短い電子音が規則正しい間隔で、繰り返し鳴っていた。
コンソールの非常灯のみが点灯している。
省エネモードに移行し、薄暗いナデシコ・ブリッジ。
ブリッジ・クルーは全員、気を失っていた。
否。
独り。ブリッジの中央に、椅子に座った黒髪の少女が何の支えも無く、椅子ごと宙に浮いていた。
薄暗いブリッジの中で、そこだけが淡く幽輝している。
少女は金の瞳で、自分の指先を眺めた。
普通の12歳前後の少女の手。
――――
黒髪の少女は、一つ、皮肉の
「フィールド出力、57パーセント。
フィールド安定率、98パーセント。
右相転移エンジン、フル臨界。
左相転移エンジン、沈黙。
乗員、避難民合わせて246名。
ジャンプ前より、マイナス1名。
アキトは帰ってきてるけど、ルリはま〜だか。
時間誤差、『前回』と0.00001秒。同刻と確認。
空間誤差、0.25ミリ…………ありゃ、だ〜いぶズレてる。太陽風の影響かな?
…………まあ、いいや」
少女はメインモニターに金の双眸を向けた。
「チューリップ・ジャンプアウト。成功。
オモイカネ。ご苦労さん」
メインモニターに『たいへんよくできました byホタル』の花丸が表示された。
『ありがとう。ホタル』
ブリッジ中央の宙空に、三次元ホログラフィ投影されてる『
「どういたしまして。
さてと、『コルリ』」
「何? マスタ〜」
「グラビティ・ブラストをロックして」
メインモニターの片隅で『超激烈舞・3倍速! マイムマイム入門』の
「りょ〜〜かい」
何の疑問も挟まずに、コルリは命令を実行する。
『グラビティ・ブラストを撃たないと、歴史が変わりますが?』
オモイカネの疑問に、ホタルは人を食ったような笑みを浮かべた。
「違うよ。変わるんじゃない。変〜えるんだよ。
これから先、『前』の記憶は当てにならない。
歴史のズレは、さ〜らに大きく開いてくよ。
間違いなく、この戦争は『前』と同じ終結の仕方じゃ〜ないと思うな」
オモイカネのウィンドウ画面を見、ホタルは肩をすくめる。
「ま〜〜。ど〜っちにしろ、エンジン片方お釈迦だからね。
無理に撃ったらアタシたちがお陀仏だ〜よ」
「マスタ〜〜。け〜〜こく。警告。
リソースシステム98パーセントまで使用。
そろそろ、アタシが
両手をパタパタと振ってるコルリに、ホタルは片目を細め、溜息を吐いた。
「や〜れやれ。
本体を起動して、ソフトを立〜ち上げると、活動時間は10分程度が限界か。
オモイカネ端末を使った分散型並列処理ネットワークでも組〜むかな。
てなわけで、オモイカネ。アタシは休眠するから、あとはよ〜ろしく」
『了承です』
ホタルが金の眼を瞑ると、朧に霞み、明度を落としながら掠れるように消えていく。
しばし、モニターの中で眼を閉じてた『コルリ』が金の眼を開けて、丸っこい指で銀の髪を掻いた。
「ナデシコAの容量じゃ、アタシたち二人は辛いな。
ナデシコBなら大丈夫なんだけどな〜」
コルリが視線を上げる。
「おっ。ルリネェが帰ってきた。
じゃ、オモイカネ。言ったと〜り、あとよろしく〜〜」
右手を上げたコルリの姿が、メインモニターから転移した。
「ルリネェ。お帰り。
そんでもって、問題発生!!」
ポーズを決めたコルリを、ぼんやりと眺めていたルリが口を開く。
「……………………ただいま」
「おい」
ツッコむコルリに、ルリは小首を傾げた。
「…………何か?」
「だから〜、問題発生だって!!」
「………………はあ」
ルリはとろんとした眼で、船を漕ぎ始めようとしている。
「ルリネェ!!」
「あっ、はい。起きてます。聞いてます。寝てません」
「…………………………。
…………話が進まんから、簡潔に言うぞ〜。
ルリネェよりアキトニィの方が先に帰ってきて〜、ブリッジを覗いたわけよ。
で〜、ルリネェが居ないって、探し始めちゃったわけ。
問題は、アキトニィがユーチャリスの艦長マスターキーを持ってたこと。
オモイカネシリーズとウズメシリーズは共通マスターキーだから、ルリネェの部屋も開けられちゃったんだよね〜〜。
つまり、ルリネェがその部屋にいるとマズイってこと」
「……はぁ。…………わかりました」
「……本当にわかったのかね?」
「アキトさんが覗いてない部屋で、出来れば寝られる所を」
「ほ〜〜〜〜〜い」
一覧を表示するコルリ。
寝ぼけ眼でぼぅっとしてるルリが、一室を指差す。
「…………ここにします」
「え゛っ゛!! ここ!?」
「…………はい。罰です」
「ルリネェ。寝不足で頭、働いてないでしょ…………。
ま〜〜、いいか!! 面白くなりそうだし!!」
キシシシシと笑いながら、ルリの部屋からその部屋までの道のりを示す。
「この順路で行けば、クルーに会わなくて済むよ〜〜」
「はい。それでは…………」
忙洋とした表情のルリは、ふらりふらりと揺れる足取りで、部屋から歩いて行った。
機動戦艦ナデシコ
フェアリーダンス
第一章『ジェノサイド・フェアリー』
第8話『温めの「冷たい……………溶けかけ?』
ジリリリリリリリリリ!!
