「へぇ、じゃぁルリ坊とレン嬢は一緒に住んでいるのかい?」
「そうですけど、あの、私少女です。坊はちょっと……」
「ああ、悪いね。つい」
「つい、ですか・・・・・・」
出航予定前日、ホウメイは料理の仕込みをしながら言った。まだ昼時にはしばらく時間がある。あまり混んでいる状態が好きでない二人はブランチと洒落込んだ。どちらも大の大人が驚くほどの健啖家。気持ちの良くなる食べっぷり。レンガ来て二日目、混雑を避けるように昼少し前に来た二人の様子を見て以来、ホウメイはすっかりこの二人が気に入っていた。何故かルリにも好き嫌いが少なかった。
「え、あの…。色々、食べてみたくなりましたから。その、姉さんと・・・・・」
 凄まじい偏食だったことを知っていたレンが聞くと、言葉に詰まりつつ答えたルリ。
 眼が彷徨ていた。他に理由がある様子。それでも、レンは聞かないことにした。あまり物事こだわらない。気に入った相手にはもともと弱い。
 そして美味しい物にもとても弱い。
「ホウメイ、豚汁御代わり」
「おやおや、昼分の作り置き。食べ尽くさないでおくれよ」
 冗談半分に言いながら受け取った黒塗りの汁椀に豚汁を継ぎ足す。その後ろのほうでは少女達が右往左往している。だいたいレンと同年代ぐらい。やはり昼の準備に追われているのだ。
「大変そう」
「そうだね。できればもう一人、ちゃんと料理が出来る奴が欲しかったかもね。特に男手が」
 食堂は料理長ホウメイと少女達が切り盛りしている。クルーからホウメイ・ガールズと呼ばれる皿洗い兼調理補助兼ウェイトレスの五人は仕事が速い。ホウメイはまちがいなく超一流の、しかも戦艦勤務経験がある料理人。だが二百名もの人間が集まるのだ。オモイカネが集中管理しているとはいえナデシコは戦艦だから。朝、昼、晩の三食プラスに夜勤面々の夜食。整備班、パイロット達の間食など仕事が多い。
「ごめん、従軍経験があるコックはホウメイ以外ろくなの残って無かったみたい。プロス言ってた」
「いいってこと。前はもっと多い人数相手に商売したこともある。これくらいなんとかなるよ」
「そ、がんばって」
「姉さん。それじゃ喧嘩を売っているみたいです」
あまりにおざなりというか、素っ気無さ過ぎる姉の言葉
見ていられなかったルリが突っ込む。
「そう?」
 もちろん当人にそんな気は無い。本当に心から応援したのだ。
「いいんだよ。この娘はこんなものみたいだからね。でもお偉いさん達にもそれじゃ、大変だったろう」
「そっかな?別になにもなかったと思うけど」
(それは姉さんが鈍くて気付かなかっただけです)
 ルリは心の中で突っ込んだ。
 口に出すのは言っても無駄なようなので止めておいた。
(本当に困った人ですね)
 自覚がまったく無いのだろう。レンは気にもとめず恐ろしい速さで食事を続けている。
マナーは問題ない。食べ方も綺麗だ。だけど回転が早いだけ
そんなレンを眺めつつ、ルリはそんなことを思っていた。苦笑交じりに
 彼女もすでにレンにかなり好印象を抱いていた。
 もっとも、はじめは戸惑ってばかりだったが。

NADESICO
[The girl with black wing]

