




 ナデシコブリッジに居ながらも、クロッカス全体がギチギチと異音を発しているのが聞こえる。


 だが、予測していたよりもはるかにマシな状態にプロスは満足げに賞賛した。

「おおっ。十分、使えそうじゃないですか!!」


「さっすが、提督!!」



 ブリッジにアキトのコミュニケ画面が表示される。

「こちら、テンカワ。ナデシコに戻るぞ」


「あっ!!うん!!ごくろうさま。アキト!!帰還してください!!」

 満面の笑みで、ユリカが頷いた。






 クロッカスの艦砲がギリギリと音を立ててナデシコに照準を定めた。


 皆、フクベが艦体の状態を確かめているだけだと思い、気にもしなかったが、

「現在のナデシコの状態なら、クロッカスでも船体を貫くことは可能ぢゃ」

 突然、発されたフクベの脅迫にユリカ――――ルリとコルリを除いたクルー全員が眼を瞬いた。


ほえ!?

「ど、どうされたんですか?提督」



「前方のチューリップに入るように指示しています」

 ルリがクロッカスから送られてきた航法図を読み解く。


「チューリップに?何のためだ?」

 理由が理解できないゴートが、戸惑った声を出した。



「ナデシコだってチューリップに吸い込まれれば、クロッカスの船体と同様になるはずだ」

「ナデシコを破壊するつもりだって言うんですか!?」

 ジュンの推察に、今さらながら大声をあげたメグミに、ミナトは肩を竦めた。

「何のためにぃ?」



 ズドン!!

 クロッカスから威嚇射撃された砲弾の爆風で、ナデシコの500メートル前方に雪柱が舞い上がる。


 本気と理解したクルーたちの顔が強張った。



 ユリカが唖然とクロッカスを眺め、ジュンがクロッカスを睨み、ゴートが上官の行動を信じられない思いで見つめ、ミナトが大きく溜め息をつき、メグミが未だに理解できずに呆け、コルリが楽しげな笑みを浮かべ、プロスが奥歯を噛み締め、無表情のルリが通常通り仕事をこなしていく。


 ブリッジに様々な感情の入り混じった静黙が落ちた。




あ〜〜〜〜っ!!木連戦艦はっけ〜〜〜ん!!

 左145度、プラス80度〜〜〜〜!!

 さあ〜〜〜〜!!ど〜〜するっ!!時間は無いぞ〜〜〜〜!!

 眼を輝かせたコルリがなにやら楽しげな声で、手をばたつかせた。

「楽しそうですね。コルリ」
「究極の選択ってアタシ、大好き!!」

「二つに……一つ……ですね」

「それで、失敗したくせに」

 敵艦隊を睨みながら言ったジュンに、ゴートが頷いた。

「クロッカスと戦うか…………チューリップに突入するか」

「うぐぅっ!!それは言わないで。ルリネェ。
あれは、相手が悪かったの」


「じゃあ、チューリップかなぁ」

何、言ってるんですか!!無謀ですよ!!損失しか計算できない!!

 ミナトにプロスが怒声をあげるのを聞きながら、じっと考え込んでいたユリカは眼を開ける。



 ユリカは真っ直ぐチューリップを見つめた。


ミナトさん!!チューリップの進入角度を大急ぎで!!



お〜〜〜〜。行っちゃえ!!行っちゃえ〜〜!!

 コルリが『日本一』と書かれた3D扇子を振る。



艦長!!それは認められませんな!!あなたはネルガルとの契約に違反されようとしている。
 有利な位置を取れば、ミサイルでもクロッカスを撃沈できるはず――


「ご自分の選んだ提督が信じられないのですか!!」


 ユリカの本気の一喝は、プロスをも押し黙らせた。







「チューリップに進入します」


 ルリが淡々と事実を述べ、コルリが楽しそうに報告する。

「クロッカス。後方についてくるよ〜〜」




「このまま前進。エンジンはフィールドの安定を最優先」

 ユリカに命令されたミナトが、疑問を投げかける。

「でも、本当にいいのぉ?入っちゃってぇ?」





 ユリカは唇を強く結んで、顔を上げた。


「提督は…………あたしたちを火星から逃がそうとしている」






おっや〜〜?クロッカス。チューリップの手前で、はんて〜〜〜ん。停止したよ〜〜

 クロッカスを眺めていたコルリからの報告に、ゴートが驚愕する。

敵と戦うつもりか!?