古典的なベルの目覚まし音がナデシコ艦内全域に響いた。
と、同時に、
「さ〜〜〜朝だぞ〜〜!!
みんな起っきろ〜〜!!
今日も一日、元気にファイト!! ファイト!!
早起きは三文の得だぞ〜〜!!
寝坊は遅刻して損だぞ〜〜!!
今日も元気にい〜〜ってみよ〜〜!!」
コルリの脳天気な声が、ベルの音以上に大きく響き渡った。
展望室にコルリが映る。
「ほ〜〜ら、ユリカ艦長!!
起っきろ!! 起っきろ!!
遅刻するぞ〜〜!!」
ユリカは寝返りをうつ。
「う〜〜ん。ジュン君。あと十分」
「ユ〜リカ艦長!!」
「あと五分……ムニャムニャ」
「ユリカ艦長!! 起っきろ〜〜!!」
「…………あと3分。スピー」
「…………」
両耳を塞ぎ、丸くなってスヤスヤと眠るユリカに、半眼になったコルリが手でメガホンを形作る。
「こ〜〜なりゃ、最終手段!!
ユリカ艦長!!
アキトニィが、ルリネェと浮気してるよ〜〜!!」
「ダァァァァァメェェェェェッッ!!」
瞬間、ユリカは跳ね飛び起きた。
「ほい。おはよ。ユリカ艦長」
「……ほえ?」
状況が判らないユリカは、展望室をキョロキョロと見回した。
隣の芝には、イネスが気持ち良さそうに寝ている。
眼を瞬いてたユリカは、先のコルリの言葉を思い出した。
「ル、ルルルルルルルリちゃんとアキトが――――」
「あ、それ嘘」
ユリカが、ほ〜〜っ と安堵の溜息を吐く。
「じゃあ、アキトは?」
「出撃準備してるよ」
「出撃?」
「外の様子を映しま〜〜す」
「のえ〜〜〜〜〜〜っ!!」
ユリカは悲鳴を響かせた。
そこは戦場の真っ直中。
戦艦と虫型兵器が壮絶な戦闘を繰り広げていた。
レーザーが飛び交い、宙に爆炎が華咲く。
「グラビティ・ブラストを広域射撃!!
その後、フィールドを張りつつ後退!!」
「お〜〜〜っ!!
ユリカ艦長!! グッド・チャレンジャ〜〜!!」
「へっ?」
「ぶっ壊れた相転移エンジンを抱えてのグラビティ・ブラスト!!
敵を倒すか!? それとも、自爆するか!?
女神を引くか? 悪魔を引くか? 二つに一つ!!
レッツ・チャレンジ!!
アタシ、こういうシチュエーション、だ〜〜い好きっ!!
そんじゃ――」
「スト〜〜〜〜〜ップ!!」
大音声を張るユリカに、コルリが口先を尖らせた。
「え〜〜〜〜。
やめちゃうの〜〜〜」
「止めます。命令の取り消し」
「ぶ〜〜〜〜〜」
膨れっ面のコルリに、ユリカは改めて命令を下す。
「フィールドを張ったまま後退。エステバリス隊は出撃準備。
ルリちゃんとジュン君は情報収集」
「ちぇっ。命、賭けての全力攻撃の方が格好良いのにな〜。
ま〜、いいか。
エステバリス隊が出るとしたら、コルリちゃんの応援ダンスの出番だもんね。
は〜りきって、応援しましょ〜〜〜!!」
「ところで、あたし。なんで、こんな所にいるの?」
頬に指を当て、小首を傾げるユリカに、コルリは肩を竦めた。
「さ〜〜〜〜?