part1-W


「ご飯、食べに行こ!」
 初日。運ばれてきた私物を整理し、荷物を片付けてからしばらくたった。もうブリッジに仕事も無い二人は部屋でオモイカネ・ホノカグヅチにアクセスしていた。艦内のことは一通りデータを閲覧したので、レンは特に見物に回るつもりも無かった。挨拶回りなど、頭の片隅にも存在しなかった。ルリ、ミナトと一緒に食事をすることで頭はいっぱいだった。
 真っ先にミナトの休憩時間を調べたレン。時間がくるなり何事かと戸惑うルリの手を取って部屋を出る。
「あ、あのちょっと姉さん?」
「ご飯ご飯♪」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「へ?」
 しばらく廊下を引き摺られたところで我に返ったルリは大きな声を出す。
 レンは振り返った。
「ご飯、食べ無いの?」
「た、食べますけど・・・・・・」
「じゃ、行こ」
 首を傾けながら心底不思議そうに言われてルリは口篭もった。するとまた引き摺られる。
「だから、どうして私まで連れて行くんです?」
「一緒に食べるから」
「だから!」
「ミナトも一緒。さっき休みに入った」
「ミナトさんはこのこと知っていますか?」
「一緒に食べよって言った」
「でも、今私たちが食堂に向かっていること知ってるんですか?ミナトさんは」
「あ、そっか。ホノカグヅチ、コミュニケオープン」
『了解』
 ルリを引き摺ったままコミュニケを開く。
『あれ、レンちゃん?』
 ミナトはブリッジにいた。
「ミナト、ご飯食べよ」
『あ、そうそう。ちょうど休みになったわ。私も今から行くね』
「ルリも一緒」
『いいわねぇ。じゃ、食堂で』
 ウィンドウが閉じる。
 ミナトもその気だ。ルリも諦めてレンと並んで歩き出した。
 するとレンは歩調を合わせる。
(あれ?)
 このような気遣いをあまり受けたことの無いルリは少し戸惑った。
 ちなみに手は相変わらず繋いだままである。
 その手は柔らかく、細く綺麗で、そして暖かかった。
 荒事を幾つもこなしてきたエージェントにしては不釣合いなほど
(ま、いいですか)
”大切な”家族の事故以来、他人との接触に飢えていたルリ。
その心地よさに手を握り返した。



 食堂につくと、すでにかなりの人数がいた。
 皆コミュニケで注文する。もちろん態々調理場にウィンドウを開くわけではない。オモイカネが集計し伝えるのだ。あとはコミュニケに合図が入ったらカウンターに出来た料理を取りに行く。よって客は人数の割にスムーズに流れる。もっとも昼、晩はどうしても混雑する。ホウメイガールズがウェイトレスをするのは昼、夜を除く割合すいた時間。今は調理場で大忙しである。
「あ、手伝いましょうか?」
「いいよ、大丈夫」
 手早く三人分お冷をセリフサービス・コーナーから取る。さらにポットを確保したレンはルリを伴って席につく。
「あの、ありがとうございます」
「ん?」
 艦内でただ一人十一歳というルリの指定席。割合カウンターに近い四人かけのテーブルが用意されている。
「ミナト、まだかな?」
「すぐ来ると言っていましたし、あまり待つことは無いでしょう」
「そうだね」
 ちょっと行儀わるく頬杖をついてレンは呟いた。
 答えるルリも律儀である。

「お待たせ〜」
「いえ、私たちも来たばかりですから」
「さぁて、二人とも注文した?」
「これから」
「じゃ、早く注文。私は〜、オムライスでいいかな?」
ミナトは乗船以来ほぼメニューの順番に注文している。
「・・・・・・・フライ定食」
 理由は海老と白身魚のフライが二つついて、サラダとご飯がセルフサービス。ついでにトレイ一つで済むから。レンはサラダが好きだった。特にトマトやコーンが。
「ルリはなににする?」
「火星丼と田舎汁、あとは煮物を頼みます」
「それで足りる?」
「はい」
 三人はコミュニケでそれぞれ注文した。
「二人とも仲良くやれそう?」
「私は一緒に暮らせて嬉しいけど、ルリは?」
「別に特に不具合は無いと思いますが・・・・・」
 先ほど部屋に入ったばかり。知り合いとはいえ、お互いを意識するほど時間がたっていない。二人とも余り物事こだわらない。ルリには問題点が無い以外評価しようがなかった。
「じゃ、今度お姉さんが遊びに行って上げる。いいよね」
「ええ」
「いいですよ」
どう思っているのか捕らえようの無い返事、とりあえずミナトは様子を見ることにした。
後はたわいの無い話が続く。
部屋はどうだ、キッチンは使いやすそうか?トイレはやっぱり一つだったとか
しばらくして、コミュニケより料理が出来たと連絡が入る。
 まずレンのフライ定食のようだ。
無言で立ち上がり、カウンターに向かうレン。
「ねぇ、ルリルリ。レンちゃんってどんなかんじだった?」
 突然ミナトがルリに顔を寄せて聞く。
 ミナトはルリと同じころからナデシコに入っている。
 その分付き合いも長い。
「どんな感じ、とは?」
「いや、彼女、この戦争の英雄でしょ。しかもネルガルでも重要人物っぽいし」
「まぁ、確かに・・・・・・とてもそんな風に見えないですけど」
「そう?」
「ええ、経歴が嘘みたいなほど子供っぽいですよ」
「何話してるの?」
見ればレンがトレイを持って帰ってきた。
「ルリルリと、ここの食事について話してたの。ほら、結構美味しいから、ここ」
「そうなんだ?」
「ええ、ホウメイさんの料理はどれも逸品ですよ」
「ふ〜ん」
 適当に話をはぐらかすミナト
 そのうち、二人にも料理が出来たと連絡が入り、ともに立ち上がった。

