ナデシコ艦内の廊下を進む。
 歩き方がどこか似通って妙に綺麗なのは何故か?
 ウリバタケ達と別れてから、二人は一直線にある場所を目指していた。
「次、どこ行く?」
「ブリッジへ。メンバーと顔合わせをしましょう」
「出発は一週間後だよね。今どれくらい?」
「三人来ています。メインオペレーター、操舵士、通信士」
「いないのは?」
「艦長と副長、それから提督ですか。全員乗艦は出発前日、提督は十三時。艦長たちは十四時の予定ですな」
「そっか」
 会話が途切れたところでブリッジ前に付く。
 空気の抜けるような音がして左右に開く扉。
 その先はかなり広い空間になっていた。
「あれ?プロスさん」
 髪の長い妙齢の美女が振り返る。制服の前を随分開いて、胸がかなり露になっている。自分で改造したのだろうか?
「えっと、どなたですか?」
少しソバカスの残る十七程度の少女が問い掛けた。随分と通る声をしている。
二人ともプロスに伴われたレンを不思議そうに見ている。
「皆さん紹介します。こちらナデシコの副提督、戦闘顧問。サブオペレーター並びに保安担当をしていただきますレン・ソイ・フォードさんです」
「・・・・・・戦闘顧問、サブオペレーターまでしか聞いてない。なんで増える?」
 いきなりレンが突っ込む。
「本当は、エステバリス隊隊長も引き受けてもらいたかったのですが・・・・・・」
 小さく、レンにしか聞こえないようその耳に囁くブロス
 すると、ほんの少し
 プロスだからわかる程度、レンの雰囲気が変わる。
「へぇ」
 少し目つきが鋭くなったレンにプロスは焦った。彼女の実力はよく知っているのだ。
「い、いえ。これは、まぁナデシコのことを最も良く知っておられ、指揮官経験があり」
「……ほう」
レンの視線が冷たい。
「ま、また白兵戦のエキスパートであられるレンさんをと、その、会長から推薦がありまして・・・・・・・・・」
さ、と距離をとり、妙に丁寧な口調で語りだすプロス。
ついでに矛先をさりげなく上司に誘導する。
「そう・・・・・・・・・」
(アカツキ、しばらく無視決定)
とりあえず責任を押し付けることはできた。
 しばらくネルガル会長は彼女から連絡が貰えなくてやきもきする事になるだろう。
(どうやら八つ当たりはされそうにないですけど・・・・・・心が痛みますな)
 だが、自らの安全と引き換えには出来ない。
ちょっと安心しつつ、しかし同じ男として会長を哀れに思うプロスだった。

NADESICO
[The girl with black wing]

