長い廊下を音も無く走っていく。
明かりはほとんど無い。
それでも迷い無く影は走る。まるで全てが見えているように
階段を昇り、さらに奥へと進む。息一つ乱さず、流れるように進んでいく。
大きな扉にたどり着き、体を寄せ、目を閉じる。
しばし中を窺う。
突然、扉に向け二発打った。
サイレンサー特有の、空気の抜けるような音
大きなものが倒れる鈍い音と呻き声が二つ。
扉を開けると二つ死骸
明かりがなくとも影には確かに見えていた。
ふと、正面のさらに奥に続く扉に向く。
その向こうが騒がしい。
咄嗟に部屋にあったタンスの陰に隠れる。扉が開き銃を持った男が二人、辺りを警戒しながら出て来た。再び眼を閉じ、息を殺す。感じられるのは入ってきた二人、奥の部屋に四人。三人が扉の向こうで警戒している。そして一人がその向こうに・・・・・・・。
光が漏れてこない様子を見ると、照明の類は無い。
倒れている二人、入ってきた二人もナイトスコープをつけている。
なら
タンスの影から身を乗り出し、二発打った。
再び空気の抜ける音、呻き声、鈍い音が二つ。
「ど、どうした?」
「ひぃーーー!」
次の部屋から動揺した男達の声と悲鳴が聞こえる。
撃鉄を上げる音三つ。
そして、相手も息を殺して待っている。
壁に沿って扉に近づく。
眼を閉じ、そして中に何か投げ込んだ。
一瞬
辺りを真っ白に染める閃光
影は扉に飛び込む。
そして今度は三度、三種類の音がした。
「ひぃーーーー!」
残る一人が明かりをつけたのか?
部屋が突然明るくなる。
動いているのは二人だけ
一人は腰を抜かし、這って逃れようとしている小太りの男
もう一人は少女
邪魔にならぬよう編みこまれた長い黒髪。黒のボディースーツに覆われた体の線はとても華奢伸びやか。そして恐ろしいほど整った容貌。死体が転がる殺伐としたこの場に、少女はひどく不釣合いだった。
倒れている男達は皆、眉間を打ち抜かれ事切れている。これでは着込んだ防弾装備も役に立たない。
「た、助けてくれ!金なら、金ならいくらでも出す!!」
男の声に、これまで閉じられていた双眸が開く。
現れたのは琥珀の瞳、煌くその様が少女の美貌を一際際立たせた。
「お、お願いだ。誰に雇われた?なんのために?そいつの倍額、いや三倍出してもいい。雇い主の要求を飲んでも構わない。だから・・・・・・・」
しかしなんの感情も浮かべていない二つの宝石は、ただわめき散らす男を見据える。その銃口は身振り手振りを交えながら訴える男の心臓を正確に捉え続けている。
「お、俺には家族が・・・・・・・・家族がいるんだ。娘が・・・・・・」
微かに目を細め
空気の抜ける音
呻き声
そして鈍い音
男は倒れた。
少女は来たときと同じく、音も無く去った。
NADESICO |
「いや、相変わらず見事だったね。ご苦労さま」
中空に浮かぶ幾つものウインドウを一通り見た後、男は手を払ってそれらを消し言った。
広い部屋。壁の一面には蒼い空と雲が広がっている。まるで雲の上に突き出た部屋にいるようだ。精巧なホログラムであろう。
主のディスクと椅子。仕事道具。応接用のソファーとテーブルのセット。広い割に物は少ない。今テーブルの上には秘書の置いたコーヒーが二つ。芳香と湯気をあげていた。
男はもう一度、今度は何かの報告書らしきウインドウを開いて軽く一読する。グレーの上等なスーツに身を固め、カフスもタイも靴も時計も、全てが充分洗練されている。部屋の主たる若い男はそういった姿だった。
その後も各放送局のニュース番組、部下からの情報などで昨晩の状況を見ていた男
ふとあることに気付く。
「へぇ、メイドや召使、家族はほっといたんだ。・・・・・・・はは、休息中だった護衛もほっといたわけ?」
「別に、殺す必要ないもの」
「ま、そうだけどね。ガード対象が殺されても眠りこけたなんて、ねぇ。対象の部屋が完全防音で回りに音が漏れないからとはいえ、間抜けだね」
「そのほうが楽」
笑いながら話す男に少女は素っ気無く答えた。
左右ほぼ均等に分け肩まで伸ばした髪を掻き揚げながら、男は相対する少女に眼を向ける。