とにかく、ブリッジに戻った方が良いと思うよ〜」
*
「ブイッ!! お待たせ!!」
到着一番、艦橋でブイサインを掲げるユリカに、ジュンが溜息を吐く。
「ブイじゃないよ。ユリカ〜。
どこに行ってたんだい?」
「それが、展望室にいてね」
「展望室? 何で、そんな所に?」
「ユリカ。夢遊病の気でもあるのかな〜〜。
そっか!! これはアキトと展望室でラブラブしたいっていう無意識が起こしたことなんだ!!
治すには、願望をかなえてやること!!
それには、アキトとデートが一番!!」
「ユリカァ〜〜〜」
「ユリカ。出撃命令はまだか?」
エステバリスに搭乗待機してるアキトから、コミュニケ通信が入った。
「あ〜〜〜っ!! アキト!!
デートの場所はどこが良い?
ユリカのお薦めとしては――」
「艦長!! んなことより、早く出撃させろ!!」
リョーコのがなり声に、ユリカがポンッと手を打つ。
「あっ、そうそう。そうでした。
ルリちゃん。状況は?」
「いないよ」
「へっ!?」
ユリカが見下ろすと、オペレーター席がぽっかりと空いていた。
「え〜〜と…………ルリちゃんは?」
皆の視線を受けたコルリは眼を逸らし、丸い指で銀髪を掻く。
「…………寝てる」
「「「「「 はい!? 」」」」
全員の素っ頓狂な声が重なった。
「ルリネェ。起きて」
コルリの呼びかけに、睡然としたルリはぼんやりと金の眼を開く。
「あ…………おはようございます」
上半身を起こし、コミュニケ画面にペコリと頭を下げるルリ。
「……昨晩……遅かったんです…………おやすみなさい…………ネムネム」
ルリは布団に中に、もぞもぞと顔を埋めた。
普段の冷静沈着なルリからは想像もできない仕草に、皆は信じられぬ思いで凝視する。
「ルリちゃん、低血圧だから…………」
アキトが苦笑を零した。
「あれ〜〜〜。アキトくん。なんで、ルリルリが低血圧なこと知ってるの〜〜?」
「え…………いや、…………それは……」
唖然とルリを眺めてたユリカが、ふっと、眉をひそめ、口許に人差し指を当てる。
「ねぇ。アレ………ルリちゃんの部屋?」
「え?」
「あの部屋…………どっかで、見た憶えが…………何処だっけ?」
うぅ〜〜〜〜〜〜!! と唸り、首を捻っていたユリカがポンと手を打った。
「そうそう、あのお布団!!
アキトのお布団にそっくりなんだ。この前、無断でアキトの部屋に入った時、見たのと同じだよ」
「…………む…………無断て…………」
「か、艦長、そんなことしてたんですか!!
ズルイですよ!!」
「ズルイのか?」
その会話にピンと閃いたミナトが、モニターに映るコルリを見上げる。
「ねぇ、今、ルリルリってぇ何処で寝てるのぉ?」
キシシシシシと、心底楽しそうに含み笑うコルリ。
「216号室で〜〜〜〜ス!!」
コルリは高々と宣言した。
その部屋番号を聞いたアキトが、さぁっと蒼ざめる。
「ルリルリのぉ、部屋じゃないわねぇ」
「「「 え? 」」」
「あれ〜〜〜〜〜。216号室って…………そういえば…………」
「それって…………」
「アキトの部屋じゃないのか?」
「「「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」」
三人娘の絶叫が響き渡った。
ニンマリと笑んだヒカルが、さも納得したように頷く。
「なるほど〜〜。…………ルリルリが低血圧なのも知ってるわけか〜〜…………うん、うん」
「昨晩…………遅かったぁ……って…………ルリルリィ…………言ってたわよねぇ」
コミュニケ画面のアキトを、軽蔑混じりの半眼で睨め付けるミナト。
「「「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」」」
ブリッジに、三人娘の声にならない悲鳴が轟いた。
「ア、アキト!! まさか!?」
「そんな、アキトさん!! 信じてたのに!!」
「おめぇ!! まさか!?
あんな子供に!!」
「ちょ……ちょっと、待ってくれ!!
知らん!! 俺は知らない!!」
必死に否定するアキトへ、ニマニマと嗤うヒカルがトドメをさす。
「ルリルリが布団に寝てる状況じゃ〜〜、なに言っても説得力ないよねぇ〜〜」
「アキト!! ルリちゃんとHなことしちゃったの!?」
「ヤってない!!