part1-V



「あ、皆さんのことも紹介しましょう。まず操舵士のハルカ・ミナトさん」
「はいはい〜。よろしくね。レンちゃん」
 責任を会長に押し付け、後は話を進めてごまかすことにしたプロス。
 答えたのは先程の美人。大人の女性だ。普通に挨拶しているのに妙に色香を感じる。それでも持っている雰囲気は暖かく柔らかだ。
 側は居心地良さそう。そして美人。とても柔らかで気持ちよさそう・・・・・・・
「よろしく(お友達決定)」
 レンの価値判断はわかりやすい。
「通信士のメグミ・レイナードさん」
「へぇ、副提督なんですか?」
「そう」
「大変だなぁ。私と同い年ぐらいに見えますけど。すごいですね」
 実際、どこか子供じみた少女であるレン。戸惑いもするだろう。背が高く、容姿も恐ろしいほど整っているが妙に幼い。メグミはレンを観察していた。愛想良く振舞いながら。同じ幼さが残る外見とは裏腹に、ソバカスの少女は中々計算高さをうかがわせる。
(気持ち悪い)
 同じく相手を観察していたレンはそう思った。
 これでレンのメグミに対する第一印象が一挙に悪くなった。
「大丈夫です。レンさんはナデシコ設計副主任でもありました。指揮経験もあります。八ヶ月前よりしばらく、ネルガルの出向部隊指揮官として木星蜥蜴との戦闘に参加していました。素晴らしい戦果を上げています」
「ああ!あの人。そういえば話題になりましたよね。ちょっと」
「へぇ、ニュースで見たときはサングラスかけて連合軍の士官服だったからかしら?かなり印象違うわね」
「ええ、あのときは凄く大人っぽく見えましたから」
 ニュース等で見ていたことに気付くメグミとミナト
 その時大人っぽく見えた理由。それは部下の女性陣による必死のメイク、コーディネートだった。
「印象違う?ええと、名前は…」
「メグミ・レイナード、以前は声優やってました」
(なんだか急に愛想がよくなった)
「レン、よろしく」
(ちょっとパス)
 レンの中で居心地の良さ、第一印象を条件に友人候補が選定されていく。
「そしてメインオペレーターであるホシノ・ルリさんです」
「直接会うのは初めてですね。姉さん」
「ん、そうだね」
 ルリとレンは互いに近づく。11歳、しかも小柄なルリと170近いレンではかなり差がある。レンは少しかがんで手を出した。ルリもほんの少し戸惑った後、差し出された手を握る。
「そういえば、お二人はお知り合いでしたね」
「ええ」
その様子に目を細めながら言うプロス。
ルリはかすかに微笑みながら答えた。
(やっぱりカワイイ)
「ルリ、ナデシコはどう?」
「わかりません。研究所よりマシと思いますけど」
「そう」
二人は度々接触していた。マシンチャイルドとして最高の能力を持つルリに手伝ってもらったのだ。レンの仕事を。機動兵器のOS、火器管制システム、戦術シュミレーションプログラムの開発、チェックなど。八ヶ月前からはオモイカネ級コンピューターの一つホノカグヅチのデータ収集とバージョンアップ。もともとレンは何かと忙しい身。また決して愉しみは疎かにしない性格で休暇はしっかりとる。だから時間が足りなかった。休みを生み出すだけの人手が欲しかった。
それが接触の原因。ルリは最初思い切り呆れた。
「お姉さん?ルリルリの家族なの?」
「いえ、違いますけど」
 まだルリ里親の所にいた。星野夫妻とルリとは表面上の付き合いが精々と見て取れたので、あえて計画の初期から参加してもらったのだった。ネルガルが用意した保護者とはいえ信用できなかった。夫妻が妙な行動を見せたら始末するつもりでもいた。
「何時からだったでしょうか?自然、姉さんと呼ぶようになりました」
 最初、感情表現の乏しい人形のようだったルリも随分と変わっていった。愉しさと居心地のよさを追い求めるレンに引き摺られるように
(でも、なんかそれとも違う。今は・・・・・・)
 ルリはナデシコに来て一ヶ月。結構よい影響を受けているのかもしれない。
「姉さんはどうですか?ナデシコは姉さんが設計した船、どんな気持ちです?」
「私?来たばかりだから解らない」
兵器として充分な性能を持つだけの設計をした。でもそれは道具としてのこと
「実際入ってみて、なにか感じませんでした?」
「フレーム、兵装の基本設計は私がやったけど内装等のレイアウト関わってないし」
「そうですか?(聞きたかったのは雰囲気等について、なんですけどね)」
「でも」
「でも?」
「うん、でも趣味イイね」
微妙にずれた答えを返すレン。
そのまま流すルリ
 だが、実際開放的で無駄が無い。全体的に洗練され、機能的でもある。シートの座り心地も良さそうだ。
「ところで、お二人にお話があるのですが」
 なにやら周りのことを忘れているらしい二人に、プロスが割ってはいる。
「何?」
「レンさんとルリさんは一緒に住んでいただくことになっていますが、よろしいですか?」
「は?」
「何故です?」
 これは二人とも初耳だった。
「いえ、ルリさんも11歳ということもありますし、一人暮らしはどうかと。それにどうしても保護者のような方が必要ですから」
「だったらなんで私?私16だよ。子供育てたこと無い」
「私、少女です。姉さん」
「そう?」
 『子供』発言に抗議するルリとまったく解ってないレン
「同じオペレーター同士ということもありますし打ち合わせも色々とあるでしょう。ナデシコにいる間、ハルカ・ミナトさんに、仮の保護者をお願いしようかと思っているのですが」
「じゃぁ私もお姉さん?それとも母さんかな?はいは〜い。こんなカワイイ二人なら大歓迎よ」
 ミナトは嬉しそうに答えた。何ら不満はないようだ。この話は決まっていた?レンは少し思った。
「そう、じゃぁよろしくね。ルリ」
「ちょと、姉さん。それで構わないのですか?」
「え、なんか悪い?」
「そ、それは・・・・・・・・・・・・」
 少なくともレンとミナトは大変乗り気だ。
「わかりました。それで部屋はどうなります?私はすでに以前の部屋があります。荷物は少ないですが、すでに運び込んでいますよ」
「荷物はこれから住んでいただく部屋に移動させてもらいます。大丈夫、全て女性職員に頼みますから」
随分と手回しがいい。他に選択肢は無さそうだとルリは観念した。
「ルリさんも一通り仕事が済んだ様子ですし、部屋まで案内しましょうか?」
(会長がレンさんに男が付くのを凄く嫌がりますからね。まったく厄介なことまで押し付けられるものです)
 一人寝が寂しいと気に入った男のところまで行きかねない。貞操観念がまるで無い。快楽主義とは言わないが妙なまでに寂しがりやであるレン。当然起こりうる可能性を排除するため、アカツキは役員を通じてプロスに指示をだしていたのだ。
(同室にルリさんがいれば寂しくないし、見たところハルカさんも色々構いたてそうで。パイロットも一人を除き皆女性。唯一の男性パイロットもレンさんの好みには合いそうに無い。整備員の皆さんの中にもいないでしょう)
 これで男が寄り付くのをかなり排除できただろう。
 プロスは内心やれやれと胸をなでおろしていた。
 ルリやミナトが代わりに危険だとは思わなかった。極ノーマルのプロスには想像がつかなかったのも無理は無い。アカツキは教えなかった。男が付くよりマシなのだろう。
「ん?オモイカネとホノカグヅチに頼むよ。仕事あるでしょ」
『まかせて』
『レン、久しぶり』
中空に銅鐸と炎を意匠化したウインドウがそれぞれ開く。
ナデシコの全てを司る、二つのコンピューター
「それではお任せしますね」
「夕食、一緒に食べましょうね」
「ええ」
 ミナトに返事をして、
 嬉しそうに周りを乱舞するオモイカネとホノカグヅチのウインドウに先導され、ルリとレンはブリッジを後にした。


