西鳳家。


 木連創生期から続くこの家は、エウロパの一等地にあった。

 その家は、家と呼ぶには広すぎ、豪邸と呼ぶには和風で質素すぎた。

 『お屋敷』と云う呼び名が一番しっくりとくるだろう。




 その屋敷に喚ばれた者の態度は、二種類に分かれていた。



 一方は、慣れぬ広大な屋敷に、ソワソワとしている九十九、秋山、月臣。


 もう一方は、慣れた様子でお茶を啜っている男二人と、玲華、夕薙、波月、アキト。


 玲華と波月は自分の家が同じくらいの屋敷だし、アキトは元妻のミスマル家で慣れている。

 いや、規模で云えば、ミスマル家の方が大きいだろう。




「どうも、こういう所は慣れんな」

 月臣は軍服のカラーに指をかけて、部屋を見回す。


「なに、言ってんすか。
 オミリンの家だって、道場付きじゃないですか」

「波月中尉。君の屋敷と同列に見ないでもらおうか。
 俺の家は、民家に道場がくっついているようなもんだ」


「ふ〜〜ん。
 秋山艦長はどうして、ソワソワしてるんすか?
 本家は、これぐらいの広さでしょ」

「だからだ。
 本家の連中の顔を思い出してな。
 俺には、こういう場所はどうも合わん」


 厳つい顔を顰める秋山に、九十九が苦笑いを浮かべる。

「源八郎がそれでどうする?
 俺の家なんか、まるっきりウサギ小屋だぞ」


「それに比べて、アキト君は落ち着いてるねぇ」

「ああ、ユリカの実家で慣れてるからな」


 ユリカという女性の名前に、ピクッと反応する玲華と夕薙。


 その様子を横目で眺めつつ、緑茶を啜っていた『西鳳焔(せいほう・ほむら)』が、玲華に問いかける。

「この集まり。
 『裏』には、気づかれてませんネ。玲華君」

「もちろん。そんなヘマしませんわ」

「そいつはァ、けっこう」



 玲華が座敷を見回した。

「ところで、うちの総司令は?」

「秋山艦長。今日の仕事は?」
「サブロウタに押し付けてきた」

「ああ、先ほど連絡ありましてねェ。
 『ぼくは、お腹が痛くなったから欠席するね。あと、よろしく』だそうでンす」

「ありゃ、わたしもサブくん大尉に押し付けちゃった」

「あ……あ……あのボンクラ昼行灯!!

 
小学生のズル休みかっ!!」

「ははは。そいつは言いえて妙でンすねェ」

「…………今ごろ、泣いてるな」
「帰りにお土産、買っていかなきゃね」

あんの、ボケナス!! ナマケモノ!! 昼行灯!!
 絶対に来いって言い聞かせておいたのに!!


「まあまあ、玲華。
 落ち着いて」

「でも、叶十義兄さん」


 少女のように唇を尖らせて拗ねる玲華に、『神狩叶十(かがり・かのと)』は穏やかに笑った。

「悠流さんも、忙しかったんだよ。
 なにせ、東家の頭首だし」

「あのボケナスが、忙しいなんてのは木連が崩壊する時だけです!!
 9割9分9厘……否、10割の確率でさぼりですわ」


 きっぱりと断言する玲華に、夕薙が頬に手を添える。

「本当に、栄えある東家の頭首なんでやんすかねぇ?」

「私のような者が西鳳家やってンだから、良いんじゃねぇンですか」

「従兄様!!」


「何でンすかい?」

「従兄様が、いつもいっつもそうでやんすから、このあたくしが――」


 お小言モードに突入した夕薙を遮るように、焔は言葉を挟む。

「あ、そうそう。香雅美(かがみ)から伝言がありましてね」


「え゛っ?」


「『我が弟子よ。玲華嬢から一本取れたかね。
 私が帰ってくるまでに取れなければ、地獄の特訓の満漢全席(フルコース)だ』だそうでンすよ」


「そ、そんな〜〜でやんす〜〜」


 この場に居ぬ師匠に向かって、抗議の悲鳴を上げる夕薙に、焔は片手で顎をさすった。

「オヤオヤ。まだ、勝ててないンですかい?」


 途端に恨めしげな上目遣いになる夕薙に、波月が助言をする。


「夕薙先輩は、間合いに入るのは達人級に上手いのに、その後がダメなんすよ」

「たしかに…………スルッと内側に入られて、ヒヤリとしたことは十回では利かないわね」


 玲華の言葉に、夕薙が指と指を突付き合わせながら、焔を上目遣いで睨む。

「それは……従兄様から、特殊な歩法だけは教えて貰っていたからでやんす。

 従兄さま!!
 今日こそ、間合いに入る歩法に続く、攻撃法を教えて貰うでやんすよ」


「ああ、あれでンすか」

 うんうんと焔が頷き、にっこりと笑みを浮かべた。



「なに…………私も知らないんでンすよ」



 ズルッと皆がコケる。




「に…………従兄さま!?」


「間合いに入る歩法は『西鳳』家に伝わっているンですが、その後がスッパリサッパリキッパリと抜け落ちてマして。
 イヤ〜〜、困ったもんでンす」

 頭に手を当てて、カラカラと笑う焔。


 皆、開いた口が塞がらない。



 ただ、波月だけが焔に眼を当てて、微かな含み笑いを浮かべていた。



 唖然と口を開けていた夕薙が、ぼそっと吐き捨てる。

「…………この、若作り」



 眼を眇めて、顎をさする焔。

「ほ〜〜〜〜。
 あれは、たしか夕薙が5歳だった頃――」


うわわ〜〜〜〜〜っ!!
 素敵で賢くて優しくて『粋』な焔従兄さま!!
 夕薙が悪るうございやした〜〜〜!!

 だから、言わないで〜〜〜!!


「おや、そうでンすかい。仕方ありませンねェ」



「こ、これだから…………昔を知ってるってぇヤツはァ…………」

「ははは。わかるわ。夕薙。
 (あたし)も海賊時代、義兄さんの前で散々、バカやってるから」

「叶十殿は言い触らさないお方だから、良いじゃありやせんか。
 従兄さまなんか、こちらの悪口を聞きつけると、すぐにバラそうとするんでやんすよ」



「それは…………お気の毒」




「で、夕薙先輩と玲華先輩の恥ずかしい過去をちろっと教えて貰えると、波月はとても嬉しいんですが――」


 二人が眼を向けると、そこには叶十と焔の前に、メモ帳片手に正座している波月。


「そうでンすネェ。取引とイきましょうか?」

「いいっすね〜〜。
 今のわたしはキョアック星人にだって、魂売りまっすよ」


 グゥワッシ!! と、波月の頭を夕薙が掴む。

「波月。ちょっと、こっちに逝らっしゃいでやんす」

「は〜〜い。大人しく死ましょうね。波月」

 波月の腕を掴んで、隣の部屋まで引き擦っていく玲華。


 ズルズルズル………………ピシャ!!

