「料理でガッテン!! 料理勝負で〜〜す!!

 今回はいつもの室内会場(スタジオ)ではなく、カリストの野外会場から生中継で〜〜〜〜〜す」



 野外ステージの上で、波月は声を張り上げた。


「今回の司会は、料理研究家『波月』です!!

 
よ〜〜ろしくぅ!!」



 ステージの前に、大勢の観客が犇めいている。

 会場に大観衆の熱気が渦巻いていた。



 体育会系のような料理人が、筋肉質の二の腕を組み、自信満々の態度で観客の声援を心地良さげに浴びている。


 一方のアキトは、何故ここに自分が立っているのか、理解できてないような茫然自失の体だった。



「まずは、紹介といっきましょう!!」


 波月が、筋肉質の料理人を紹介する。

「木連最強の料理人。

 
木連旗艦『かぐらづき』料理長。
 木連式包丁術開祖!!


 
外代(ほかしろ)』料理長だ〜〜〜〜〜!!」




「外代だ」

 刈り上げた髪に、岩石で出来たモアイのようなゴツイ顔がニッと笑う。



「はい!! とっても怖い笑みでしたね。

 小さなお子さんは、夜中にうなされないように気をつけましょう!!」


 身も蓋もない波月のコメントに、厨房の隅で膝を抱えて座り込み、イヂケル外代。

 外見に寄らず、ナイーブな心を持っているようだ。




「そして、今日ここに、奇跡を起こすと豪語する正体不明の謎の料理人。

 
テンカワ・アキト〜〜〜!!」


 未だに茫然自失状態のアキトを指し示した波月が、小声で囁く。

「アキト君。
 これは、TVで木連中に生放送してるんだから、シャキッとして」


「波月ちゃん!!
 俺、こんなの聞いてない!!」


「言ってなかったからね。
 言ったら、引き受けてくれなかったでしょ」


「…………騙したな」

「嘘は言ってないよ。
 ただ、必要な情報を与えてなかっただけ。
 わたしが、かんなづき参謀長だって事を忘れたことが、アキト君の敗因だよ」

「……ぐぅ」



 事無しに言って除けた波月は、エッヘンと咳払いする。

「優人部隊副司令、神狩玲華准将と逢い引き(デート)していたという噂で持ちきりの、今、木連で一番、男から恨まれている男!!

 テンカワ・アキト君から、一言!!」


「そうなのか?
 それで、観客の視線に殺気が感じられるわけか」



 観客の殺気にも何処吹く風で答えるアキトに、審査席で玲華が溜息を吐いた。

「アキト君。鈍すぎるわよ」



「この発言で、さらに木連男児たちの憎恨を上げたアキト君の一言でした〜〜!!

 
度胸あるというか、考え無しというか…………」


 一つ、嘆息した波月は、審査員席に手を向ける。

「さて、気を取り直して。
 審査員の方々の紹介です。

 まずは、優人部隊の有名人。
 
木連三羽烏こと、『白鳥九十九』『月臣元一朗』『秋山源八郎』!!」


 大観衆から、歓声が沸き上がった。

「月臣さ〜〜〜ん!!」という黄色い嬌声まで聞こえる。


「それだけじゃないぞ!!
 なんと、今回は特別ゲスト出演で、『神狩玲華』准将にお越し頂きました〜〜!!」


「よろしく」


 大轟号がコロニードームを揺るがした。

 女性にも男性にも人気がある証拠である。



「外代料理長。アキト君に何か一言ありますか?」


 いつの間にかイジケモードから復帰していた外代は、くるくると指先で回した包丁で、ビシッとアキトを指した。

「おまえ…………水に浮かべたキュウリを、波紋を立てずに切れるか?