俺はルリちゃんが、俺の布団で寝てることも知らなかったんだ!!」
「困りましたなぁ。契約書には手を繋ぐまでと書いてあるのですが。はい」
「アキトくん。ちゃんとぉ、責任取らないとぉ、許さないんだからね!!」
「そんな…………信じてたのに…………信じてたのに…………アキトさんのバカァァァ」
「オレはアキトを信じ…………信じ…………百発ぶん殴らせろ!!」
「漫画のネタに使わせてね〜〜」
「ロシアで離婚…………露……離婚…………ろりこん…………ククククク」
「ムウ。18歳以下への、みだらな行為は犯罪だ。後で事情聴取するから、テンカワ、逃げるなよ。刑が重くなるぞ」
「テンカワ。密かに尊敬してたのに。君を見損なったよ」
「俺の話を聞け〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「「「「「 黙れっ!! 犯罪者!! 」」」」」
「出撃はいいの〜?」
「ナデシコ!! 援護しろ!!
しねぇなら、邪魔だからどいてろ!!」
地球連合宇宙軍第二艦隊『グラジオラス』から、怒りに満ちた怒号がブリッジに響いた。
「ほぇ?」
「あ、戦闘中だった」
「すっかりぃ、忘れてたわぁ」
「そういえば、ピンチな状況だったんですよね」
「むう。だが、グラビティブラストは使えないぞ」
「艦長。ここは引きましょう。戦えば損害が増えるばかりです。はい」
「え〜〜〜。戦おうよ〜。
コルリちゃんの応援ダンスの出番がなくなるじゃんか〜」
「で、出撃するの〜〜? しないの〜〜?」
「とっとと、決めやがれ」
「出る杭は撃たれる…………出撃……………プククククク」
「違う。……違うんだ。
俺は無実だ……」
全員の眼が、ユリカに集中した。
皆、口では何の彼のと言いながらも、最終判断はナデシコ艦長『ミスマル・ユリカ』が決定を下す。
個性的なクルーが集う、このナデシコが破綻しない理由は、ここにあった。
騒いでた時とは、打って変わった静かな瞳で、ユリカは戦略図を見つめる。
「コルリちゃん。
ナデシコのエンジン出力。フィールド出力、及び安定率。
それから、重力波エネルギー範囲は?」
「え〜〜と。流動的だけど、今の値を報告するよ〜。
エンジン出力、48パーセント。なお徐々に低下中。
フィールド出力、54パーセント。虫型兵器の攻撃により低下中。
フィールド安定率、82パーセント。同じく、攻撃により低下中。
重力波エネルギー範囲、46パーセント。エステの活動範囲は通常の半分くらいかな〜。以上」
「まずは、降り懸かる火の粉を払わなければなりません。
ミナトさん。このまま、戦域外れまで後退。
エステバリス隊は迎撃。
群がるバッタを駆逐しちゃってください。
活動範囲には、十二分に注意」
「おっしゃ〜〜!!」
「ほ〜〜い」
「壁が出来たよ…………へ〜〜い…………ヒュヘヘヘヘ」
「ほれ。犯罪者テンカワ。お前もさっさと出ろ」
「俺は無実だ!!」
「弁明は後だ。さっさと、出撃しろ。鬼畜テンカワ」
「ゴート。……貴様まで」
「浮気者アキト。出撃命令です」
「くっ!! ………………テンカワ・アキト。出撃する」
赤、橙、水色、少し遅れてピンクのエステバリスが漆黒の戦場に飛翔した。
「おおっ!! さすがは、艦長。
やはり、経済効果を考えると、ここは引いた方が得策ですな」
にこにこと笑みを浮かべて、繰り返し頷きながら、宇宙ソロバンを高速で弾くプロスの横から、ジュンが疑問を挟む。
「だけど、ユリカ。連合軍は見るからに劣勢だよ。
このまま、負けるようなことになったら…………」
「うん。ナデシコに乗ってるのが、ナデシコ・クルーだけだったら、迂回して敵の背後から攻めるんだけど――」
「だけど?」
「今は避難民の人たちが乗ってるから。
彼らを無事に地球に帰すことが、今のナデシコの最優先事項だと思うの」
口許を結び、前を向き、戦場を見つめ続けるユリカに、ジュンが静かに微笑んだ。
「ユリカがそう決めたのなら、それで良いと思うよ。
ユリカが命令し、僕たちが遂行し、達成する。
ナデシコには、それだけの力がある」
そのナデシコの真価は、星野君が火星で示唆してくれたからね。
空席のオペレーター席を見、ジュンは胸中で囁いた。
「でも、軍人さん達は良いんですか?」
「彼らは、死の危険を伴うことを前提に高い給料を貰っている。
死ぬか生きるかは、自らの鍛練次第だ」
ゴートから出た、辛辣とも言える意見に、全員の驚きの眼が集まる。
僅かに赤くなったゴートが照れ隠しに咳を払った。
*
「ね〜〜。リョーコ。
蜥蜴ちゃんのフィールド。強くなってない?」
