空軍基地の滑走路に、巨大な白亜の戦艦が鎮座していた。
ネルガル重工ドッグ戦艦NDー002『コスモス』
その前に佇む、無傷の0G型エステバリス4機と、中破した純白の空戦型エステバリス1機。
制空権を陣取っていたバッタは、コスモスの支援を得た4機のエステバリスに全滅させられた。
チューリップさえ無くなれば、数百のバッタなど宇宙軍最強に名高い愚連隊の敵ではない。
今、滑走路にはパイロット4人とルリ。
アカツキと、その護衛のレイジしかいない。
コスモスの搭乗口では、エレンとライブが警護を兼ねて警備をしていた。
エリナの姿は見えない。アカツキが外に出ても姿を見せない所を見ると、乗船してないようだった。
衛星携帯で何やら連絡を取り合っていたアカツキが、携帯電話を切って、口許を緩めて見せた。
「たった今、連合陸軍がこの地の奪回作戦を決定したよ」
「チューリップが無くなったからですね」
副隊長が呆れ半分に肩を竦める。
「現金だねぇ。連合陸軍も」
「コスモスの活躍を横取りしたいのさ。
この地を見捨てた手前ね。
この事実を知ってる者は少ないし、マスコミに大々的に流せば、失墜を回復できるしね」
ふ〜んと聞いていた副隊長が、ふと気づいたように顔を上げた。
「で、あんた。誰なんだ?」
「ん? ああ。ボクの名は、『アカツキ・ナガレ』。
ネルガルのテストパイロットさ」
「へえ。なんで、ネルガルが
「ま、色々あってね。
それに、この『星野瑠璃』君はネルガル関係者なのさ」
「ああ、ホワイト・ヴァルキリーさんは、ネルガルの方だったんですね。納得です。
それに、『星野瑠璃』って名前だったんですか。
初めて知りました」
「そういや、自己紹介してなかったっけ」
「あら、副隊長はしたんじゃないのでしょうか。
ホワイト・ヴァルキリーさんはユウの名前を呼んでましたが」
「あれ? そういえば」
「じゃ、今更だけど自己紹介ぐらいしとくか。
俺は、連合宇宙軍第13艦隊愚連隊・隊長『ラセト・フォン』だ」
「…………ラセト?」
ルリの探るような眼つきに、ラセトが髪を掻き揚げる真似をする。
「ふっ。嬢ちゃん。俺に惚れると火傷するぜ。
ちなみに、二次元美少女なら、いくらでも惚れてくれ」
「………………バカ」
「まったくだ」
「何を言う。
『弘法筆を選ばず、『綾波』を選ぶ』と云うコトワザを知らないのか?」
「何だそりゃ?」
「弘法大師様は筆を選ばずに、『萌え』を選んだという有り難い教えさ」
「あるか!! んなもん!!」
「なっ!? 俺のマイ聖典には、ばっちり載ってるぞ」
「焼き捨てろ。そんな聖典」
「くっ。こういう世間の偏見から、弾圧されていくんだ」
「偏見じゃなく、紛れもない真実だよ」
「冷たいぞ。相棒」
「美女を紹介してくれたら、温めに格上げするけど」
「…………二次元美少女で良ければ――」
「三次元でだっ!!」
「無理だぜ!!」
即答したラセトはビシッと親指を立てて、爽やかな笑顔を見せた。
「と、萌えバカは放っといて。
ボクの名は、『ユウ・エイシャ』。
この隊の副隊長で、あいつの親友でもある。
ルリ……と言ったね」
「…………はあ」
ルリの両手を包むように握るユウ。
「7年後にデートしよう!!」
「…………は、はあ」
「ロリコンか。お前は?」
「違うよ。ちゃんと7年後って言ってるじゃないか。
将来、美人になる美少女にツバつけとくのは、紳士としての嗜みだろ」
「「絶対に違う!!」」
「ボクは賛同するね」
「アカツキ。人間性がバレるぞ」
「…………バカ」
「なんでぃ。『光源氏計画』て言って、ニッポンでは有名な伝統的ナンパ方法なんだぞ」
「伝統だろうがなんだろうが、人としてやっちゃダメだろ」
「いやいや。ボクは、副隊長さんの
言うことにも一理あると思うね」
「と、漫才二人組は放っておきまして。
連合宇宙軍第13艦隊所属遊撃エステバリス部隊少尉『イツキ・カザマ』です。
その歳でたいしたものです。あなたの技量、感服しました」
ルリの疑惑の目線に、イツキは慌てて手を振った。
「わ、わたしは違いますよ。
ごく普通の一般人です。
あ、あんな人たちと一緒にしないでください」
「ほ〜〜〜〜ぉ」
「あ、そういうこと言う。
パープル・ブレードちゃんはねぇ。
BL――」
ゴキッ!!