「はっ!?」



「外代料理長は木連で唯一、水に浮かべたキュウリを波紋を立てずに切れる料理人なんだよ」




「…………凄いのか…………無意味なのか…………よくわからんな」



 チッ、チッ、チッと包丁を振る外代。

「木連、唯一ではない。波月殿も同じことが出来たであろう」


「わたしがやった時には、キュウリどころか、タライとその下の机までぶった斬っちゃったじゃんよ」



 外代は遠い目で木星を見上げる。

「ふっ。…………俺もアレから修行してな。

 十回に一回は、波紋を立てずにタライを両断できるようになったぞ」



「はい!! 無意味なことに、人生を無駄にしてる外代料理長からの一言でした〜〜!!」



「確かに、無意味だな」

「ああ、全く無駄だ」

「暇人ね」

「その努力を、新しい料理の考案に廻せばよいものを」


 審査員たちの容赦ないコメントに、深い心の傷を負った外代は、影を背負い、膝を抱えて厨房の隅に座り込んだ。



「いいのか?」

 指さすアキトに、波月はパタパタと手を上下に振る。

「大丈夫。
 すぐ、復活するから」




 外代の助手と覚しき男、二人が、膝を抱える外代の耳元で一生懸命、何かを囁き――――


「ふははははははは!!

 
そうとも、俺は木連最強の料理人だ!!

 
外代一清(ほかしろ・いっせい)』だ!!

 
幾多の敵を千切っては投げ、千切っては投げ、俺は最前線を突っ走ってきた!!

 俺は、逃げも隠れもせん!!


 
最高の料理を作り、口から光の渦を吐かせてやるぞぉぉぉぉぉ!!」



 突然、立ち上がった外代が拳を握り締めて、高々と宣言した。




 後ろでは、二人の助手が一仕事終えたような清清しい顔で、額の汗を拭っている。

「ほらね」
 「……はあ」

「テンカワと言ったな。
 俺が、先に拵えるぞ!!
 良いな!!」



…………好きにしてくれ




「いくぞ!! 野郎ども!!」

 ばっと外代は振り返り、二人の助手に気勢を浴びせた。


「「おう!!」」



「ひと〜〜つ!!
 料理は気迫!!」


「「料理は気迫!!」」



「ひと〜〜つ!!
 料理は熱血!!」


「「料理は熱血!!」」



「ひと〜〜つ!!
 料理は先手必勝!!」


「「料理は先手必勝!!」」




「木連と料理とゲキガンの名にかけて!!

 
レッツ!! ゲキガ・イン!!」


「「レッツ!! ゲキガ・イン!!」」




 気合いと気迫と熱血満充填の木連料理人たちは、バックに炎を背負い、瞳の中に炎を燃え上がらせ、雄叫びを上げて料理を作り始めた。





「何と言うか………………熱いな」


 半眼でぼそりと呟いたアキトに、波月はマイクの電源を切ってから答える。

「あの表演(パフォーマンス)、すっごく人気あるんだよ」

「はは。木連らしいな」


「え? 地球の料理番組じゃやらないの?」

「少なくとも、俺は見たことない」


「そんな!? 熱血のない料理番組なんて、味噌の入ってないお味噌汁みたいなものじゃない!!」


「その意見には賛同しかねる。
 ところで、あの外代って料理人は有名なのか?」


「木連の料理人じゃ一番、有名かな。
 なんせ、『調味料』の発掘者だからね。

 木連黎明期から、醤油と味噌と塩はあったけど、他の調味料って殆ど失われちゃったの。
 それを、各家を一軒一軒廻って、その家伝統の『おふくろの味』から、胡椒・唐辛子・芥子粉・山葵・旨味成分(グルタミン酸)なんかを再発見したってわけ。
 映画にもなったんだよ」


「映画?」


「うん。各家、一軒一軒廻って、夕食時を狙って勝手に上がり込み、調査と云う名目で夕飯を喰らいつくして行く。
 そうやって、地球から持ち込まれた調味料を調べてた時に、自称強敵(ライバル)の妨害者が現れたってだけの話なんだけど」