「あっ!?」
「大丈夫?」
 よろめくルリを見かねたレンがトレイを受け取る。カウンターは混雑しており小柄なルリにはつらい。気になったレンがついて来て正解だった。かなり大ぶりの丼、汁椀に煮物まで別個の皿。全てトレイに載せていたので危なっかしい。本来戦艦の食堂では大き目のトレイ一つに纏める。皿も料理のうちというホウメイの拘りの結果である。他の者はともかくルリにはつらい。ルリが食堂を利用するのはこれが最初。彼女はこのことをまったく想定していなかった。
「あ、ありがとうございます」
ちなみにミナトはというと結構なれた様子で混雑の中を縫っていく。
二人を眼に止め、すぐ近づいてきた。
「なんか早速お姉さんしているわね」
「そっかな?」
「そうよ」
 ミナトは嬉しそうだ。
「ルリルリ、レンちゃんのことお姉さんって呼んであげたら?」
「はぁ、すでに呼んでいますけど」
「あれ?そうだったの?」
「ええ、このナデシコに乗る前から」
「ふ〜ん」
 そんなトラブルもあったが、皆楽しく食事を終えた。


「お風呂、お風呂」
「………」
再び連れ立って歩くレンとルリ
レンは表情こそ乏しいが足取り軽い。
ルリは半ば諦め顔
 食事を終えて部屋で少し休んだ後、二人は大浴場に向かった。
 風呂好きな二人は長風呂の後ろ髪を梳かす。ルリがどこで覚えたのかしっかりスキンケアをして髪も丁寧に扱うのに比べ、レンは無造作にバスタオルで拭き、何もしないままルリを待っている。
「ちょっと、こっち来て下さい」
 これにはルリが呆れた。
 洗面台のついた大きな鏡の前にレンを座らせるとドライヤーとブラシで丁寧に黒髪を梳く。顔に自分が使っている乳液をはたく。レンは心地よく任せていた。頬が緩み目じりが下がる。いかにも嬉しそうだ。
「そういえば、エリナもこんなことしてくれた」
「よくお風呂とか一緒だったのですか?」
「ん、イネスと入ったときもそうだった。エリナは『もっと髪を労われ』とか、『そんなことしていたらすぐ肌なんてボロボロになるんだから!』とか怒りながらやってくれた。イネスは色々説明しながらしてくれた」
「あの人達らしいですね」
「ルリはイネスやエリナのこと、よく知ってるの?」
「え、ええ。まぁ」
「ふ〜ん」
 レンはあまり興味が内容で、呟いたきり髪を梳かれる心地よい感触に目を閉じた。
(ふぅ〜。私ちょっと気が抜けていますね)
 ルリのほうは内心穏やかでなかったが。
 しかし、早くもレンに気を許しかけている自分がそれほど嫌ではなかった。

「ねぇ、ルリ、一緒に寝ていい?」
「はい?」
 お互い自分のベッドの上。
 この日、戸惑うことばかりだったルリにとって最後の衝撃はこの言葉だった。
「だってこのベッド、せっかく広いのに。一人じゃ寂しいし」
 枕を抱きしめながら上目遣いにこちらを見るレンは何時もよりさらに幼く見え、ルリは大きな妹が出来た気分になる。
「あ、でも・・・」
「だめ?」
 ほんの少し悲しげに俯き、揺らぐ琥珀の瞳で見上げられると反論が出てこない。ルリによって痛まないように纏められたその黒髪が微かに揺れる。
 結局ルリはレンの胸に抱かれるように、抱きつくような姿になって眠った。
 あとでその話をミナト伝いに聞いたプロスは、自分の思惑通りと細く笑んだという。



 目の前では自分以上に大量に食べるレンの食事がまだ続いている。トマトやコーン、海藻類などを主体としたサラダはもう三回目のおかわりだったはずだ。
(この変わり果てたナデシコ。その犯人である姉さん。あの人はどんな反応を示すでしょう?)
 もうすぐやってくるはずの大切な人
 ルリは様々な思いを巡らす。
 以前よりさらに面白いことになりそうな、そんな予感がしていた。


その5へ