イツキに、ぶん殴られたユウが宙を舞う。
「ええ。変な性癖なんて、何もないのよ。な〜んにも無いのよ。
正真正銘、真人間よ!!
ええ、もう、これ以上無く。完璧に!!」
「必死だな」
「追いつめられてるんでしょ」
「そこっ!! ウルサイです!!」
「…………はあ」
「で、あと一人は……」
ヘッドフォンをしているドレッドヘアの黒人が音楽を聞きながら、完全に自分の世界に
「ダメだな、ありゃ。
バゼットの奴、しばらく現世に帰ってこない」
「一曲だから5分ぐらいでしょうか?」
「いや。あのノリから見て、アルバムの方だと思う。
戻ってくるのは、一時間後ぐらいだな」
「あのトリップさえなきゃ、良い奴なんだけどねぇ」
「確かに。わたしたちの隊じゃ、比較的まともな方ですもんね」
「アレでですか?」
「はい。アレでです」
「あははははは。
この前、ラセト隊長なんか、エステに内蔵されてるコンピューターで、18禁美少女ゲームを作ったからねぇ〜」
「愚連隊の隊長たるもの、部下たちに遅れはとれないからな」
むんっと胸を張るラセトに、ユウも賛同する。
「うんうん。腐堕落の頭領だねぇ」
「さすがは…………聞きしに勝る連合宇宙軍第13艦隊遊撃愚連隊ですね」
嘆息するルリに、アカツキが惜しいことをしたと残念そうに洩らす。
「う〜〜ん。彼らもナデシコにヘッド・ハントすべきだったかなぁ?」
「止めてください。
これ以上、バカばっかが増えると対処しきれません」
ルリは心の底から嫌そうな表情を浮かべた。
*
宇宙軍パイロットと別れの挨拶を済ませ、コスモスに乗る段階になって、ルリは躊躇した。
「どうかしたのかい?」
「あと、一人、挨拶をしておきたい方がいるのですが……」
「ルリ」
「よかった。アレク。
会えないかと思いました。
短い間でしたが、お――」
アレクの双眸に、ルリは言葉を途切らせた。
鋭い眼。
戦争と云う地獄を見て観て視て見据えた緑瞳。
ルリを見つめるアレク。
「ルリ。俺は軍に入る」
「アレク。あなたは『こちら側』に来ないでください」
「俺の人生は俺の物だ。自分の思う通りに歩く」
「あなたには『こちら側』でなくとも、いくらでも生きる道があるはずです」
「確かに、生きる道はある。
けど、俺のやりたいことは『こちら側』じゃ出来ない。
俺のやらなくちゃならないことは『そちら側』にある」
無言のルリ。
「さよならは言わない。また、逢うからな」
「…………幾ら言っても無駄のようですね」
ルリは純白バイザーを外し、黄金の瞳で、緑宝の瞳を見つめた。
「わかりました。…………待ってます」
「すぐに、追いつく」
身を翻すアレク。
その後姿から視線を逸らすように俯いたルリは、表情を隠すようにバイザーを被った。
「行きましょう」
「あれで良かったのかい?」
「いくら言葉を弄しても、彼は必ず、『こちら側』に来るでしょう。
でしたら、否定をするより、背中を押してやった方が良い。
私はそう判断しました」
眼を伏せ、銀柳眉をひそめるルリ。
「本当は…………来て欲しくないのですが」
「全てが星野君の望むままには動かないさ。
世界は、君を中心に廻っているわけじゃないんでね」
「ええ。知っています。
だからこそ、私は――――」
言葉を断ち、下唇を噛んだルリは空を仰いだ。
凄烈なほど、
*
コスモスの艦長に、ニホン行きを命じたアカツキは、ルリ・レイジ・エレン・ライブの4人を連れだって、一室に集まった。
「やあ、星野君。君が無事で良かったよ。
君に何かあったら、ナデシコが動かなくなってしまうからねぇ」
「…………はぁ」
壁に背を預けていたレイジが、唇を歪める。
「良く言う。
俺らが動かなければ、ルリを見捨てていたくせに」
「いやはや、まったくですね」
「はっはっは。
それは、言わないお約束だよ」
しれっと返すアカツキに、ルリは納得した表情を見せた。
「ああ。やっぱり、そうでしたか。