「か…………勘違いしないでください。先輩方!!」
「ほ〜〜〜〜〜〜〜」
「へぇ〜〜〜〜〜〜」

 ゴホン! と態とらしく咳払いをした月臣が、仕切り直すように焔と叶十に問いかけた。

「で、今日は、何用ですか?
 何と言うか、脈絡のない人物が集まっているような気がするのですが」

「ただ、わたしは軍の激我新聞に載せようかと――――」
「「なお、悪いわ!!」」

「ハハハ。たしかに、脈絡は壊滅的にありませンねェ。
 マ、ちょいと、木連と地球の和平交渉の下準備でもしようかと思って、呼んだだけでンすよ」

「あっ、ちょっと、玲華先輩!!
木刀は反則!!」
「夕薙!!」
「いぃやっ!!」

「「「和平交渉!?」」」

 秋山、月臣、九十九の三羽烏は、声を揃えて驚愕した。

「夕薙先輩も槍は反則!!」
ビン!!
「うひゃ!!」

「ど、どういうことですか?」

「どうもこうも、ソイツを今から話し合うわけデして」

「逃げるな!! 波月!!」
「逃げるっす!!」

「叶十殿がこの場にいるのは、そのためですか」

「しかし、西鳳中将。
 そのようなことを、この場で話し合ったとして、何かが変わるのですか?」

ヒュン!!
「キャイッ!!」

「そもそも、和平など何処から、そんな突拍子もないことを――」


 襖の向こうから聞こえる悲鳴や騒動を一切無視する男たち。

「この、ちょこまかと!!」
「なんだ? この騒ぎ?」
「え〜〜い!! 必殺
『ガヴァメントの盾』!!」

「俺が、焔さんと玲華さんに頼んで、この場を設らえてもらったんだ」

メキョ!! ゴキョ!! バキッ!!
グシャ!! バキョ!! グチャ!!

「どういうことだ? アキト。
 何故、おまえが地球と木連の和平などと」

「………………」
「………………」
「………………」

「待ってくれ。月臣。
 もう一人、俺の友人が来るはずなんだ。そいつが来てから――」


「ところで……これ、誰でやんすか?」
「今日来るはずの
『客人』





「「「「……………………………………………………」」」」

「「「………………………………………………」」」







 襖が僅かに開き、夕薙が顔を出した。

「あ…………あの〜〜〜。に、従兄さま。
 『お客様』が到着したで……やん……す……」


「ほ〜〜〜〜。そうデすかい」

 焔の口許は微笑んでいるが、眼が笑ってない。



「…………………あ゛ぅっ」

 夕薙の顔が引っ込んだ。



*



 部屋の隅に、ぞんざいに転がされた山田を、皆は見なかったことにして一堂に会した。


 秋山が『神狩叶十(かがり・かのと)』に頭を下げる。

「挨拶が遅れました。
 お久しぶりです。叶十先生」

「うん。久しぶり。源八郎君。
 君の活躍は聞いているよ」

「はっ。先生も、ご健在で何よりです」


 それを聞いた焔が苦笑を浮かべた。

「ご健在って……叶十君はまだ30になったばかりでンすよ」

「もう、三十路ですよ。
 波月君が、君の下に着任したそうだけど…………大変だろう?」

「はいっ。それはもう」


「いや、秋山艦長。
 そこは、『そんなことありません』とか言うべき箇所じゃ――」

「波月。今更、取り繕っても既に手遅れだ」


「「「「確かに」」」」


「いや、皆。何で、そこで納得するんすか?」



 抗議の声を上げる波月をサラリと流して、叶十はアキトに向き直る。

「初めまして、アキト君。
 君のことは、玲華からよく聞いているよ。
 私の名前は『神狩叶十(かがり・かのと)
 ご存知の通り、神狩玲華の義兄です。

 今の身分は……う〜〜ん。士官学校の戦艦戦術教官……かな?
 あと、私塾を開いていて、秋山君や波月君に戦争戦略戦術論を教えたこともあります」

「テンカワ・アキトだ。
 そうか。あんたが叶十さんか。
 話には聞いている。
 波月ちゃんや玲華さんの話題によく昇るからな」


「待て!! アキト!!」

 月臣が、アキトを手で制した。


「何だ? 月臣」

「その、叶十殿を知らない口ぶり……お前、木連人じゃないのか?」


「ああ。地球……正確に言えば、火星人だ」



「なんだと!!」

 怒声を発し、立ち上がる月臣の上着の裾を引っ張る秋山。

「まあ、落ち着け。元一朗」


「これが落ち着いていられるか!!
 源八郎!! お前は知っていたのか!?」

「何を今更。
 テンカワ君が、地球の人型兵器を操れたってことは、地球園内の人間以外あるまい。
 お前は、あの時に気づかなかったのか?
 サブロウタでさえも気づいていたぞ」

「…………うっ。
 俺は、地球に間者(スパイ)として潜り込んだことのある特殊部隊の兵士かと…………」


「確かに、そういう考え方もできるでやんすね」

「どちらかといやァ、そちらの方が自然でンすねェ」


「元一朗。黙っていたのは、悪かったと思っている。
 だが、ここは俺の顔に免じて、話を聞いてくれないか?
 頼む。この通りだ」

 頭を下げる九十九に、月臣が問いかける。

「お前は、この和平会合とやらの事を知ってたのか?」

「いいや。それは、初耳だ。
 もし、そんな会合があるなら、前もって、お前にアキト君の正体を話していた」

「…………わかった。信じよう。友よ。
 先のお前の驚きは嘘じゃなかったからな」

「すまん。借りといてくれ」

「ああ。貸し、一だ」

 月臣は、座布団の上にどかっと座った。




「では、話も纏ったことだし、本題に――」



「ちょいと待った。
 その前に、一つ質問がある」


 話を遮ったのは、宇宙無宿海賊『ガイ・D・ガヴァメント』こと『山田二郎』


 いつの間にか、座布団に座ってお茶を啜っている山田に、アキトが眼を瞬く。

「ガイ…………なんでもう、復活してるんだ?」

「ん? ああ。
 火星でアサルトピットを射出して、大怪我した話はしたよな。

 その治療で、『山崎』印の医療用ナノマシン使ったら、あっという間に治っちまった。
 それからだな。異様に回復が早くなったのは。
 どうやら、俺と『山崎』印のナノマシンは相性が良いらしい」


 もしかして…………。アキトは思う。

 火星の後継者に捕まったのが俺じゃなくガイだったら、ヤマサキの研究は、ことごとく成功していたかもしれんな。


「そうだ。思い出した。
 一つ、聞き忘れてたことがあったんだ。
 ガイ。どうして、海賊の艦長になったんだ?」

「宇宙無宿海賊団のことか?
 あれは、ゲキ・ガンガー3を全話リレーで見せて、制作裏話をしたら『艦長になってくれ』って頼まれてな」

「…………そ、そうか」


 わかるわかると頷く月臣、九十九、秋山、波月。

「そうだよね〜〜〜。制作裏話なんてされたら、上官と仰がないわけには、いかないよね〜〜」

「同感だ」

「ああ。ゲキ・ガンガーを知り尽くしてこそ、人の上に立つ者」


「そ…………そうなのか?」

「アキト君。常識だよ」


「じ、常識なのか?」

「なんだ、アキト。
 お前、まだ木連に慣れてないのか?
 俺なんか1日も経たずに慣れたぞ」


「お前と一緒にしないでくれ。

 それにしても、ガイ。
 よくゲキ・ガンガーのディスクなんか持ってたな」


 当たり前だと笑う山田。

「ふっ。まだまだだな、アキト。
 ディスクは、観賞用と携帯用と保存用とバックアップ用と宝物用で、5種類持っておくのはゲキガン・マニアとしての常識だぞ。
 仕様がねぇ。俺様がゲキガン初心者の心得を教え――」