「正直言って、面白そうじゃないな」


「普通はね。
 それを、脚本家が思いっきり演出したんだよ。

 初めは、キュウリを水に浮かべて切ってたのが、
 強敵(ライバル)が現れたと思ったら、
 さらに裏で地球と絡んでいる悪の秘密組織『至高&究極料理秘密結社』の『紳士(ミスター)(あじ)()』なんてのが現れて、
 強敵(ライバル)と共闘して、
 自分のことを「ボク」って呼ぶ、敵の男装の娘と恋に落ちて…………、

 なんか最後の方じゃ、包丁で『木星』を叩き斬ってたし」


「それは…………創作であって、演出とは言わないんじゃないか?」


「その脚本家、「誇張は演出のうち〜〜〜〜!!」て叫んでたよ」





「ふっ。待たせたな!!」

 外代がアルミの円蓋を被せた皿を差し出したのを見、波月はマイクのスイッチを入れた。


「さ〜〜て、さて!!
 満を持して、木連最強の料理人が出す至高の料理!!
 究極の料理!!

 外代料理長。料理の名をお願いします!!」



 外代は、円蓋を取り、大きく両腕を広げる。


「これぞ!! 漢の料理!!
 木連の料理!!
 そして、ゲキガンの料理!!


 
『ゲキガン・カリー』だ!!」



 驚く三羽烏と、柳眉をひそめる玲華。

「なんだと!?」

「まさか、最高料理で来るとは!!」

「ふっ。審査員として参加して正解だったな」


「カリー? (あたし)、思いっきり苦手だわ」




「外代料理長。最も得意な料理で勝負を挑んできました!!」


「これが………………カリー?」


 いやに黄色いカレーみたいな物体(料理)を前に、唖然と呟くアキト。



「そうだ。ゲキ・ガンガーに出てくるように黄色いぞ!! そして辛いぞ!!
 だから、カリーだ!!」

「ガキ・ガンガーの大地は、これを美味いと言って、十杯も二十杯も食べたという」

「うむ。漢だ」

 カリーを前に、月臣は感慨深げに頷き、秋山も同意した。





 アキトはご飯の上に、たっぷりとかかっている黄色い物体(ルー)を薬指で取って、恐る恐る舐める。


「ッ!!! …………これっ!! 芥子(カラシ)!?」





「何を言ってる。アキト。
 カリーとはこういうものだ」

 堂々と胸を張って、先割れスプーンを握る月臣。


「………………く、食うのか?」



「もちろんだ。水も用意してある」

 一リットルの水入りジョッキをドンッ!! とテーブルに置く月臣に、アキトは退()く。


………………そ…………そうか…………





「審査員たちも、気合十分のようです。
 では、試食をお願いします。



 
いただきま〜〜〜〜す!!」



 波月が観客席に向かって、番組のキメの一声を放った。




 九十九は感無量な眼差しでカリーを見つめる。

「ふっ。また、この時が来たな」

「ああ。今の勝率は一勝一敗だ」

「前回、勝ったからと言って、油断はできん」

「勝った?」

「死力を尽くすぞ」

「いくぜ!!」

「「おう!!」」


 同時に先割れスプーンを掲げた三羽烏は、一斉にカリーをかき込むようにして食べ始めた。




 芥子(カラシ)のカリーを泣きながら食べている月臣に、波月はマイクを近づける。

「大丈夫?」

「『から()』いとは『つら()』いと読む!!
 
これを食べきってこそ(おとこ)!!」


「はい。木連男児きっての漢、月臣少佐のお言葉でした〜〜〜〜〜!!
 あとで胃薬あげませう」

(あたし)…………カリー、ダメなの」
 「まあ、まともな味覚を持った人間ならね〜〜」





「グウッ!!」



「九十九!! 大丈夫か!?」


「くっ!! 元一朗!!
 俺に構うな!!」



「九十九!!」




 九十九の手からのスプーンがスローモーションで落ち、カラーンと音を立てて床に転がる。


「すまない……ナナコさん……海には……行けそうもない…………ぜ」




「九十九ーーーーー!!」

 月臣は涙を流しながら、己の心の中だけに存在する真っ赤な夕日に向かって叫んだ。



「元一朗!! 九十九の死を無駄にするんじゃない!!」


「クッ!! …………すまん、戦友(とも)よ。

 俺たちは、先に進むぜ」








「源八郎。…………もう駄目だ」

「元一朗。弱音を吐くな」


「しかし…………このままでは……」


「俺に任せろ。こんなこともあろうかと――」



「それは、中濃ソース!!