 二人は案内されるままに自室に向かっていた。
レンはルリに近づけるので喜んでいた。すぐに好きになった子だ。知識があるだけでなく、頭がいい。カワイイことも大変大きい。
(オモイカネ、ホノカグヅチがナデシコを司る。ならそのメインオペレーターとは話つけとかないといけないし)
プログラム関連等、色々話すことも多いだろう。一目で気に入ったミナトが保護者となるのも悪くない。レンは大変機嫌がよかった。
 一方のルリはというと、半ば混乱状態にあった。
(先ほどオペレーター席で気付いたときは戻ってきたのかと思ったのですけどね)
 前を行くレンの背中を見つめる。
(レン・ソイ・フォード、香港の孤児院出身。十年前フォード家の養女となる。驚異的な速さで教育カリキュラムを消化。十二歳でMIT卒業。後ネルガルに入社。会長室付き第二秘書となる。技術三課特別顧問、最重要機密スキャパレリ・プロジェクト責任者の一人。ナデシコ設計者の一人でエステバリスの開発補助をしていた有数のエンジニア。二月前までは軍に出向したネルガル機動部隊の元司令官として活躍)
 ここまでが彼女の表の顔。スキャパレリ・プロジェクト関連を除きある程度一般に出回っている彼女の経歴
(その実体は私と同じ遺伝子強化体質の実験体。体機能強化。記憶容量の大幅増加。処理速度の飛躍的高速化を施されたマシンチャイルド。ナノマシンとの高い親和性を持ち、ある”装置”を埋め込まれた唯一の成功例。彼女を生み出したネルガル社長派の研究機関は月廃棄コロニーにあった。千人あまりもの子供達を犠牲とした血塗れの成果。その後何者かの襲撃で研究所は半ば半壊。その時初めて能動的に行動した姉さんによって職員もろとも襲撃者達を撃破。襲撃者の正体は未だ不明。ネルガルの会長に連絡を入れ会長派であるプロス、ゴートらによって保護されたのが五年前)
 世慣れない様子があるのは当たり前。彼女は五年前までデータでしか外の世界との接触が無かったのだ。
(その後、強化された身体機能と保有していた記憶、技術によって会長派のエージェントとなる。姉さんの活躍?によってネルガルシークレットサービスは会長派が完全に掌握。社長派の影響力排除はほとんど彼女の功績)
その道に関してはまったく素人のルリ。彼女に見えるレンは華奢で、モデルなら向いていそうな少女にしか見えない。実際には超一流の技術と実績、そして圧倒的な身体能力を持つエージェント。こっそりハッキングによって得たデータを閲覧したときは戸惑った。偽情報を掴まされたかと自分の能力を疑ったほどだ。コードネームも決まっていない彼女。誰も彼女の仕事の現場を見たことは無い。常に単独で仕事をする。結果だけが残る。彼女の痕跡を残さずに。
まるで“存在しない恐怖”
(また、蓄えられた情報をもとにナデシコの設計、機動兵器、エステバリスの開発に参画。結果エステバリスは一年も早くロールアウト。第一次火星攻防戦よりずっとエステバリスは最前線で活躍。八ヶ月前から相転移エンジンを一つ積んだ実験戦艦三隻、実験中カスタムエステ他エステバリス等機動兵器50機前後で構成された機動部隊を率いて軍に出向。未だグラヴィティーブラストは装備していなかったものの驚異的な戦果をあげる。現在は別の人物が指揮を引き継いだ。"前”とはあまりに違う、この戦艦として洗練されたナデシコの姿、積み込まれたカスタムエステバリスなど機動兵器も半ば姉さんの成果)
 ホノカグヅチはレンが軍に出向していた間利用していたオモイカネ級のデータがそのままコピーされている。もともとそのつもりでナデシコに用意されていたようだ。
 もちろん、全てが彼女によるわけではない。エステバリスの基本設計をしたのは技術三課のユリア・シュラーバ。相転移エンジン、ディストーションフィールド、グラヴィティーブラスト、そしてオモイカネ、ホノカグヅチといったオーバーテクノロジーを形にしたのはイネス・フレサンジュを中心とした科学者達。設計段階での無理、無駄を出来る限り排除し極めて整った状態に仕上げたのが”前回”よりはるかに早くネルガルに雇われたウリバタケ・セイヤ。彼ら天才によってそれぞれは初めて生まれたのだ。
 ただ、ナデシコを兵器としてここまで洗練されたものに昇華させたのはレン。エステバリスを一年も早く商品化し、さらに進化するまで手助けしたのはレンなのだ。
 ここまで来ると実在する同じ人間かどうかも疑いたくなる。まさに“存在しないもの”だ。だが実際彼女、レンは目の前をなんだか御機嫌で歩いて、その様子はとても子供っぽく
(結局、詳しくわからなかった”装置”が全てをしる鍵なのでしょうか?)
 ”この時間”のホシノ・ルリとして、姉として慕う女性。
 ”帰ってきた”『電子の妖精』としてはイレギュラー
 ルリは思わず俯き考え込んでしまったが
「ルリ、着いたって」
『到着』
『お休みはこちら』
レンの声に顔を上げる。
二つのAIのウインドウが周りを旋回しながら伝えていた。
「早く入ろ」
「え、ええ」
 心なしか嬉しそうなレンと思案顔のルリはそのまま部屋に入った。