「断る」
 山田が言い終える前に拒否するアキト。


 心に傷を負った山田が座布団の上でアメーバと化している横で、マニアの心得をメモしている少女がいたとかいなかったとか。




「話が盛り上がってるとこ悪いでンすけど、質問てなンですかい?」

「おおっ。そうだった」

 アメーバ状から、一瞬で復活する山田。


「この木連で海賊をやっていて、あんたら西鳳家を含めて、四家の名を頻繁に耳にしたんでな」

「ほうほう」


「東家、南雲家、西鳳家、北家。
 こいつらは、いったい何なんだ?
 部下に聞いても、詳しく知ってる奴はいねぇし。
 草壁ってヤツと何か関係があるのか?」


「関係ないと言やァ、関係ありませんが、かと言って全然関係なしってのも違いマすからねェ。
 テンカワ君たちは、どの程度、この木連の歴史を知ってマすかい?」


「そうだな。月の反乱で内部分裂を起こして、月から追われ、火星で核を撃ち込まれて、木星に逃げ込んで遺跡を見つけた。
 だいたい、その程度だな」

「俺も部下に、その話は聞いた」


「ほう。火星の核のことまで、知ってマすかい。
 そいつはァ、話が早い。
 じゃア、その逃亡団が木星で遺跡を見つけてからの話をしマしょうかね。
 木連創設時に貢献した科学者のことは知ってマすかい?」

 焔はそう言って、皆を見回す。


4人の科学者(four・Genius)のことですね」


 玲華の返答に頷く焔。


「そうでンす。化学者、物理学者、医学者、電子工学者の4人。
 この4人の科学者が木連を創ったと言っても過言じゃァありマせん。

 化学者が、化学の他にも物理化学――要は量子化学も専門にしてマしたが、彼が遺跡プラントを解析し、

 医学者が遺跡から発掘されたナノマシンを研究し、

 物理学者が重力制御装置を復元し、

 電子工学者が休眠していた遺跡のシステムを復旧したんでンす」


「子供でも知っている有名な話でやんすね」

「木連は、その四人がいなければ全滅していたと伝えられています」

「ほう」

「へぇ」


「そして、遺跡プラントを解析した化学者は経済基盤を統括し、やがて政治に強い発言力を持つようになりマす。
 これが、『南雲』家。

 重力制御や遺跡のハードウェアを復元した物理学者は、その知識で軍を強化し、軍の上層の人間と婚姻関係を結び、軍の総司令となりマしてネ。
 これが『東』家。

 ナノマシンを研究した医学者は、人間を宇宙に適応させるナノマシンを作りマした。
 同時に、超人を作るという信念に取り付かれた人間でンして。
 彼女は、自分の一族や自分の体で人体実験を繰り返し、やがて人間の限界に近い力を出せる体を手に入れたンです。
 が、そんな人間を忌み嫌うのは当然で。
 表の世界から追われた彼ら一族は、暗殺を生業とし、政界の裏へと潜っていきマした。
 これが『北』家。

 最後に、システムを復旧した電子工学者は、情報を一手に握りマした。
 彼が作った情報統括部署が、現在の情報部の前身でンす。そして、この電子工学者の一族が代々、情報部長官を務めてマす。
 これが、『西鳳』家でンす」



「なるほどねぇ。
 で、頭首ってやつらは、皆。爺さん連中なのか?」


「いえいえ。結構、世代交代が早くてねェ。
 地球では、どうだか知りませんが、この木連では頭首なんて、体力勝負なンですよ。
 歳取って、自分の地位に恋恋し始めた時点で、終わりでンす。
 翌年には、若手に取って変わられます。

 南雲家が、『南雲勝政(なぐも・かつまさ)
 幼い頃から神童として、注目されていた人物でンす。

 東家が、『東悠流(あずま・ゆうる)
 彼は代替わりしたばかりデすね。

 西鳳家は、この私。『西鳳焔(せいほう・ほむら)