「それだけじゃない、醤油もあるぞ!!


「そうかっ!! こいつをカリーにかければ――」



「そうとも!! 通好みの味に早変わりだ!!



「俺たちは、まだ戦えるな!!」

「おうとも!!」








「元一朗…………あとは、頼んだ」


「何、言ってんだ、源八郎!! もうちょっとじゃないか!!
 ここまで来て、諦めるつもりか!!」

「だが、元一朗。もう手も口も舌も出せない」



「ふっ。源八郎。
 地獄っては、こんなもんじゃなかったぜ」



「九十九!?」

「九十九。生きていたのか!?」


「待たせたな。さあ、これで三人揃ったぜ!!」


「ああ。これで俺たちに怖いもの(料理)などない」


「よし、完食するぞ!!」

「「おおっ!!」」



「「「ゲキガン!! フゥレェェアァァァァ!!」」」







 完食した三人は立ち上がり、食べ終わった後の白い皿を高々と掲げ上げた。






 観客たちは大歓声と拍手を送り、最前列にいた観客は、その無駄に熱いドラマに涙を流している。





 月臣がフッと外代に笑いかける。

「また、俺らの『勝ち』だな。外代料理長」



「くっ!! おのぉれぇ、三羽烏め!!

 だが、次は、こうはいかないぞ。
 舌を洗って待っていろ」


 外代は胸を張り、大観衆の目の前で堂々と捨て台詞を吐いた。

 木連では、負けた時の捨て台詞は文化(お約束)となっている。




「今回も、三羽烏は辛勝を勝ち得た。

 しかしっ!! 第二、第三のカリーが現れる日は、そう遠くはない。
 頑張れ、三羽烏。
 負けるな、三羽烏。
 木連の、カリーの味見役は、君たちの双肩に掛かっている」


 空の彼方を見上げて、ポーズを決めている三羽烏と、厳かなナレーションで締める波月。



 やはり、波月も生粋の木連人だった。







「料理『で』勝負じゃなくて、料理『の』勝負じゃなかったのか?」


 アキトの素朴な疑問は、誰の耳にも届かなかった。




*




「さて、次はアキト君の方だけど……」

「用意してあるから、すぐに出来る」


 アキトはラーメン玉を湯の中に入れる。



 ラーメンを湯で始めたアキトに、波月は小首を傾げた。

「今から作るの?」

「延びたら不味いからね」


「延びる?」

「麺が水を吸うのさ。
 うどんのようにな」

「な〜〜る」



 鮮やかな手付きで、ラーメンダレをドンブリに注いでいく。


「手慣れてるね」

「元本職だからな」


「本職って?」

「昔、ラーメン屋台をやってたことがある」


「なっ!? それって、あの伝説の……正義の味方、チャルメラマンの隠れ蓑。
 ラーメン屋台!!」


「なんだ。それは?」


「手には金の小金喇叭(チャルメラ)、身長2メートルで、日焼け肌に筋肉ムキムキのフンドシ一丁、
 頭は七色の悪封炉(アフロ)、白い歯が輝く、チャルメラマン。

 どこからともなく、チュララ〜♪ って音とともに現れて、事態を引っかき回すだけ引っかき回し、
 何の根拠もなく当事者の一人を一方的に敵らしきものに認定。

 必殺技は、背景薔薇色的筋肉万力(男魂の抱擁)