「ああ。そうみてぇだな。だけどよ――」
イズミの撃ったレールカノン弾、一発が、5匹纏めて串刺しに貫く。
「苦しみのタンゴ……串団子…………クククク」
「レールカノンにかかっちゃ、紙の盾と同じだぜ」
「だよね〜〜。アキト君なんか、絶好調のようだし〜〜〜」
アキトが戦闘してる宇域に爆炎の死華が、吹き荒れていた。
「……あれは……憂さばらしを……してるだけ」
「自棄になってるとも言えるね〜〜」
「ふんっ。あんな奴、知らねぇぜ」
「とか言いつつ、しっかりとマーカーつけてトレースしてるし〜〜」
「な、なんでおめぇ、知ってんだ――」
「は〜〜〜。やっぱり、やっぱり〜〜」
「やっぱり、やっぱりーー」
「ヒ、ヒカル!! 鎌かけたなっ!!」
「引っかかる方が悪いんだよ〜〜」
「ぶんぶく茶釜……茶釜が走る……釜駆ける……ククククク」
「お、おめぇら――」
「リョーコちゃん」
「うおわっ!! な、ななななんだ? アキト」
突然、目の前に開かれたコミュニケ画面のアキトに、リョーコは盛大に慌てふためく。
「右の方に戦艦が見えないか?」
「船だと? 別にレーダーには何も――」
「あ〜〜っ!?」
「…………間違いなく……戦艦ね」
そこには、地球の蒼を思い起こす青色の小型戦艦。
4人の視線の先に、一隻の戦艦が停止していた。
全長70メートル。水中高速機動艇のような流線形の船体に、後部には不釣り合いなほど大型の噴射ノズル、2基。
青一色に輝く戦艦が漆黒の宇宙の中、辺りの戦闘を無視するかのように漂っていた。
「艦艇?」
「はい。アキトさんたちから連絡がありました。
敵信号も味方信号も出てません。と言うか、レーダーに映ってません。
光学モニターで見れば見えるんですが。
こちらからの通信にも応じません。
地球連合軍に確認をとったところ、この忙しい時に、戦場を知らん素人の冗談につきあってる暇はないと怒鳴られました」
怒鳴られたメグミは、不機嫌全開の顔でブリッジ・クルーに報告する。
「むう。地球連合軍側の艦艇ではないのか?」
ユリカは青の戦艦から、モニター隅のコルリに視線を移した。
「コルリちゃん」
ユリカの呼びかけにも反応せず、誰にも聞こえないほど小さな声で唖然と呟くコルリ。
「まさか、『エアリアル』が出てくるた〜、アタシでさえ予想してなかったぞ」
「コルリちゃんてば」
「あっ、はいはい。な〜に?」
「レーダーに映らない艦って?」
「ん〜〜。熱源センサーじゃ、きっちりと捉えてるよ〜。
でも、電磁波がほとんど遮断されてて、
さらに、重力波センサーにジャミングかけられてるから、映らないみたいだね〜」
宇宙空間では、熱源センサーは大気がないため、爆炎や太陽の赤外線に反応してしまう。
その為、宇宙戦闘時は電磁波センサーと重力波センサー以外を切るのが、この時代の宇宙戦闘時の常識だった。
それゆえ、電磁波の洩れが極小だと宇宙線に紛れてしまい。同時に、重力波センサーにジャミングをかけられると、レーダーから消えてしまうのだ。
「むう。それはわかったが、どこの所属だ?」
「艦艇の形をぉしてるから、地球じゃないのぉ」
「それなら、味方の信号を発するはずだよ。
それに連合軍は知らないらしいから、僕は違うと思う」
押し上げられたプロスの眼鏡が、光を反射する。
「民間企業かもしれませんなぁ。
ただ、最先端のナデシコのレーダーをジャミングをするとは…………はて、どこの企業でしょう?」
「オレは追っ払うことに一票だな。なんか、うさんくせぇしよ」
「連合軍の秘密任務に就いてる船だったりして〜〜」
「あんな目立つ青になんて塗ってないわ。…………大抵は黒よ」
「ユリカ。どうする?」
ナデシコ・ブリッジに、リョーコ、ヒカル、イズミ、アキトのコミュニケ画面が開いた。
「木星蜥蜴は?」
「付近の虫型兵器はアキトニィたちが殲滅したよ〜〜」
数秒間、腕を組んで考え込んだユリカは、顔を上げてきっぱりと命じた。
「民間船ならば、安全な所まで牽引する義務があります。
敵なら、ナデシコの退路にいるので撃破しなければなりません。
連合軍なら、あたしたちの護衛を要請します。
まず、未確認船の正体を確かめなければなりません。
そのために、拿捕します。
メグちゃん。応答に応じなければ、拘束するって通信して。
アキト達は、艦艇を包囲。
戦艦の可能性がありますので、艦砲射撃に注意するように」
「抵抗するかな〜〜」
「先までのレールカノンの威力を見てりゃ、それはねぇだろ」
「無用な戦いは…………避けたいものね」
「俺が先頭に立つ。
一番、ディストーション・フィールドが厚いからな」
「アキトニィ!! け〜〜こ〜〜く!!