 ナデシコ艦長『ミスマル・ユリカ』は下唇を噛んだ。



 あたしたちは人を助けに火星まで来たのに、その火星で人を犠牲にしようとしている。

 犠牲によって、助かろうとしている。


 全員、無事に帰還させることが艦長としての務めだ。


 だが、ユリカの戦術思考は告げていた。



 提督の方法が、一番犠牲が少なく最大の効果をあげられる戦法だと。



 無駄な死は、出してはいけない。それは士気や戦力に関わってくるからだ。

 だが、ここぞ、という時に『犠牲を出す』決断ができなければ、それは指揮官失格である。



 だから、ユリカの冷徹な戦術思考は、この方法は正しいと告げていた。




 だが…………だが、理性と感情は別物である。



 自分の指揮で人を殺す。

 人に死んでくれとお願いする。

 できるはず無い。例え、それが本人の望んだことだとしても。


 戦争には犠牲が付き物である。だからと言って、絶対に犠牲を出さなければならないものではない。

 死なせなくてもピンチを切り抜けられるはずだ。


 甘いと言われるかもしれない。そんなことは戯言だと言われるかもしれない。


 だけど、そんな方法があっても良いと思う。殺し合わなくてもすむ方法があると思う。



 無いというのなら、自分たちで見つければいいのだ。過去に例が無ければ、自分たちが作ればいいのだ。


 戦いは避けられなくとも、戦の仕方まで―――人の殺し方まで過去の人間の愚かさを模倣(まね)なくてもいいはずだ。



 何か、別の『方法』があるはずだ。




 士官学校に在学していた時から、そう考えていた。


 だから、提督が自ら死ぬという選択をしたことが悲しかった。




 そして何より、それを止められるだけの力量が自分に無いことが、一番悲しかった。







 それに………………


 それに…………………………



 フクベ提督が居なくなったら―――





 アキトに会う時間が少なくなっちゃう!!




 警戒態勢中は艦橋に、提督か自分か副艦長のうち、一人が居なければならない。…………ナデシコでは、あまり守られていないけど。

 ジュン君は書類作成で忙しいし。



 そう!!頼れるのは提督だけなの!!



 居なくなってしまったら、アキトに会う時間の捻出を…………これからどうすれば…………。





 悲壮感に顔色を染めたユリカは胸の前で手を組み、声の限りフクベに訴えた。


お止めください!!提督!!ナデシコには…………いえ、あたしには提督が絶対に必要なんです!!
 これからどうすればいいのか、あたしにはわからないのです!!



「わしが、君に教えることなど何もない」





 フクベはナデシコブリッジクルー全員を一人一人、眼に止めてから、敬礼をする。


「諸君らの航海の無事を祈る」





「提督!!」

 ユリカの悲痛な悲鳴がブリッジに響いた。












 哀しみの沈黙がブリッジを支配する中、無感情にモニターを見ていたルリがぼそっと告げる。


「クロッカスの横に空戦エステバリス、一機」


「「「「「え!?」」」」」



あっ!!そういえば……回収…………忘れてた………………

 自分のミスに愕然としたユリカが蒼褪めていく。


「ははははははは!!
 来やがれ!!木星蜥蜴ども〜〜〜〜っ!!」

 と、ユリカの戸惑いなど明後日に吹き飛ばす絶好調の山田の気合が、ブリッジに響き渡った。




ガ、ガイッ!?

 驚愕したアキトが絶叫する。

何やってんだ!!ガイ!!戻ってくるんだ!!


「へっ!!もう、遅ぇな。それに、ジイサン提督にだけ格好良い役、やらせっかよ!!」


何、言ってるんだ!!ガイ!!


 思ってもみなかった事態に狼狽するアキトを見、山田はフッと笑みを浮かべた。


アキト!!男には、負けるとわかっていても、やらなきゃならねぇ時があるのよ


「………………ガイ」


「アキト。そんな顔すんじゃねぇよ」

「ガ…………ガイ!!



「ふっ。俺はまだ、諦めたわけじゃねぇ。

 必ずこの場を切り抜けてやる!!