 さて、北家ですが……」


「確か、今の北家の宗主は『北辰』だったな」


「北辰?」


 その名に反応するアキトに、玲華が視線を向けた。

「どうしたの? アキト君?」

「…………いや。何でもない」


 煎茶を啜っていた波月が訂正する。

「ちょっと違うんだな。頭首が『北辰』じゃない。
 頭首になったら、『北辰』になるんだよ」

「ど……どういうことですか? 波月殿」


「あれ? 知らないの?
 北家の宗主になったら『北辰』の名を継承するんだよ」


「ええ、そうでンす。
 今のあの男も、昔は『北辰』って名前じゃなかったンですよ」

「…………なんと」



「そう云う意味で言えば、波月君と一緒ですね」


「「「「「え?」」」」」


 全員の眼が波月に集まる。

「木連式水蓮流柔の正統伝承者になると『波月』の名を継ぐの。
 前の『波月』は、わたしの実父だったしね」

「そういや…………サブロウタから、昔、波月は名前が違ったと聞いたことがあったな」

「サブくん大尉は、わたしの道弟(弟弟子)だからね。
 ちなみに、わたしが宗主になったのは8歳の時」


 玲華が苦い顔を見せた。

「初めから、それを知ってれば…………。
 木連士官学校で臨時武術教官を任された時、飛び級してきた生意気な子供をとっちめようとして、酷い目にあったんだから」

「あっ、玲華も?
 あたくしも、遊んであげるつもりで手合わせしたら、一瞬で叩きのめされたでやんす」


「先輩方とは、その時からの付き合いです。
 なにやら、出会い方が最悪だったようで、未だに、イヂメられてますです。はい」


「ほ〜〜〜〜〜」

「波月…………度胸ありますわね」


 肉食猛獣の笑みを浮かべる二人から、眼を逸らした波月は冷汗を垂らす。



「北辰か…………あまり、いい噂は聞かんな」

 顎に手をやって、なにやら考え込んで呟いた月臣に、叶十も肯首した。

「ええ。完全に草壁閣下の影に入っているようですね」


「暗殺の腕も一流と聞くわ」

「この会合が知れたら…………事だな」


「そう? あんなのたいしたことないっすよ。
 わたしは焔中将や先輩方の方がよっぽど怖い」

「北辰を『あんなの』呼ばわりできるのは波月殿だけです」


 北辰を知らない山田以外、全員が頷く。





「さて、話が逸れまくりましたねェ。
 そろそろ、本題に入りマすか」


「焔さん」


 叶十の目配せを受けて、焔はポンと手を打った。

「おおっと、イケネェ。イケネェ。
 もう、一人。大事な人間を呼ぶのを忘れてマした」

「この他に、まだいるのか?」


 奥の襖がすっと開く。

「やれやれ。そのまま、忘れ去られるかと思ったわい」


 姿を現した白髪白眉の老人が、アキトに笑いかけた。


「なかなか、君とは縁が切れないらしい」



「フクベ提督!?」

「じいさん提督!!」



「知り合いなの?」


 波月の問いに、驚きの表情で頷くアキト。

「ああ。ナデシコ…………俺が乗っていた戦艦の提督だ。
 火星で行方不明になったはずだったんだがな」


 表情を消したアキトは闇夜の瞳を、焔に当てる。

「…………つまり…………俺のことも、ガイのことも、何もかも初めから全て知っていた訳だ」


「ま、そういうことでンす」


 しれっと答える焔に、拳を握りしめた玲華が唸った。

「この…………狸が…………」

「狸の考えと書いてリコウと読むのでンすよ。ハハハハ」


「なんか…………手討ちにしてやりたい気分ね」

 据わった眼の玲華に、夕薙も賛同する。

「玲華。あたくしも手伝うでやんすよ」


 焔の性格を嫌というほど知っている彼の元部下――波月は、二人の先輩を執り成した。

「まあまあ。…………敵を騙すにはまず、味方からっすか?」

「その通りでンす」

「それで情報部准将が、何度、胃潰瘍になったか――」

「ハハハハ。彼は病弱なンですよ」


「焔中将の下に着くまでは、一度も病気をしたことのない男だったんっすがね」

「オヤ? それは摩訶不思議の奇怪不可思議でンすねェ」


「彼が、いつも青い顔してるのって、こういう訳だったのね」

「あたくし、まだ見ぬ准将にえらく同情するでやんす」



 焔を胡乱げに見やっていた玲華が、何かに気づいたように手のひらを掲げる。

「ちょっと、待って。西鳳中将。
 火星で行方不明ってことは…………どうやって木連まで連れてきたの?」

「気絶してる御老体をバッタが見つけマして、通信を送ってきたんでンすよ。
 で、木連戦艦にバッタで押し込めて、そのまま時空跳躍門で、ヒョイっと」


「普通の人間を時空跳躍門なんかに通したら、間違いなく死ぬわよ。
 まして、地球人なんか……」

「強力な時空歪曲場を張っていれば大丈夫でンす」


 波月が片手を上げる。

「え? いつ、平気だなんてわかったんすか?
 わたしは、今、初めて聞いたっすよ」


「動物実験で成功したじゃァありませんか」

「焔従兄さま。あれは犬の話でやんすよ!!」

「犬も人間も同じようなものでンす」


「従兄さま。そいつは、さすがに大雑把すぎでやんすよぉ。
 記憶傷害の有無など、不解明な点が盛り沢山でやんすのに」

「それも、大丈夫。
 山崎博士の所で、極秘に成功例が2例ありマすから」


「それ、初耳ですが?」

「私は情報部の中将でンすよ。
 この木連で知らねぇことはありません。
 それが、どんな秘匿情報でさえねェ」


 眼を細めた焔は、薄く笑った。

「まあ、私としては、死んだら死んだで別に構いやァしませんし」


 アキトが唇の端を嫌悪に歪める。

「態の良い人体実験ってことか」


「失礼な。一石二鳥と言って欲しいでンすね」

「どちらにせよ。わしの立場はないな」


「ご不満でしたかい?」

「いいや。命あっての物種ぢゃ」


「そうデすかい。そう言って頂けると、助かるでンす。
 まあ、かといって、今の軟禁状態を解くわけにはァ、いかねェですがね」

「そこまで気を使わんでもよい。
 これでも、結構楽しく暮らしておる」

「ほぅ。そいつはァ、結構」


「楽しくって……じいさん提督。何やって暮らしてるんだ」

 山田の問いに、フクベは笑みを浮かべる。

「囲碁と将棋とウクレレの毎日ぢゃ」


「木連にウクレレなんかあるのか?」

 アキトの疑問に、山田がチッチッチと指を振った。

「ゲキ・ガンガーの国分寺博士の趣味はウクレレだぜ。
 木連じゃ、ゲキ・ガンガーに出てくるものなら、大抵の物は再現されているからな」

「……そういや、そうだった。
 でも、将棋や囲碁は、対戦相手が必要だろう?」

「そこの二人ぢゃ」

 焔と叶十を指し示すフクベ。


「ちなみに、囲碁は私の全勝。将棋は、半々でンす」

「へえ。私とは反対ですね。
 私の場合、将棋は全勝。囲碁は半々です」

 朗らかに語り合う焔と叶十を、玲華と夕薙が咎める。

「義兄さん!!」

「従兄さま!!」




 二人の口調から説教が始まると、瞬時に判断した焔は、

「では、本題に入りマすかね」

 咄嗟に話題を切り替えた。



「さて、まずは、現状を確認しておきマしょうか。
 では、叶十君、お願いするでンすよ」


「私からですか?
 まあ、構いませんが。
 始まりは……そう、五年前になります。
 大規模穀倉コロニーが真空になって穀物が全滅しました。

 穀物は、その他のコロニーでも作っていた為、木連の全滅は避けられましたが、それでも餓死者が出るのは確実と見られていました。

 その危機を南雲家と手を組んで乗り切ったのが、当時、少将だった『草壁春樹』
 この功績で中将に昇進、そして、彼は一気に政界に押し上げられ、実権を握りました」


「そんな簡単に実権を握れるものなのか?」


 アキトの問いに、叶十は首を横に振る。


「簡単ではありませんよ。
 草壁閣下は、人の心を掴むのが凄まじく上手いのです。
 当時、誰の下にも着かないと公言していた北家の『北辰』を、一晩語り合っただけで、傘下に取り込んでしまったほどですから」


「それだけじゃ無いわ。
 穀物コロニーが全滅した時、たった一人、殺気だった全国民の矢面に立ち、演説だけで彼らの暴動を納めたばかりか、全て自分の信望者にしてしまったのよ」



「へえ。あたくし、今でも覚えてるでやんすよ。その、演説。


 『諸君。君らの焦りは、怒りは手に取るように解る。
 その猛りを、どこかへ叩きつけたくなるのも解る。

 だが、ほんの少しばかり考えてほしい。

 全ての結果には、原因がある。
 そして、この結果にも原因が存在しているはずだ。


 では、その原因は何処か?



 稲穂を育てていた激我農作団か?

 
否!!

 彼らは慈しみ精魂込めて作っていた稲を、楽しみにしていた収穫を潰され、血の涙を流している。



 第一穀物コロニー施設を管理していた設備部署か?

 
否!!

 彼らは自分の命すら櫛削りながら、死と隣り合わせで仕事をしている。



 では、我々政権か?

 
否!!

 
我々も諸君らと同じ気持ちだ。断腸の思いなど生温い!!
 絶叫憤死せんばかりの思いだ!!





 では、源の原因は、根本の原因は何だ?

 簡単だ。水と空気が無いからだ。


 では、我々を水と空気のない所へ追いやったのは誰だ!!

 
そう。地球だ!!


 ならば、同志諸君!! 我々の怒りを向ける先は何処だ?

 その憎しみと猛りを叩きつける先は何処だ!!


 
そうとも。地球だ!!


 
我々を、この苛酷な地へ追いやり、
 
自らはぬくぬくと地球にへばり付いている地球人どもだ!!


 
この苦しみを、必ず地球のヤツラに味わせてやろう!!

 この怒りを必ず、届けてやろう!!


 我らが仲間よ!! その怒りを、憎しみを、猛りを私に貸してくれ!!


 
我らの力が一丸となれば、不可能はない!!