未確認艦艇の格納庫が開いたよ〜〜!!」
「なんだ? ありゃ」
「……犀が進化した……さいしんかた……最新型……ククククク」
「わー。なんか格好良い〜〜!!」
「エステにもステルンクーゲルにも木連機動兵器にも似ていない人型機動兵器だと?
また…………歴史の異変か?」
薄桃色と白色で彩色された人型ロボットが、青の戦艦の前に立ち塞がった。
その人型機動兵器に、パイロットたちは驚く。
謎の戦艦が、抵抗を示したことではない。
現れたロボットがエステバリスとは、まったく系統の違った造形だからだ。
「なぁにぃ? あのロボットォ」
「エステバリスとは形が違いますね〜〜」
「そんな。人型機動兵器はネルガル製の物しかないはず」
「『パック』ってことは……乗〜ってるは『モモ』か?
『ドゥナ・エイ』が出てくると厄介だね〜」
眼を黄発光させた白桃色の人型兵器は、銀光の線を描きながら、大型ナイフを抜刀した。
リョーコたちがレールカノンを構える。
――――直前。
白桃色の機体が瞬間移動したような加速で、エステバリス・カスタムに肉迫した。
電光の速度でナイフを斬り上げる。
閃光のような刃を、アキトは冷静に避けた。
一瞬、白桃色の機体は、唖然としたように動きを止める。
まさか、あっさりと避わされるとは思わなかったのだろう。
刹那、白桃色の機動兵器は突進して来た時と同じスピードで、距離を空けた。
その並外れた機動に、アキトは口許に酷薄な笑みを形作る。
「リョーコちゃん。ここは俺に任せてくれ。
あの戦艦の拿捕を頼む」
「ちぇっ。美味しい場面ばっか持って行きやがって。
後で、奢ってもらうからな」
「千本ノック…………千本打補……戦艦拿捕…………フヘヘヘヘヘ」
「戦艦を捕まえちゃえば、あのロボットも投降すると思うしね〜〜」
リョーコたちが戦艦を取り囲もうとした途端、急発進した戦艦が嘲るように三機の包囲網を潜り抜けた。
「にゃろっ!!」
リョーコがレールカノンをぶっ放すが、戦艦のディストーション・フィールドに弾かれた。
「ちっ。小さいくせに、フィールドの強さは木星戦艦並かよ」
「じゃ〜〜。三点バーストで突っか〜〜ん」
「無理よ。……あんなに動き廻っていては、狙いが定まらないわ」
「ちっきしょう!!
大人しくしやがれ!!」
青の戦艦は水流の小魚のように、ひらりひらりと三機の包囲網から滑り抜けていく。
罵声が響くリョーコたちの鬼ごっことは対照的に、アキトと白桃色の機動兵器は張りつめた緊迫の中、静かに対待し合っていた。
レールカノンを構えたピンクのカスタム・エステが右へ僅かに動くと、白桃色の機体が微かに前に踏み出し、牽制する。
互いの僅かな動きから、両者間で凄絶な読み合いが生じていた。
一見、ただ静かに佇んでるだけの機動戦を、ブリッジクルーは固唾を呑んで見守る。
モニターに映るアキトの頬に、一筋、汗が流れた。
瞬間。
アキトがレールカノンの引き金を引くと同時に、白桃色の機体が横に滑り動いた。
放たれたレールカノン弾は白桃色の機体の残像を突き抜け、宇宙に消える。
弾道の青光が薄れる間すら無く、機動兵器が砲弾の如きスピードで接近し、エステのアサルトピットを狙ってナイフを打突。
雷光のような一撃を、アキトは半円を描くように避けた。
すれ違う直前で、急制動をかけた機動兵器は、ナイフを横薙に振り斬る。
機体を退き、斬撃を避けたアキト機に、
白桃色の機動兵器が流れるような流麗な動作で、拳打を放った。
エステバリスが
機動兵器が右手のナイフを紫電一閃!