アカツキさんが動いてくれるなど、絶対にありえないと思ってましたので、不思議に思っていたのですが……。
レイジさんたちが何かをしたのですね」
エレンが頷く。
「ええ。レイジとライブが会長に直談判したんだけど、相手にもされなかったの。
それで、会長の住居に忍び込んで、会長をコスモスまで強奪したのよ」
「いや〜〜。驚いたよ。
朝、ベッドから起きたら、コスモスに居るんだもん」
「アカツキさんを拉致ったんですか?」
「正攻法じゃ、埒が明かないと思ったんでな。
確実に、動かざる得ない状況にしただけだ」
「はっはっは。確かに確実だったね。
気付いた時には、出航しちゃった後だったし」
「それで、わざわざ、私を助けに北欧まで?」
「別に、ルリ君を助けるためじゃない。
ボクは、コスモスの艦長に北欧のチューリップの討伐を命じただけさ。
コスモスの有用性を軍に見せつけるためにね」
細く溜息を吐くルリ。
「『相変わらず』ですね。アカツキさん」
「何がだい?」
「あなたは、意にそぐわないことなら、脅されようが殺されようが拒否するはずです」
「さ〜てねぇ。何のことやら。
ボクは、精神薄弱で有名なんだ」
「嘘こけ。面の皮の厚さで名を売っている奴が何を言う」
「全くですな」
「同感ね」
「はっはっは。
人を悪人のように言わないでくれたまえ」
「でも、善人でもありませんね」
「ま、ミステリアスな男と言うことかな」
さらりと長髪を掻き上げるアカツキに、三人は白い眼を向ける。
「まあ、そんな済んでしまったことのために、星野君をこの部屋に呼んだ訳じゃないんだ。
君からの条件が、一つ果たせなくなりそうなんだよ」
「
「ははは。さすがは『ホワイト・ゴースト』。
その通り。FA-64がナデシコに行けなくなりそうなんだ」
「社長派が、妨害工作に出てきましたか」
「全てお見通しだね。
君から送られてくる研修プログラムの御蔭で、FAー64のオペレート能力が
あいつら、惜しくなったのさ。
原因を解明するとか、だだ捏ね始めてね。
いや〜〜。エリナくんが、ブチ切れる。ブッチ切れる。
とばっちり喰わない為にも、2・3日、ニホンから離れたかったから、今回の件、丁度、渡り船だったのさ」
「…………眼に浮かびますね。
兎も角、親権を移譲する書類だけは作成しといてください。
あとは、こちらでやります」
「なにを…………やるのかな?」
金の眼を細め、薄く微笑むルリ。
「聞かない方が、身のためですよ」
「は…………はははははは」
冷汗をかいて、空笑いしているアカツキを無視して、エレンがルリに向き直った。
「これで、また、わたしたちと組めそうね」
「いえ…………帰らないと」
「帰る?」
「はい。ナデシコが七日後に戻ってきますから」
「「「「ナデシコが!?」」」」
「これから、月領域へ行くのでしょう」
「そうだよ」
「ニホンで降ろして貰えますか?」
「それは構わないさ。
この三人も降ろさなきゃならないし、エリナ君も拾わなきゃならないしね」
アカツキは、ルリに流し目を送る。
「良ければ、戻ってくるっていうナデシコに送るけど」
「大丈夫です。帰り道は確保してありますから」
「それは…………聞かせてはもらえないんだろうね」
「はい」
「ま、いいさ」
白い歯をキランと輝かせるアカツキを見、エレンが小首を傾げた。
「あれ。どうやってるの?」
「ええ。私も、いつ見ても不思議で」
「歯に発光ダイオードでも仕込んでるんじゃないか?」
「ありえますね」
「でも、なぜ歯なんか光らせるの?」
ルリがぼそっと呟く。
「それしか、誇れるものがないからです」
ルリの一言に、三人が同情の眼差しを送った。
「そう。訊いてはいけないものだったの……」
「すまん。アカツキ」
「会長。心中、ご察しします」
「はっはっは。
相変わらず、キッツイねぇ〜〜」
そんな憐れみぐらいで、鬱に入っていては会長職は務まらない。
長髪を掻き上げ、ニィと笑ったアカツキの白い歯がキランと輝いた。