 
今、ここに地球打倒を宣言する!!』


 …………でやんしたね」



 夕薙から草壁の演説を聞いた山田が鼻で笑った。

「へっ。責任を追求するんじゃなくて、原因に眼を逸らさせるのかよ。
 責任だと自分に降り懸かってきちまうから、過去の戦争や占領に眼を向けさせて民衆を奮起させるのは、昔からある無能な政治家の遣り口さ」


「それ、無能なんでやんすか?」

「おおとも、政治家が国民の眼を過去に向けてどうすんだよ。
 大事なのは、現在と未来だろうが。
 外交でカードとして使うなら兎も角、自国民に言っちゃダメだぜ。
 少なくとも、国民の眼を未来に向けさせられなきゃ、そいつらは無能だろうよ」



 叶十が諌める。

「話が脱線してますよ。
 その演説と草壁閣下の就任が五年前。
 その時から、木連は本格的に戦力を整え始めました。
 時を同じくして、高松工学博士と云う天才兵器設計者が現れたのも、その勢いを加速させましたね。
 そして、今から二年前。
 2195年。我々は地球連合に書状を叩きつけました。

 その内容は大まかに三つ。
 『木連の国家承認』『火星への無条件移住』『過去の謝罪と賠償』です」


「それを地球側がつっぱねたから、第一次火星会戦になった……と、いう訳ぢゃな」


「いいえ。それだけなら取り得る手段は他にもありました。
 我々の姿を公にして、正面から交渉を迫る手段とかね。

 しかし、地球陣営は木連を差し出すように要求してきたのです。

 罪名は『不法占拠』と『公的財産の不法な独占』だそうですよ。

 さすがの我々も開いた口が塞がりませんでした。
 その地球陣営の要求……いえ、脅しに従う理由はありません。
 それに、そちらがその気なら、こちらも覚悟を決めました。

 それが、火星会戦です。

 その一年後、火星の全滅が決定的になった時、地球は停戦案を持ち出してきました」


「その停戦はつっぱねたんだったな」

 アキトの言葉に、叶十が頷いた。

「もちろんです。彼らは我々を国家として休戦を申し込んだのではなく、犯罪暴徒(テロリスト)として休戦を提示してきたのですから」

「何か、違うのか?」


「当たり前だ。我らを海賊呼ばわりする奴らの頼みなど聞けるか!!」


 息巻く月臣を、叶十が諭す。


「そうでは、ありません。
 テロリストと認識してる限り、交渉は無意味です。
 相手を国家と認めればこそ、条件戦争ができるのですから」


「条件戦争?」

「いわゆる、領地の遣り取りや、物資の受け渡し、補償金や、相手の政権の交代など、一部の条件を引き替えにして戦争を終結することができます。
 これを条件戦争とか、制限戦争と言います。

 しかし、我々を国家ではなく、テロリストや海賊として認識しているのならば、行き着く先は殲滅戦争しかありません」

「殲滅……すべてを滅ぼすことか?」


「そう。テロリストという定義には、民間人も女性も子供も赤ん坊すらありません。
 その集団、そのものが殺戮の対象となるのです。
 だとしたら、地球連合の最終目的は我々の『根絶』となります。

 我々だって死にたくありませんし、死んでやる義理もありません。
 だとしたら、我々が生き残る術はただ一つ、敵側の殲滅となります。
 そして、最後にはどちらかが全滅するまで戦い続けることになるでしょう。
 だから、木連を国家と認識させるまで、休戦はできないのです。
 テロリストのまま休戦しても、所詮は『犯罪集団』なのですから。
 国家間の約束ごととは、根本が違います」



「まあ、我々が卑劣な地球人に負けるわけないがな」

「木連を国家と認めない地球は、さらなる戦禍を望むのか」

 鼻を鳴らす月臣と、溜息を吐く九十九に、叶十は首を横に振った。



「いえ、地球陣営は平和を目指していますよ」


「え?」



「そう。カルタゴの平和というものをね」

「カルタゴ?」


「地球史のローマ時代、ローマはカルタゴを攻め落としました。
 そして、3万人を殺し、全てを略奪し、生き残りの5000人は全て奴隷商に売り払い、さらにその土地に塩を撒いて作物が育たないようにしました。

 敵が全ていなくなってしまえば、残るのは(・・・・)平和(・・)』です。

 地球陣営が目指している『平和な社会』というのは、間違いなくこれでしょう」


「地球人どもめ、吐き気がしてくるぜ」


「何を言ってるんです。月臣君。
 これは、我々、木連が火星にやったことと何一つ変わりませんよ」

「そ、それは……奴らは悪らつな地球人で……」

「吐き気はしてこないのですか?」


「ならば、おめおめと地球人に支配されろというのですか!!」


「まさか。
 妻を犯され、娘を拐かされ、子を惨殺されても、『戦争反対』などと唱えられるのは、もう人間ではありません。
 そんなのは、主人に頭を撫でられて悦ぶ犬や猫と同じです」

「それならば――」



「それは、木連人も地球人も変わりはないということです。

 同じ『人間』だから、当たり前と言えば、当たり前なのですが」



 叶十の説明に、月臣が激高する。

「我々、栄えある木連人は、地球人とは違う!!」


 冷めた眼の叶十。

「そうですか。では、月臣君には尻尾でも生えましたか?
 それとも蝙蝠の羽でも?」


「なっ!?」



 拳を握りしめて立ち上がる月臣の前に、玲華が立ち塞がった。



何人(なんびと)も、叶十(かのと)に手を出す者は、あたい(・・・)が許さん」



 殺気が渦巻き、室内の温度が数度下がったような冷気が充満する。


 冷徹な殺人鬼の玲華の眼に、月臣は怯んだ。



 月臣を見据える、その茶瞳は『鮮血鬼姫』の鬼瞳。


 突っかかれば、躊躇なく抹殺される。




「まあまあ、落ち着きなすって、ご両人」

 緊迫した空気なぞ、一切無視した軽い口調で焔は執り成した。



「叶十君が言いたいのは、木連人も地球人も人間であり、
 我々も決して人間を超えた超人でも、全てを悟った賢人でも無いということでンす」


 叶十も、冷静に焔の後に続ける。

「ええ。それに、この戦争も人類有史以前からある珍しくもない戦争の一つであり、
 同時に、我々にとっては生き残りをかけた戦いであるということです」



「元一朗、座れ。
 今は仲間内で争っている時ではない」

 秋山に諭され、顔をしかめてふて腐れたように座る月臣と、何事もなかったかのように叶十の隣に座る玲華。



 今まで黙っていた夕薙が口を開く。

「叶十殿。前に波月にも言ったんでやんすが、勝っている時に敵を叩き潰すのが、基本だと思うんでやんすが」


「それは、地球を火星のように徹底殲滅するということですか?」

「そこまでする必要はねぇでやんすが……。
 このまま一気に地球まで攻め昇り、支配すれば良いでやんしょ」


「残念ですが、地球を支配するには、木連は決定的に人が足りません。
 狭い地域ならば少ない人数で統治できますが、地球全土など到底無理でしょう。
 すぐに、内乱になります」

「そうなれば、重力波砲で焼き払ってやればよい」


「そして、地球を火星のようにしますか?」

「地球人が抵抗すればな」


「それは、浅はかの極致です。
 地球は火星とは違い、46億年かけて、あの環境を作り上げてきたのです。
 海があり、川があり、植物があり、その微妙な均衡(バランス)の上で保っています。
 地球を焼けた大地にしたら、あっと言う間に人間の住める惑星ではなくなると思いますよ。
 そう、金星のように」