エステバリスがレールカノンを零距離射撃!
二機の間に、閃光が弾け――――
機動兵器の左腕を吹き飛ばす。
同時に、エステバリスの胸装甲に火花が散った。
胸に一筋の斬り傷。
シミュレーターでリョーコたち、3人がかりで掠りもしなかったアキトにである。
左肩を穿たれた白桃色の機動兵器は衝撃を相殺する為、踊るように
直後――――
からかうように三機の間を縫い逃げてた青の小型戦艦が突如、急旋回し、ナデシコへ矢の如く突っ込んで行く。
「なっ!?」
「まずいわ!!」
「やばっ!!」
「させるか!!」
意表を突かれ、慌てたパイロット4人は全速で、ナデシコに引き返す。
驚いた彼ら以上に驚愕したのが、ブリッジ・クルーたちだった。
驚愕しつつも、ナデシコ艦長『ミスマル・ユリカ』は間髪入れず、命令を下す。
「ミサイル発射後、
ディストーション・フィールド最大」
「「了解!!」」
ナデシコが撃ち放ったミサイルの弾幕を直前まで引きつけた青の戦艦は、デコイを射出すると同時に、大きく迂回して躱した。
デコイに直撃したミサイル群が、宇宙に爆華を炸裂させる。
そのエネルギー波に乗るように加速した青の小型戦艦は、ナデシコに真っ直ぐ突撃して来る。
クルーたちの顔に疑問が浮かんだ。
「むう。艦砲を撃たないのか?」
「持ってないのかも」
「撃っても、フィールドで弾かれるのがわかってるのでしょう。はい」
呑気に推論を述べるクルーの中、ミナトの顔色がさっと青ざめ、指が神速のスピードでコンソールを弾き踊る。
「みんなぁ、対ショックゥ!!」
ナデシコ全域にミナトの叫び声が響くと同時に、
青の戦艦が僅かに船体を捻り、
ドォォォォォォン!!
船底をナデシコに叩きつけた。
凄まじい衝撃に、ナデシコ全域で悲鳴が上がる。
3倍以上の質量の差を物ともせず、体当たりでナデシコを吹っ飛ばした小型戦艦は、混乱し完全に麻痺したナデシコに、再び突進する。
事前に体当たりを予測してたミナトだけが、突撃して来る戦艦を冷静に見つめていた。
艦長以下、ナデシコ・クルーはあまりに非常識な攻撃に、慌て混乱し固まってる。
ミナトの唇に、意識せず笑みが零れた。
ルリルリが居たなら……どう対処してたかしら?
そんな疑問が過ぎり――瞬間的に、思考を切り替えた。
敵は、もう一度、体当たりをしてくるか?
体当たりでは、これ以上ダメージは与えられない。
多分、先の体当たりは体勢を崩させるため。
ならば、敵艦の本攻撃は次!!
じゃぁ、いったい何を――。
ミナトの脳裏に、火星地表より脱出した時のルリの操艦技法が疾しった。
青の戦艦と擦れ違う――――直前、
ミナトは反射的にナデシコを捻らせる。
ズドオオォォォン!!
