「航空力学まったく無視した形。無駄が多い」
「問題ないわ。ディストーションフィールドが解決してくれるもの」
「発掘船のデザインまで真似しなくていい。それどころか無駄増えてる」
「でも、この○馬型が主役戦艦の王道なのよ。古の昔からの」
「なにそれ?だいたい正面、側面、後方、上下と、全てで面積増やしてどうするの?」
妙齢の美女は金髪で白衣姿。
琥珀色の瞳をした黒髪の少女は一応スーツ姿。
二人は中空と手元に浮かぶ幾つものウインドウを交えて盛んに意見を交換していた。
「何を言われようと、このデザインには換えられないわ」
「かっこ悪い、変な形」
「この浪漫がわからないなんて、この形こそ人型機動兵器の母艦に相応しいのに」
「は?」
基本的に黒髪の美少女が突っ込み、金髪の妙齢美女が答える形となっている。
「だいたい兵装が主砲とミサイルちょっとってなにそれ?」
「大丈夫。もともと実験船だもの。それに性能は現行兵器より圧倒的に上だわ」
「でも戦艦としては欠陥品。連合軍標準駆逐艦程度の機動力。当然死角が多すぎる」
敵に後ろから迫られると、向き直るまでまともな攻撃手段が無い。この船は
「だからこそ、エステバリスといった機動兵器があるのよ。二十機は搭載できる」
「機動兵器は無限に活動できない」
「あら、エネルギーは母艦からの重力波で補えるわ。性能だって一機で標準戦闘機百機に相当するもの。二十機もあれば十分でしょ」
「有人兵器は人が使う以上自ずと限界がある。いつも全部出せるわけじゃない」
長時間の連続出撃は人間には難しい。食事も休息も排泄も必要なのだ。パイロットは。
さらに部品はある程度使えば取り替える。機動兵器は消耗が激しい。
科学者としてまさに天才である金髪の女性。だが大よそ兵器開発には向かないようだ。幼くとも多種多様な軍事関連の知識をもつ少女。少女にとって、女性の基本設計は粗が多すぎる。それに変な拘りが随所に見られる。
「ともかく、相転移エンジン、核パルスエンジン等エンジン系統の基本以外全部駄目。まず戦艦のフレームから設計し直す。基本は紡錘形に、正面面積をギリギリまで減らす。それから主砲の射角を四方に広げ・・・、いっそグラヴェィティーブラスト四門に分けて・・・・・・」
「ちょ、ちょっと待って。それってほぼ全部やり直しってこと!?」
「そう」
「そんなの駄目よ。この形、『ペ○サス級』じゃないと。これが由緒正しい・・・・・・」
「そんなの知らない」
「でも・・・」
レンが佐世保に向かう二年前。ネルガルの誇る天才科学者であり相転移エンジン開発者・イネス・フレサンジュとのやり取りだった。
以後この部署は大変忙しかった。さらに多くの技術者が集められた。三日貫徹がざらだった。まともにベッドで眠ることも稀。タンクベット睡眠、栄養剤、点滴による栄養補給。習慣性の無い薬物の投与まで行われた。極限状態の中、皆これひたすら仕事に没頭した。特別ボーナスと長期有給休暇の特典もついた。励みになった。
辛かった。
地獄の一ヶ月だった。
その間、もっともよくあった光景。
淡々と、しかし容赦なく突っ込むレン
何かと説明したがるイネスの論戦だった。
NADESICO |
朝、アカツキとホテルで別れたレンは、そのまま佐世保に向かった。空港で迎えの車に乗り込み、到着したときは昼過ぎになっていた。
「レンさん、お久しぶりですね。よくいらっしゃいました」
「プロス、久しぶり。元気?」
「ええ、お陰様で。レンさんも健康そうで何よりです」
挨拶を交わし、握手する。
そして、プロスに先導される形で施設に入っていった。
「順調?」
「ええ、ほぼ予定通り進んでいますよ。物資の搬入はほぼ終わりました。あとはクルーが乗り込むのを待つだけです」
「そう・・・。そういえばクルーは?私選抜に関わってない」
レンは戦艦の設計、機動兵器の開発に携わった。だがクルーに関してはまったくノータッチだった。今の今までそのことを忘れていたのだ。当然確認していない。
「お任せください。腕は間違いなく一流です。各部門のエキスパートばかりですよ」
「それで?」
「は?」
嘘は言わないブロス。ただ言葉は常に選ぶ。
だからレンは問い掛ける。
「お金、あまり無かったよね。何の問題も無い一流の人間、そう集められない」
プロスの表情に変化は無い。幾つかのゲートを抜け、施設のかなり奥まで来ている。歩みを止めることなく遅れることなく進む。話す様子も普通だが何時の間にか緊張感が漂いつつある。
エレベーターの前に着いた。
扉が開くと二人で乗り込む。
目的フロアのボタンをプロスが押す。
エレベーターが静かに下り始める。
それほど狭くはない。だが妙な息苦しさを、少なくともプロスは感じていた。
先に折れたのはプロスだった。
「そうですね。おっしゃる通り予算は余りありませんでした。イネス博士とアナタとユリアさんが大量の資金を使いましたから」