「結構広いね」
 そこは六畳ほどのリビングと四畳の執務室。さらに六畳の寝室、ユニットバス。一通り揃った部屋だった。リビングには簡単なキッチンもある。どうやら士官用の二部屋を繋げてデザインしなおしたらしい。内装も一見他の部屋と変わらないようだが、実はかなり良い。
(妙にお金かけていますね)
 ルリはもちろん、ネルガル会長アカツキの複雑な気持ちと思惑と配慮を知らない。
 オモイカネ、ホノカグヅチの専用端末がある。執務室は副提督など役職を兼ねているレンが使うだろう。
「服とか、どうします?」
「一応クローゼットが寝室にあるんだって。さて、ベッドは、と」
 寝室はベッドがほとんど占領していた。床が見えるのはベッド同士の間が少し、奥のクローゼット前、ドア付近。
「ありゃ?」
「随分大きいですね」
 とりあえず二つあるクローゼットに服を収納しレンはそのまま用意された士官服に着替えた。
「ねぇ、似合う?かわいい?」
「は?え、ええ。似合います。かわいいですよ」
「そ、ありがと」
表情に乏しく言葉こそ素っ気無い。
だが、微かに頬が紅潮している。目の前でくるっと回って見せるなど、レンはかなり嬉しそうだ。
 しかし、どうにも子供っぽい。本当にこれが凄腕のエージェントにして第一級のエンジニア。あの有名な機動部隊の指揮官なのだろか?
 ルリはなんだか少し頭が痛くなってきた気がした。

 特にこれから仕事があるわけでもなく、また明確な勤務シフトがあるわけでもない。結局二人とも部屋の端末でオモイカネとホノカグヅチにアクセスしていた。レンはなんのために着替えたのか少し解らないが。
しばらくして、食事をとることにした。
ミナトとの約束もある。
二人はそのまま食堂に向かった。

 その後
 ミナトに士官服姿を誉められてレンがまた喜んだことは言うまでも無かった。


その4へ