 トドメに5人前あるラーメンを無理矢理食べさせ、満腹死させて、
 その死んだ敵らしきものをラーメンにして翌日の客に出すと言う、

 あの正義の味方、チャルメラマンもやってるラーメン屋台?」



「色々ツッコミ所はあるが……まず、

 
それ、本当に正義の味方か?」


「微妙」



「間違いなく、殺人鬼に分類されると思うぞ」

「わたしもそこはかとなく、そう思ってた。
 ところで、アキト君」


「なんだ?」




「実写版チャルメラマン、やる気ない?」



「微塵もない」




「………………残念」

 波月は、シュンと項垂れた。




 アキトは、ドンブリにスープを注いだ。


「始めて作るラーメンが、木連でか……」

 感慨深く、同時に皮肉を込めて呟くアキトに、波月が小首を傾げる。

「初めてって……昔、作ってたんじゃないの?」


「ああ。作ってた。
 だが、一度、コックを諦めたことがあってな。
 しばらく、ブランクがあった。
 コックに戻ってもラーメンだけは作らなかったんだ」


 そう、アキトはナデシコ食堂でもラーメンだけには手を出さなかった……否。出せなかったのだ。

 すでに過去のこと……そう、考えていてもアキトの僅かに残っている『人』の部分が後込みをしていた。



 木連での波月へのラーメン指導は、アキトにとって、腕や舌。

 そして、心理的なリハビリになっていたようだった。



「「「ふはははははははは」」」

 突然、野外会場に爆笑の三重唱が響き渡った。


「『らぁめん』で勝てるものか!!」

「そうとも、黄色細うどんで我らが『ゲキガン・カリー』に勝負を挑もうとは片腹痛いわ!!」

「そうとも。気絶者続出の、木連最強の料理『ゲキガン・カリー』だ。
 黄色細うどん、もとい、『らぁめん』では勝負にならん!!」



 気絶の意味合いが違うんじゃないかと思ったアキトだったが口には出さず、肩だけを竦めて見せる。



「料理は食べてみるまでわからないよ。
 言ったでしょ。今日は奇跡を起こすって…………ね」

 波月は、アキトにウィンクした。


 それに答えるように、苦笑するアキト。

「俺の運命を決めたこともあるラーメン。
 『テンカワ・ラーメン』だ」



 出された4人前のラーメンに、怒濤の驚愕が沸き起こる。

「おおっ。ゲキ・ガンガーに出てくるラーメンにそっくりだ」

「へぇ〜〜。これが、ラーメンか」

「ぬ。この食欲をそそる匂いは」

「いくら、水を飲んでも舌の痺れがとれ〜〜ん」



「ば、バカなっ!? 本物のラーメンだとぉぉぉぉっ!!」

「お……落ち着け。見た目は同じでも、味はどうかわからん」

「そ、そうだとも。今までだって、見かけだけ同じ物は沢山あった」

「そ……そうだな。高分子材(プラスチック)で作って、ラーメンだとぬかした奴だっていたからな」

「今回もそうに決まっているさ」


 アキトのラーメンを見、動揺しまくる木連料理人たち。



「それでは、試食といきましょう!!
 では、審査員。試食をお願いします。



 
いただきま〜〜す!!」



 審査員の四人が、プラスチック製の箸を取ると、互いの箸をナイフで削るように擦り合わせるのを見、アキトは波月に尋ねる。

「何してるんだ?」


「ケンが、屋台でラーメン食べる時に、ああしてたけど。

 もしかして、あれって行儀作法じゃないの?
 『いただきます』の時、手を合わせるような」


「安物の木の割り箸のケバを取るための動作だ。
 木製じゃない箸じゃ、意味がないよ」


「ええっ!? また、驚愕の新事実が!!」

「驚愕することか?」


「うん!!」

 波月は楽しそうに頷いた。



 ズズゥゥゥゥゥゥゥ!!



 四人の審査員たちが、音を立ててラーメンを啜る。


 指を銜えた波月は、四人を羨ましそうに見つめていた。



 喜色を浮かべ、声もなく夢中でラーメンを食べている審査員の中で、月臣だけがラーメンを前に涙を流している。

「どうしたの? オミリン」


「カリーのせいで舌が馬鹿になって、味が判ら〜〜〜〜〜ん!!」


 月臣の魂の絶叫に、アキトはそうだろうなと深く頷いた。

 と云うか、芥子のカリーを食べた後でも味の判別がつく九十九と秋山が異常なのだ。



「それはお気の毒。
 てな訳で、このラーメンは、波月ちゃんが食べてあげましょう」

 波月は、眼にも止まらぬ早業でラーメンを掻っ攫った。


「俺のラーメン!!」


「味が判らん者に食わす安いものじゃないわ!!