「そうでやんしょが、勝てる条件下で和平案を結ぶのは、納得がいかねぇでやんす」



 冷静に論争を聴いていた波月が、初めて議論に加わる。

「軍が陥りやすい錯覚なんすけどね。
 初めの目的が何であれ、戦い始めると、戦況報告――戦果に比重が置かれて、
 当初の目的の達成度よりも、いかにして敵を倒し、支配下を増やしたかが重要になってしまうんです。
 そして、軍はその体面と自尊心から、領土拡大と敵の殲滅のために戦うようになるっす。

 そして、戦域を必要以上に拡大してしまう。
 やがて、その無理が祟り、内側から――自国から崩壊していく。

 だから、勝っているうちに、圧倒的に有利のうちに和平を結ぶんです。
 勝てる条件下で、圧倒的武力を前に結んだ和平交渉は、もう勝ちと変わらないんすよ」


「ん〜〜。俄に理解しがたい理屈でやんす」


「和平交渉が勝ちなどになるものか!!

 戦いは完全に勝利してこそ、意味あるものになるのだ!!
 一応、木連人も地球人も同じ『人間』だということは認めよう。
 だからこそ、我々が優秀な人間だということを知ら示めなければならないのだ!!

 
我々は圧倒的に勝つ!!



 拳を握り締め、気炎を吐く月臣に、アキトは溜息を吐いた。


「月臣。悪いが、訂正一カ所だ。
 地球人は木連が『人間』だということを知らない」


「な…………なんだと?」


「ああ。木星蜥蜴と呼び、連合軍の上層部が全てを隠蔽しちまってるぜ」

「今の地球連合軍の認識じゃ、これは戦争じゃなくて、『蜥蜴駆除』だな」


 山田とアキトの説明に、さらに憤る月臣。

「な……なんて卑劣なんだ!! 地球は!!
 やはり和平など生温い。断固として、殲滅すべきだ」


 玲華が反論をする。

「月臣君。敵を殲滅して何があるの?
 憎しみの連鎖を呼ぶだけよ。
 それとも、地球の女子供まで、完全に全滅させるつもり?
 それでは、昔、地球が月の独立派に対してやったことと同じよ」



「神狩副司令。この戦いは正義のための、聖戦です」

「あたくしも、正しい戦争だと思うんでやんすが」



「戦争に『正義』なんて存在しません。
 どちらが、より『悪』か…………と、いうことだけです」

 叶十の意見に、抗議の声を上げる月臣と夕薙。

「そんなっ!!」

「喧嘩両成敗…………ってことでやんすか?」


「まさか。そんなことを言ったら、侵略し放題じゃないですか。
 一方的に『侵略』しといて、負けそうになったら『両成敗』?
 それは愚者の詭弁っすよ」


「いいえ、波月君。
 侵略される『隙』を作ること、それ自体が『悪』です。
 『外交』で、侵略を阻止できなかったその国の『政治家』の罪、侵略を許した『軍』の罪。
 そして、そんな政治家を選んだ…………そして、腑抜けた軍を作った『国民』の罪」

「そうなんすか?」


 叶十は苦笑した。

「波月君。私は君の戦略戦術の『先生』ですが、私が言ったことが全て正しいとは限りません。
 正しいかどうかは、君の眼で見て、君の耳で聞いて、自分で判断することです。
 人は誰でも間違います…………そして、真理は一つではありません」

「………………はあ。メンドくさいっすね」



「確かに…………単純(シンプル)なのは良い事とされてますが、全てに於いてではありません。
 少なくとも、私は、そう思っていません」

「何でです? 義兄さん」



「21世紀半ば――2050年頃ですが、地球のある国家が、こんな標語(スローガン)を掲げました。

 
『神は独り、真理は一つ、ゆえに正義もまた一つなり』

 この言葉は民衆に浸透していきました。少なくとも、その国の民衆には。
 理由は、単純で判りやすかったからです。
 本をまるまる一冊憶える必要はありません。
 面倒な祈りもいりません。
 複雑な手続きもいりません。
 文字を覚え始めた子供でも、理解できる言葉です。

 人は教養うんぬんに関わらず、難しいものよりも、簡単なものを、
 解り難いものよりも、竹を割ったような明快なものを好みます。
 そして、好ましいと思ったものを、大半の人間は選びます。

 選んだ人々は口々に、こう言いました。「シンプルなことは良いことだ」「我々の選択に間違いは無い」「正しいことは歴史が証明している」と」


 一端言葉を切った叶十が、眼を眇める。


「ただし、この理念は…………『妥協』と『寛容』という言葉を駆逐しました。
 時には『説得』と『話し合う』と行為さえも…………。

 結果、『和解』は『脅迫』の同義語となりました。

 そして、その『正義』に凄まじいほどの血が流され、命が散らされました。
 しかし、その国の大衆は何の疑問も覚えませんでした。
 正義に間違いはないと思っていたからです。

 なぜなら、彼らにとって…………正義は『一つ』だけなのですから」


 叶十は首を振った。

「すいません。話が逸れました。
 ただ、我々、木連もそれを嘲笑うことはできません。
 そのことだけは、憶えておいてください」




 沈黙が、部屋に重く垂れ込める中、周りの空気など一切構わない軽い口調で焔が顎を摩りながら言う。

「まあ、私としては、面倒くさい物は、さっさと終わってくれることに越したことありませんし――」

「従兄さま!!」


「ですが、簡単には、終わらないと思いマすねェ。
 『火星』を壊滅させてることデすし」

「しかし、それは地球の奴らが!!」


「そう、地球の施政者は『地球』にいるんでンす。
 『火星』には、いませんデしたよ」


「し、しかしっ!!」


「地球への戦略的攻撃位置を取るということの為だけに、罪無き人命を奪いました。
 戦略的には兎も角、人道的に見ると無意味に殺しているということです。
 それとも、そこに居るだけで、そこで生活しているだけで、『殺すべき対象』となりえますか?」