一応スーツ姿だが全体的に幼く見える。背は高いが華奢で、キャリアウーマンには見えない。それでも、もう少し成熟していればトップモデルで通用するほど美しく伸びた手足とすらりとした体躯をしている。
「ほんと、これでだいたい始末がついたね。君が抜けても残った連中でなんとかなるよ。しばらくは」
「ゴートとプロスも抜けるけど?」
「大丈夫。君たちが鍛えてくれたからね。戦線維持ぐらいできるさ」
「そう」
少女は前に流れた黒髪の一房を弄りながら興味無い様子。
なんの表情も浮かんでいない。
「あ!それから君に頼まれていた例の奴、ようやく完成したよ」
「全部直した?」
髪を弄るのを止めて、部屋に入ってから初めて男とまともに向き合う少女。琥珀色の瞳に意思が燈る。
「大丈夫、技術三課の連中が四日貫徹して直したよ」
「そう、ならいい」
「ちょっと行く前に声懸けに行って。全員ボロボロだよ」
「私が要求したのは極当然のこと、それに彼ら、そしてこの会社の利益にもなった」
「それはそうだけどね・・・・・・」
苦笑しながら男は答えを待つ。
「・・・・・・わかった。後で行ってくる」
「頼むよ」
面倒くさそうに呟いたきり、また髪を弄りだす。
男はちょっとため息をつきつつこの話は切り上げることにして、
「ところで、さ」
言いながら立ち上がり、向かい側の少女の側に腰掛ける。
「明日には佐世保でしょ。それから当分帰ってこないし・・・・・・」
いいながら、少女の肩に手を回す。
少女も隣に腰掛けた男を見た。
「今晩、食事どう?」
「・・・会長って暇なの?」
「いや、忙しいよ。だけど君のためなら時間くらい」
真顔で聞かれてちょっと情けない顔になりつつも、直ぐに体勢を整え返事を待つ。
「いいわ」
軽く答え、前触れも無く少女は男の頬に手を添えた、
顔を近づけ、啄むように口付けする。
そして、すり抜ける空気のように男の腕の中から立ち上がる。
「待ち合わせの場所は?」
「三課に行くでしょ。そっちに迎えを回すよ」
「わかった、じゃ、また後で、アカツキ」
「ああ、またね」
男、アカツキ・ナガレは呆然としながら答える。
悪戯を成功した少女は少しだけ微笑み、部屋を出て行った。
「ねぇ」
「ん?」
淡い光に照らされた部屋
シーツだけを体に巻きつけ、少女は夜景を眺めていた。手を添えた窓ガラスの冷たい感触が火照った肢に心地よい。
「今日、誘ってくれて、ありがと」
「いやいや、こちらこそ。とてもすてきな時間を過ごしているよ」
アカツキはベッドから体を起こし、椅子にかけておいたガウンを羽織りつつ少女に歩み寄る。
「そう?よかった。私も気持ちよかった」
「それは・・・・・・・・・嬉しいね」
あまりにストレートな物言いに多少たじろぐが、アカツキは少女を後ろから抱きしめた。
両肩に手を回し、後ろから抱き寄せる。
その腕に頬をよせ、少女は目を閉じた。心なしか高潮した頬は少し気持ちも穏やかなのか和らいでいる。
「しばらく会えないからちょっと寂しい」
「なにかあったのかい?今日は随分と嬉しいこと言ってくれるね?」
なんだか初めての反応に嬉しくなる。
「そっかな?」
アカツキも少女の感触を楽しむ。
「まぁ、いつもと違う君もいいね」
しばらく頬にあたる腕の感触を楽しむ少女。そして抱きしめる相手の顔を見上げた。
「ところで」
「なんだい?」
「今度の職場、どうかな?」
「なにか?」
「いい男とか綺麗な女の人とか、居心地良さそうな人とか、いるかな?」
「・・・・・・・・・さ、さぁ、どうかな?プロス君に聞いてみるといい」
(前言撤回、相変わらずだよ。君は)
笑顔を多少引きつらせながら内心そんなことを思う。
一瞬男の瞳に漣が走る。
思わず情けない顔になってしまう。
それでも気を取り直し、あるいは自分を奮い立たせいっそう強く少女を抱きしめた。
悩ましく息を吐く少女
「嬉しいけど、大丈夫?」
「僕も楽しんでいるからね。何も気にすることないのさ」
「ありがと」
アカツキは顔を寄せ
レンは首だけ振り向き、唇をあわす。
長く、深く、絡み合う。
支えていた手が離れ、シーツが落ちる。
そして
二人は再びベッドに身を沈めた。