 
しっ!! しっ!!」

 ラーメン・ドンブリを両手で抱えた波月は足首で、泣きすがる月臣を犬のように追い払った。

 足、一本で月臣を追い払いながら、波月はラーメンの味に舌包みを打つ。





 ズズゥ〜〜〜!! と、ラーメンスープを飲み干した四人は、ドン!! とドンブリを置き、


「「「「オヤジ!! もう一杯!!」」」」


「もう一杯と言われても…………って、オヤジ??



 波月がひらひらと手を振った。

「ああ、ゴメン、ゴメン。ゲキ・ガンガーにあるの。
 天空ケンが屋台でラーメン食べて、『オヤジ!! もう一杯!!』って。

 木連ではヤキソバやラーメンを食べたら、そう言う決まりになってるんだ」


「うむ。しかも、『本物』!!
 これは、言わねばなるまい」

「ケンが『もう一杯』と言った気持ちがわかる。
 本物の『ラーメン』が、ここまで美味いとはな」

「本当。病みつきになりそうだわ」





 審査員たちの賞賛に、がっくりと膝を着く外代。


「ほ、本物のラーメンだと!?
 くっ!! …………俺の……負けだ……」



「料理長!! まだ、一度、負けただけじゃないですか」

「そうですよ。ゲキ・ガンガーだって、一度負けてからが勝負です!!」


「…………そうだった。
 俺には、おめぇらという強ぇ味方がぁ、あったんでぇ」


「「料理長!!」」


 外代は掌で、鼻を擦る。

「負けたものは仕方がねぇ。
 世間の木枯らしは厳しぃが、いずれは春がやってくる。
 
また、一から修行しなおしよっ」


「「ついていきやす。外代料理長」」



 すらりと柳刃包丁を抜き放つ外代。


「ここに掲げるは、木連刀鍛冶が鍛えし天下一品の業物、清水の柳刃包丁。

 見事、波紋を立てずに、水に浮かべた茄子を斬れりゃぁ、ご喝采」



 やんや、やんやと盛り上がっている木連料理人組に、波月がツッコム。

「まず、それを止めたら」

「なっ!! それを止めて、他に何があるのだ!?」

「アキト君。惚れ直したわ」

「「「料理!!」」」

「今日をゲキガン・ラーメン記念日にしよう」

「くぅ!? こいつは盲点!!」
 「「「気づけよ!!」」」

「満場一致で、勝者はテンカワ・アキト〜〜〜!!」


「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 大観衆の怒濤の大歓声で、野外会場が鳴動した。



「俺のラァァァァァァァメン〜〜〜〜〜〜ッ!!」

 半泣きの月臣の遠吠えも、一緒に響き渡った。




 波月は、苦笑しているアキトにマイクを手渡す。


「はい。ここでラーメンを蘇らせた『伝説の料理人』テンカワ・アキト君から一言」


「そ、そんな話、聞いてない」



即興(アドリブ)でなんとかして。
 ほらほら、皆、待ってるよ。

 それにこれ、生中継で木連全土に放映されてるから」



「プ、プレッシャーをかけないでくれ」



「なら、喋る!!」


 ピシッと指を突きつける波月の迫力に、アキトは渋々と大観衆に身体を向けた。







「あ〜〜。どうも。
 テンカワ・アキト……です」



 大観衆の前でモゴモゴと喋ったアキトは、そこで一旦、言葉を切った。






 アキトは大きく息を吐く。





 アキトの眼に落ち着きが戻り、瞬間、眼光が鋭くなる。







 まっすぐ顔を上げたアキトは、木連の全国民に向けて、言い放った。










「俺は………………『火星』生まれだ」





次へ