 叶十の目線に、玲華が返す。

「そもそも、そんなことを規定した物が無いわ。敵は敵。
 非戦闘民と軍人の区別すら無いわね」


「私たちの目的は、地球人の虐殺ですか?
 それとも、地球人への復讐ですか?」

「…………地球人への復讐だ」


「その地球の施政者は百年前の人間で、直接的には今の人間は関係ないのに?」

「それが悲願だ。
 それに、その今の地球人どもは、我々の要求を突っぱね、あまつさえ我々を『海賊』呼わばりした!!」



「ならば、その施政者に『要求』を呑ませることが私たちの『戦争の目的』ではないのですか?」


「そうだ。だから、敵に損害(ダメージ)を与え、弱らせる!!」



「その敵は、奥に隠れて損害(ダメージ)など与えられませんよ」

「だから、徹底的に地球を攻撃するのだ」


「そして、民間人を『虐殺』しますか?
 地球の施政者は、その事実を巧妙に利用するでしょう。
 百年前のように」


「っ!! …………ならば!! どうすれば、いいんだ!!」



「だから、和平です。
 もう少し正確に言うなら、優位な立場での『対等条約』です」



「その和平で、何が出来るというのだ!?」


「『戦争』は外交的物理攻撃です。
 外交の『攻撃』方法は『戦争』だけではありません。
 いえ、『外交』全てを含めたものが『戦争』なんです。

 『交渉』は平和的手段ではあません。

 それ一つで国を左右できる『武器』なんです」

「だが…………地球が、その気にならなければ仕方ないだろう」



「その為に、俺らがいる」



 口を挟んだアキトを、月臣が睨む。

「アキト。こう言ってはなんだが、たった、三人の地球人で何ができる?」



 タイミングを見計らっていた焔が、二人の会話を遮るように、摘み式チャンネルのテレビの電源を入れた。

「このままでは、いつまで経っても平行線でンすねェ。
 では、面白いものを見せてあげマしょうかね。
 虫型機動兵器からの記録でンす」




 テレビ画面の中、宇宙空間で大量の木連戦艦と虫型兵器に向かって、グラビティ・ブラストを放つナデシコが映る。



「これが、地球の相転移型重力波砲戦艦『撫子(ナデシコ)』でンす」


「ほう?」


「でやんすが、重力波砲で虫型兵器さんは消し飛ばされやんしたけど、木連戦艦は無傷でやんすよ」


「夕薙。君ならどうしますかい?」

「そうでやんすね。
 一端、この場は引いて態勢を立て直すか、援軍を待って防御に徹するでやんす」


「え〜〜。わたしなら、戦艦群の中に突っ込むけどなぁ。
 先の重力波砲で虫型兵器は全滅してるし。
 あの船団の中に入っちゃえば、木連側は味方に当たるから、重力波砲を撃てないし」

「そんな奇抜な考え方するのは、世界広しと言えども、波月だけでやんす」



 テレビ画面の中のナデシコが、一直線に木連戦艦へ特攻をかける。


「「「「「本当に突っ込んだぁ!?」」」」」


 焔とフクベ以外の、全員の驚愕の声が重なった。



 ナデシコは小魚が川を泳ぐように、戦艦群の中を擦り抜けてゆく。



「うそっ!!」

 玲華が、眼を見開いて立ち上がった。


 海賊だった玲華は幼少の頃から、戦艦を扱っている。

 当然、戦艦の操縦も達人級の腕前を持っていた。


 その玲華だからこそ、解る。

 この操縦が、玲華をもってしても『不可能』レベルだということに。

 戦艦を操舵する者なら、誰しもが言うだろう。


 今、目の前で起こなわれている操艦は『神技』だと。




 戦艦群を擦り抜けてしまったナデシコは、その場で180度旋回し、ぴたりと止まった。




 それを見、『かんなづき』参謀長である波月は全てを理解した。


 この戦艦(ナデシコ)が、この戦術を選択した目的・行動・意味の全てを。



 波月は、噛みつくようにテレビ画面を凝視する。


 そう、木連戦艦は、斜め後ろには重力波砲は撃てないから、今の撫子(ナデシコ)の位置は死角。


 そして、撫子(ナデシコ)の重力波砲射程内に、木連戦艦はちょうど良く密集してるから…………いや、違う。密集させるために、撫子(ナデシコ)は自分を囮にしたんだ。

 すぐに船団に突っ込まなかったのは、その為か。


 そして、密集してるために、戦艦は旋回出来ない。だから、反撃もできない。


 あとは、時間との勝負。



 ほら、直ぐさま、重力波砲一発目。

 でも、一発じゃ効かない。

 だから、連続して二発目。

 これで、前衛の戦艦は耐え切れない。


 そして、三発目。

 これで、六割方の戦艦は大破。その大破した戦艦が爆発して、周りの戦艦も連鎖的に誘爆していく。


 さらに……そう、四発目の最大火力で全てを薙ぎ倒す。

 先の誘爆の影響も重なって、八割が撃沈。残り、二割も中破以上。

 反撃を出来る戦艦は、(ゼロ)



 撫子(ナデシコ)の完全勝利。



 画面の中のナデシコは、悠々と背後に映る火星へと方向を転進させた。





 波月は心の底から、吐息を吐く。



 なんて、なんて――――



 なんて、わたしの考えそうな、そして、わたし好み(・・・・・)の戦術なのだろう!!


 この世界に、わたしと似たような戦術思考の持ち主がいるなんて。

 死中に活を求めるなんて無謀な作戦を採用して、あっさりと勝利する人間がいるなんて。


 奇策はただ、敵の意表を突けば良いものじゃない。奇策が失敗した時の危険性(リスク)は、甚大な物になるから。


 だから、時機(タイミング)が何よりも重要。

 早すぎても、遅すぎてもいけない。


 この艦長は、その重要性を理解している。



「ねぇ。アキト君」

「なんだ?」


「この撫子の艦長って、なんて名前なの?」


「ユリカ。……『御統丸百合香(ミスマル・ユリカ)』だ」

「そう。百合香って云うんだ。
 この作戦を指揮した人は――」



「いいや。この作戦を指揮したのは、この時、臨時艦長ぢゃった『星野瑠璃』君ぢゃ」


「ルリちゃんが……」

 それで、アキトはやっと納得した。

 アキトは、こんな戦闘シーンなど知らない。


 だが、ルリが臨時艦長の時だったらわかる。

 その時、自分はユリカやメグミと共にナデシコから離れていたのだ。

 この戦闘を知らなくて、当然だった。






「……星野……瑠璃……ね」



 その名前は、驚愕と好奇心と興味と共に、波月の胸に刻み込まれた。





 そんな波月を見ていたフクベは、ふと何かが引っ掛かる。

 そう、この戦闘の直前か直後に……何かを……星野君とコルリ君が喋っていて…………!!