かなり苦労したのだろう。多少正直になったプロスは珍しく露骨な皮肉を混ぜる。
「そう?」
「はい」
「でも、連合軍に艦載要レールキャノン、ディストーションフィールド発生装置、エステバリスまで売った。私が率いた機動部隊まで出向したけど」
結果、連合軍は善戦。圧倒的な物量、相転移エンジン、グラヴィティーブラストという敵の大きなアドヴァンテージを覆せるほどではないが。特にエステバリスはロールアウトを一年も早めた。ユリア・シュラーバ率いるネルガル技術三課の、血と汗と涙の成果。レンの容赦ない後押し、しごき、はっぱにごり押しの結果である。
「それでも足りませんでした。利益の大半はナデシコ及びナデシコ級戦艦の建造費、機動兵器の開発費、そしてジャンプ関連実験の費用に消えています。特にユリアさんと貴方が最近また機動兵器にお金をかけましたから」
「だから、いい物たくさん造れた」
レンはまったく悪びれた様子が無い。
「それで、人選の基準ですが『腕が一流なら人格は二の次』といったところでしょうか」
プロスもそれなりに付き合いが長い。見慣れた反応を特に気にせず話を進める。
「そう。がんばってね」
「私が何を、頑張るのです?」
エレベーターから降りる二人。
そのまま真っ直ぐ廊下を歩いていく。
「だって、揉め事の調停とか。一番苦労するのプロスだと思うから」
「そ、そうですか・・・・・・あなたも、あまり問題は起こさないでくださいよ」
「わかった」
とうとう営業スマイルが崩れてしまったプロスは、情けない顔をしてそれだけ言った。
立ち止まった目の前には一際大きな扉。
ゆっくりと開いたその先は巨大な空間。
「あなたも完成した実物を見るのは初めてでしょう。これが機動戦艦”ナデシコ”です」
照明に照らし出された真っ白い船
それがレンにとって掛け替えの無い
そう、忘れえぬ思い出のはじまりだった。
「おや?プロスの旦那に・・・・・・・・・お!レンちゃんじゃないか?」
「ウリバタケ?」
まず赴いた先は何故かエステバリスなど機動兵器の格納庫。
そこでレンは見知った人物に会った。
共にナデシコの設計、機動兵器の開発に携わったウリバタケである。
「いよいよレンちゃんもナデシコ乗艦か。どうだい?自分で設計した船の処女航海ってのは?」
「悪くないよ。ウリバタケも整備員のみんなもがんばったね」
「なんのなんの、こんな面白いもの弄れるなんて技術者冥利に尽きるぜ、なぁ、野郎ども!」
作業していた整備員達が一斉に歓声をあげる。
その中に『レンちゃ〜ん!』と変な掛け声も混じるのは何故だろうと、黒髪の少女は不思議に思った。ウリバタケはともかく、他の面々とは初対面のはずなのだ。
「あ、あいつらね。俺がレンちゃんを撮った画像を見せてやったんだよ。ホラ、ミーティングの時とか。そしたらな、ファンになったんだよ」
ちなみに彼らのほとんどはかなり若い。妻帯者などウリバタケを含めて二人しかいない。
「困りますよ。ウリバタケさん」
プロスは苦い顔をする。戦場という非日常の中、男女比がかなり偏った戦艦という特殊な環境の中。煽り立てるのは問題だ。
「大丈夫だろ。うちの連中がどう足掻こうと、影さえ踏ませてもらえないさ。レンちゃんにその気が無ければ」
「まぁ、それはそうなのですが…」
ウリバタケもまた、レンが只者ではないことに気付いていた。例えその姿が華奢で可憐な美少女だろうと。
(でも、今度はレンさんの過剰防衛を心配することになりますし。それに・・・・・・)
早速頭痛の種である。
プロスは心の中で盛大にため息をついた。
レンは不思議そうに二人を見ていた。
「整備の人達、早く雇って正解だったね」
「確かに。皆さんナデシコの構造を良く把握しているようで。乗り込んでもらう整備員の方々に造船段階から関わってもらった成果ですね」
ウリバタケにいたっては設計段階から呼んでいる。軍の整備士であったころから有名だった彼。その意見が欲しかった。これまでとはまったく違う戦艦を一から組み立てるには腕のいい技術者の意見が欲しい。そんなレンの要望に答えて呼ばれたのがウリバタケだった。軍そのものからは呼べず、他社の技術者は論外だった。腕はあるのに軍を離れていたから都合が良かった。
また、彼の部下たる整備員達もプロスの言葉通り造船に携わっている。彼らはナデシコに対してかなり習熟しているといっていい。
「おうさ、俺達にかかりゃあどんな不具合も万事素早く解決よ」
「コソコソ隠れて妙なことしなけりゃもっといい」
「いや、ほんと涙ぐむような努力までして時間をやりくり。睡眠時間を極限まで削り、完璧な仕事を極短時間で行うその執念。そうまでして行うのが隠し部屋造り、システムの迂回路設置。その他諸々、どれもおかしなことばかり。監査としては苦労させられました、はい」
「げっ!?きついなぁ、旦那もレンちゃんも」
胸を張っていたウリバタケも図星を指されて苦笑するしかなく、整備班の面々も声を上げて笑った。