 そして――――」


 ナデシコクルーに微笑む山田。


お前たちが何処に跳ばされようと、俺は絶対にナデシコに辿り着く!!

 俺は…………『ダイゴウジ・ガイ』は

必ず『ナデシコ』に帰ってくるぞ〜〜〜〜〜〜!!!




「ガーーーーーーーーーイ!!」


 アキトの悲痛な呼び声が、火星の空に響き渡った。












「………………なんか…………帰って来てほしくないですよね〜〜」



「さっさとぉ行きなさいっ!!ってぇ感じねぇ」


「ああ。あいつなら、なんら問題はねぇな」


「ガイ君なら、どこででも生きていけるって感じだもんね〜〜」


「跳んでく………………豚でく…………跳べない豚はただの豚………………クククク」


「説明する気もおきないわ。どこへでもお逝きなさい」









「帰ってこなかったら……………………それはそれでかまいません」







「山田さん。お達者で〜〜〜〜〜〜〜っ!!



「山田じゃなくて、『ガーーーーーーイ』!!!!」


 雪の降るトウキョウ駅のホームを背景(バック)に、白いハンカチを振って見送るコルリに向かって、山田が最後の反論をし――――


 そこで、唐突に通信が途切れた。



「ムウ。最後まで騒々しいヤツだったな」

「彼なら、本当に戻ってきそうな気がする」

「山田さんは、死亡より失踪にしておいた方が良さそうですな」





 悲壮な雰囲気が粉々になり、なにやら気の抜けたムードが漂うブリッジに、ユリカが指示を出す。

「え…………え〜〜〜と。この後、何が起こるかわかりません。各自、対ショック準備を――」



「「「「は〜〜〜〜〜い」」」」
「はーい」









*







 自室のベッドに腰掛けていたアキトは、歯を食い縛り、両手を握りしめた。



 変えられなかった。



 ガイはああ言ったが、生存は絶望的だろう。


 また………………ガイを死なせてしまった。


 畜生!!

 変えられないのか?

 俺の力では…………何も変えられないのか!?


 歴史は変わらないのか!?



 『力』がいる。

 変えるためには『力』がいる。

 全てをねじ伏せられる『力』が!!


 今、アキトが考えつく、その『力』を手に入れられる方法はただ一つ―――――『ボソン・ジャンプ』



 これからナデシコは八ヶ月もの間、行方不明になる。

 正確に言えば、ジャンプアウトが八ヶ月後だ。


 その間の時間を活用しない手はない。


 ボソン・ジャンプで一足先に地球に跳び、アカツキたちとコンタクトを取る。

 ボソン・ジャンプを見せれば、『人脈』と『資金』が得られるし、上手くいけばエステバリス・カスタム以上の機体が手に入るかもしれない。



 もちろん、不安はある。


 一番の心配は、アキトが居なくとも正確に八ヶ月後の月宙域にジャンプアウト出来るか?ということだった。

 ジャンプはジャンプ先のイメージが重要となる。

 では、『前』の時に、ナデシコを月へ導いたのは誰か?


 アキトの予想では…………『ミスマル・ユリカ』


 イネスは地球へ行ったことがなかったし、当時のアキトが地球に居たのは1年足らず。しかも、IFSを持っていたため地球ではいつも異邦人だった。


 一番、望郷の念を募らせていたのは間違いなくユリカだっただろう。


 イメージが強い想いに引っ張られるとするならば、ジャンプのナビゲーターはユリカ。


 そして、『前』のアキトとイネスがサポート…………いや、もしかするとユリカのイメージを邪魔していたかもしれない。

 ジャンプアウトが八ヶ月遅れたのも、当時のアキトとイネスが地球に対して僅かな嫌悪を抱いていたせいだとしたら…………。


 ユリカとイネスだけならば、さらに早く地球に現れる可能性もある。


 甘い考えだが、今はその考えに縋るしかない。



 このままでは、全てが後手に回ってしまう。

 全てが手遅れになる。


 ベッドから立ち上がったアキトは壁にかかっている漆黒のマントの前に立った。



 『力』がいる。

 ナデシコを護るために!!

 そして、全てを変えるために!!




 アキトは黎黒のマントを羽織った。






















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