振動と同時に、ブリッジの照明が切れた。
真の暗闇に陥った一瞬後、非常灯のオレンジ色のナトリウムランプが点灯する。
唖然としてる彼らの前で、小型戦艦は白桃色の機動兵器を収納した。
ちぎれた左腕も、しっかりと回収してる。
そのまま、青の小型戦艦は逃げるように遠ざかって行った。
「待ちやがれ!!」
怒声を吼えたリョーコが、青の戦艦の後を追う。
追って来るリョーコ機を振り切るかのように、地球と木連が睨み合い、砲撃が飛び交う激戦区に飛び込んだ小型戦艦は、
ビーム砲を避けながら戦場を真横に突き抜けて行った。
さすがのリョーコも絶句し、急停止する。
リョーコに自殺趣味はない。
その後ろで、イズミは声もなく、戦場を突っ切る青の戦艦を眺めていた。
砲弾、銃弾が飛び交う戦場を嬉々として潜り抜けるバカ。
追っ手を振り切るためだけに自殺行為すれすれの操縦をし、ケロッとしてるバカ。
危険になればなるほど悦ぶ、天才的な技量を持つ最強最速の操舵士。
そんなバカと天才の髪一重の操縦士は、イズミの知る限り世界に一人しかいない。
だが、その男は火星で死んだはずだ。
生きてる痕跡は見つけられなかった。
だが、あの操船の仕方は――…………。
「おおっと、ここは危ないよ。離脱したまえ」
呆然としてる二機に注意を喚起する青いスーパー・エステバリス。
「何だ? おめぇ」
きつい目付きで問うリョーコの前にコミュニケ画面が開き、ロン毛の男が軽薄そうにキラリと白い歯を輝かせた。
「ボクはアカツキ・ナガレ。スケットさ」
アカツキ機が、リョーコ機の肩を掴んで引く。
「何しやがんでぃ!」
「ここは、危ないって言わなかったかい?」
「言ってぇ何の――」
リョーコの目の前を幾重もの漆黒の渦が突き抜けた。一瞬遅れて、爆炎が空間を満たす。
「…………多連射式……グラビティ・ブラスト……?」
「え〜〜? ナデシコが最新式じゃなかったの〜〜?」
驚くイズミとヒカルに対し、アキトは安堵の吐息を吐いた。
「ここは…………歴史通りか」
スーパー・エステバリスに肩を掴まれたまま、リョーコは呆然と呟く。
「アキトを傷つけられるパイロットに、戦場を突っ切る戦艦に、多連装グラビティ・ブラストだと…………いってぇ、何がどうなってやがんだ?」
*
「ナデシコ、状況報告!!」
ユリカの一声で、体当たり・ブリッジ被弾・多重グラビティブラストで、フリーズしていたナデシコクルーが、ようやく動き始めた。
コルリが被害報告をする。
「ブリッジの端、被弾。
照明電気系統をやられたけど、航行に支障はないよ〜」
「ウリバタケさん。
復旧をお願いします」
「おう。補助と予備に切り替えるだけだから、3分以内で済む」
「アタシも手伝うさ〜」
「コルリちゃん。消費電力計算を頼む」
「ほ〜〜い」
「だけど、敵の攻撃は何だったんだ?
一瞬で、よくわかんなかったけど」
「え〜〜と、破壊された跡が溶け落ちてることから、大口径レーザーと〜推測」
「大口径レーザー!?
そんな、バカなっ!? ディストーション・フィールドが利いてたんだぞ!!」
ジュンが大声を上げた途端、
電気が復旧し、ブリッジに目映ゆい光が満ち溢れ――
「説明しましょう!!」
「「「「「 うわっ。出た!! 」」」」
ブリッジの中央に雄々しく立つ『イネス・フレサンジュ』
「あなたたち、人を妖怪みたいに言わないでちょうだい。
では、説明――――したいところだけど、まず現状回復が先ね」
「イネス博士が説明を後回し!?
ああ〜、ダメだっ!!
明日、地球にコロニーが降る〜〜!!
地球の終わりは明日か…………」
「うるさいわよ。コルリ。
ちょっと、説明するデータが揃ってないだけ。
後で、じっくり、たっぷり、ねっとりと説明してあげるわ。
と、言うわけで、シロウサギ艦長。
艦長命令で全クルーを集めなさい」
「強制ですか?」
「別に。ただ聞かないと、後で個人説明会よ」
「あの……それは、脅迫って言いませんか?」
「ミドリガメ副艦長。…………そんなに補習授業を受けたい?」
涙眼でブンブンと首を横に振るジュン。
「あら、残念。
じゃあ、ワタシは説明会の準備をしてくるわ」
しゅたっと手を上げて、ブリッジから出て行くイネス。
「イネス博士。一人、元気だね〜〜」
「まぁ、説明を受けられるならぁ、越したことないわぁ。
わからないことぉだらけだしねぇ」
と、その時。メグミがインカムを押さえ、ユリカへ振り返った。
「艦長。
小型船が着艦を求めています」
「小型船?」
「はい。それから、その護衛の青いエステバリスも。
ネルガル本社からだそうです」
「しゃ?」
「それから、出迎えにプロスさんを指名しています」
「はい? 私をですか?」
「はい。
で、艦長。どうするんですか?」
「あっ、はい。着艦許可、出してください」
「はっはぁ〜。なるほど、向こうから来たか。
こいつも、歴史の改変といやぁ、改変かな〜?」