 フクベは、唐突に思い出した。


 確か、コルリ君の「凄いこと考えたね」と言う言葉に、星野君は「波月(・・)さん、ゆずりです」と答えていたような――――


 目の前にいる少女と同じ名前。


 フクベは頭を振った。


 いや、戦闘中の会話ぢゃしな。記憶違いの可能性が大ぢゃ。

 もし、記憶が定かでも、単なる偶然ぢゃ。同名など、珍しくもなんともない。




「イヤイヤ。うめぇ具合に、皆さんの度肝を抜けたようでンして。
 デすが、まだまだ、終わりじゃねぇンですよ。
 ほらほら、玲華君も座ってくださいな」


「は、はい」





 場面が変わって、四隻の木連製無人式相転移型重力波砲戦艦が映し出されていた。


 その四隻の木連戦艦が、重力波砲を放つ。


 三筋の重力波砲が、白亜の戦艦『撫子』に当たり散らされた。

 しかし、残りの一発が『撫子』の後ろの要塞衛星(コロニー)を貫く。



 そこからの展開は急だった。



 桃色の人型機動兵器が光の矢のような速度で戦艦に体当たりをする。

 人型兵器と戦艦の歪曲場が発光して、一瞬均衡し、高速度の人型兵器が戦艦の歪曲場を打ち破った。

 人型兵器の歪曲場で、戦艦の装甲が拉げ歪んでいく。

 だが、それも一瞬。戦艦から紅蓮の炎が吹き出し、爆発した。


 撃破した一隻目を見向きもせず、桃色の人型兵器は小刀を抜刀。

 人型兵器は、躊躇いなく小刀を二隻目の木連戦艦の歪曲場に突き立てた。

 歪曲場の一瞬の発光後、小刀は戦艦後部の相転移機関に突き刺さる。

 そのまま横に疾しった人型兵器は、機関部に致命打を与え、離脱した。


 離脱した人型兵器は、三隻目を間に挟むような位置に移動。

 二隻目の戦艦が爆破し、それに巻き込まれる形で、三隻目の戦艦も誘爆した。


 三隻目を盾にした人型兵器は、残りの一隻に肉薄する。

 四隻目の戦艦がばら蒔いた誘導弾の弾幕を、人型兵器は全て躱し、潜り抜けた。

 戦艦後部に小刀を突き刺した人型兵器は竜骨に沿って、戦艦を切り裂いていく。

 強度が保たなかったのであろう。戦艦の中ほどで、小刀が折れた。が、桃色の人型兵器は一切速度を落とす事なく戦艦から離れる。



 閃光と爆炎。



 その後には、戦艦の残骸しか漂っていなかった。

 桃色の人型兵器は、危なげなく要塞衛星へ飛翔していく。




 そこで、テープは終わった。




 声もなく画面を見つめていた者たちが、大きく吐息を吐き出した。

「凄い!!」

「信じられん!!」

「世界は、広いでやんすねぇ」

「サツキミドリの時の戦闘ぢゃな」

「うわ〜。まさかとは思ったけど、撫子の戦力を借りずに全滅させちゃったよ」

「なんで、俺様を出さねぇんだよ。不公平だぞ」

「うむ。我々のマジンやテツジンで同じことをしろと言われても無理だろう。
 大きい方が強いと考えられているが……これを見ると改めなければならんかもしれんな」

「しかし、源八郎。たとえマジンを小さくしても、これは不可能だと思うぞ」


「確かに。これは、操縦者の腕によるものだろう。
 本当に人間技か?
 『化け物』は、波月だけで十分だというのに」


「秋山少佐。化け物は失礼でンすよ。
 特に本人の前では」


「本人ですと?」


 焔は指し示す。

「人型機動兵器で重力波砲戦艦を墜とした操縦士(パイロット)は…………『そこ』にいマす」



 驚愕の視線がアキトに集まった。




「なるほど。(武術)はそれほどでもないのに、わたしよりも人を殺してるはずだ。
 ただ者じゃないとは思っていたけど、そういう訳か」

「あの機動、そして死線と狂気。そういうことか。
 確かに、(あたし)と『同族』ね」

 波月と玲華は、得心した顔でアキトを見つめた。



「さてはて、皆の衆。
 これでも、『何が出来る』デすかい?」



「しかし、個人の勇だけで、世界を変えるのは無理だと思いますが?」


 秋山の問いに頷くアキト。

「ああ、その通りだ。
 個人の力だけで歴史が変えられるとは思っていない」


 言葉を止めたアキトの脳裏に、ふと独りの少女が思い浮かぶ。


 ほとんど独りで、世界規模の反乱を終息させた白銀の少女。


 アキトは微かに首を振った。


 ルリちゃんは、例外中の例外だ。

 彼女を基準に考えると、何でも有りになってしまう。



「『ナデシコ』――今の新型戦艦の乗員が『和平』を望んだとしたら」


「なに?」


「『撫子』は和平を望んでいるの?」

「今はまだ、自分たちの戦っている相手が『人間』だとは知らない。

 だが、ナデシコ艦長ならば…………『ミスマル・ユリカ』ならば、この戦争をそのままには、しないはずだ」


 強い口調で断言するアキト。


「そう、彼女なら………………絶対に」



「だが、確証は――」

「元一朗。負けを認めろ」


「だが、九十九!! 彼らは悪しき地球人だ!!」

「相手を信じられなければ、自分も信じて貰えんさ。
 それに…………この4ヶ月、アキト君と共に過ごしてきて確信をした。
 彼は信頼に足る男だ」

「…………それは…………知っている」


「夕薙。あなたは?」

「理解はできても、心情的に複雑でやんす」

「ずっと、そう教育されてきたっすからね」



 沈黙が部屋に降りる。

 各々が自分の気持ちを整理しているのだろう。


 過去の怨嗟。現在の状況。未来の展望。

 どれも、安易に投げ出すことは出来ない。


 だが、このまま戦争を続ければ、叶十の言う通り、木連か地球、どちらかが全滅するまで続く。

 だから一歩を、どんなに小さくとも一歩を踏み出さなければならない。

 だが、一歩を踏み出すには、心の決着を、少なくとも自らその道を歩き始めるという決意を固めなければスタート出来ない。








 沈黙を破ったのは、月臣の小さな呟きだった。




「武林是一家」








「月臣?」




「そうだな。アキトは、俺の(武術)と同門の()だったな。
 同門ということは家族と同義語だ。
 家族を信じなくて、どうするというのだ」



「「元一朗!!」」


「良いだろう。
 その、和平の話。俺も協力させてもらおう!!」




「ヘヘヘ。そうこなくちゃな!!」


 バッと立ち上がり、マントを翻す山田。



「元地球人として、手土産を持ってきたぜ!!」


 山田は、鈍色に光るディスクを天高く掲げる。




「ゲキ・ガンガー3、第33話だ!!」




「「「「おおぉぉ!!」」」」


 波月、九十九、月臣が縋り付いた。秋山もさりげなく近づいている。




 その盛り上がりを眺め、叶十がアキトに小さく肩を竦めた。

「私の百万の言葉よりも『それ』の方が、彼らには利きそうですね」


 苦笑いを浮かべるアキト。




「ねぇ。他にもあるんじゃないの?」

「9話と13話か?」


「「「「あるのか!?」」」」


「でも、ただ(・・)じゃ見せられねぇな」


「なに? 何でも言って!!
 服ぐらいなら脱ぐからっ!!」

「止めなさい!! 波月!!
 はしたない!!」

 ボタンに手をかける波月に、玲華の叱咤が飛ぶ。


「ふっ。それはな…………宇宙無宿海賊団に入ることよ!!


「そ、それは…………さすがに――」


「今なら、無料体験入団、実施中だぜ!!」



 玲華と山田を見比べる波月。


「却下」



「ええぇ〜〜〜。まだ、何にも言ってないっす」

「言わなくても判るわよ。
 …………九十九、元一朗、源八郎。
 波月と同じような顔をするんじゃない!!

「ずるいっすよ。先輩も昔は海賊だったのに」
「それと、これとは話が別!!」

「まあ、今日は33話だけってことでな。
 これでも、公開は特別なんだぜ」


「そのディスクが映せる放映器(プレイヤー)を早急に探さねば!!」

「情報部の情報網、無断で使ってでも探しまっす」


「ふっ。安心しな。
 こんなこともあろうかと、携帯ポータブルプレイヤー持参だぜ!!」



「おおっ!! 『兄弟』よ!!」

「『同志』だしな!!」


 がっしりと手を握り合う九十九と山田。



 すでに座布団を敷き、鑑賞モードに入っている秋山と月臣。

 波月が、お茶とお茶請けを持ってくる。




「…………まったく、こいつらは――」


 玲華が、はしゃぐ自分の部下たちを、疲れたように眺める。



「大変でやんすねぇ。玲華」


「替わってあげようか? 夕薙」



 重低音で唸る玲華に、夕薙は、ころころと笑った。


「謹んで、遠慮しとくでやんすよ」





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