< 時の流れに >

 

 

 

 

 

 

 

「おっはよう!!」

 

「おはよう、ユキナ!!」

 

「おはよう〜」

 

 校門で丁度出合ったクラスメートに挨拶をしながら。

 私達は連れ立って教室に向かった。

 休日に自分の身の回りで起こった事を、色々と大袈裟な身振り手振りを交えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 月曜日の一時間目の授業を半分眠った状態で受ける。

 真面目に受ける気はあれど・・・睡魔には勝てなかったみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ユキナは昨日何処かに行ったの?

 見事に一時間目は『お休み』だったけど」

 

「・・・聞くな、思い出したくも無い」

 

 入学時から直ぐに打ち解けた友人の一人が、机の上に倒れている私にそんな質問をしてくる。

 実際、何を聞かれても答えるつもりは無かったし・・・

 一応、彼女達にはジュン君の事は秘密にしている。

 まあ、付き合ってる男性はいる、とそれだけは白状させられたけど。

 

 ・・・出会った頃、ちょっとジュン君の事を話したら殺気の篭った目で睨むんだもん。

 

 それ以来、なるべくジュン君の事は話さないようにしている。

 私も自分の命は惜しい。

 そんなに羨ましいのなら、早く彼氏を作りなさいよ。

 へんに理想が高いんだから、皆。

 

「どうせ、また例の彼氏とデートだったんでしょう?

 良いわよね〜、かまってくれる人がいて」

 

 私の頭を揺らして、そう悔しがる友人・・・

 そんな友人の言葉に、私は低い声で返事を返した。

 

「・・・お兄ちゃんが同行してたけどね」

 

 正確には乱入だけど。

 ―――今日帰ったら、何処で情報を仕入れたのか問い詰めてやるんだから!!

 

   バキィッ!!

 

「ふふふふふふふ・・・」

 

「ユキナ・・・含み笑いをしながら、鉛筆をへし折ってるよ」

 

「多分、またお兄さんにデートを邪魔されたのよ。

 一時間もすれば正気に戻るわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が地球に降りて来てから、二年が経つ・・・

 

 忘れられない思い出を幾つも刻んだ、あの戦争が終って二年

 木星に居た頃には、想像も出来なかった生活が始って二年

 私がジュン君に付き纏うようになってから二年

 

 時間は確実に過ぎていく

 

 変わらないモノなんて、何一つなかった。

 想いは月日と共に募り。

 悲しみは時間が癒してくれた。

 

 でも平和な学校で笑っている、同年代の友人を見るたびに私は思い出す。

 戦争中に軍に志願をした、同じ木連出身の友人達を。

 もう、二度と帰ってこない友人達を・・・

 

 私が今―――この時この場所に居る事は、本当に幸運の賜物なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「ユキナ!! 次、アンタの番!!」

 

「え? え? え?」

 

 友人のその怒鳴り声に、物思いに耽っていた私は現世に引き摺り戻された。

 しかし、現状が分からず・・・そのまま周囲を何度も見回してしまう。

 

「・・・100m走、アンタの番だって言ってるの!!」

 

「りょ、了解!!」

 

 体育の授業を中断させてしまったみたい。

 う〜ん、どうも今日は調子が悪いな〜

 ・・・やっぱり、週初めだから?

 

 

 結局、今日は一日中・・・そんな調子で過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「調子が悪いんじゃない、ユキナ?」

 

「ん〜? そうかもね〜」

 

 陸上部の部活が終わり、シャワーを浴びた後に同じ部の友人がそう聞いてきた。

 濡れた髪を拭きながら、何処か気の抜けた返事をする。

 

「やっぱりアレ?

 恋人と上手くいっていないのが原因?」

 

「・・・ま、ソッチ関係は気長にいこうと決めてるから」

 

 興味津々の顔で私に質問をしてくる友人に、苦笑をしながら私は答えた。

 実際、ジュン君と私の関係は曖昧なモノだった。

 第三者の目から見れば、ジュン君が私の我儘に付き合ってくれている様に見えるだろう。

 何も言葉にして伝えた事は無いし、言って貰った事も無い。

 勿論、ジュン君から行動に出ることなど・・・夢のまた夢だろう。

 

 ジュン君は、私の事をどう思っているのだろうか?

 昨日、あの後一人で遊園地から帰った私を・・・

 

 心配はしてくれていると思う、何よりも優しい人だから。

 そんな優しいジュン君だからこそ、あの『女性』の事を忘れられらないでいる。

 でも、死んでしまった人は生き返ることは無いんだ。

 現実に・・・隣に居る私を見て欲しい。

 

 それとも、やはり私は我儘な『妹』の様な存在なのだろうか?

 

「お〜、余裕の発言だね〜

 じゃあ、その彼氏はユキナにベタ惚れなんだ。

 ふ〜ん、良いな〜」

 

 何を勘違いしたのか、羨ましそうに私を見る友人。

 

「逆よ逆・・・私が諦めずに、気長にアタックするって事。

 まだまだ、道のりは長いけどね」

 

 素早く制服を身に纏い、胸元にリボンを結ぶ。

 結構話し込んでいる間に、大分遅くなってしまったみたい。

 実家が学校に近い友人は良いけれど、私は家まで歩いて30分の距離がある。

 部活で疲れた身体にとって、それは結構な距離だった。

 

「気長に、ね。

 男なんて、一度最後まで関係したら結構言う事を聞いてくれるそうだよ?」

 

 ・・・多分、何かの雑誌で覚えた、つまらない話だろう。

 それは分かっている、だけど許せなかった。

 

 私は自分でも感情が感じられないと思う声で、友人に言葉を叩きつけた。

 

「そんな事をしたら、もう私は彼と・・・ジュン君と会えないよ。

 それが一般論かどうか知らないけど、私はジュン君と『対等』に話してるつもり。

 『身体』だけじゃなくて、『心』でもお互いに支えあいたいから。

 だから、自分が強くならないと・・・ジュン君の隣に私は立てない」

 

 今でもジュン君は努力をしている。

 『テンカワ アキト』にはなれないけれど、今度こそ大切な人を守れるように最大限の努力をしてる。

 それを私はこの二年間見てきた。

 それを見て、この人を好きになった。

 そんなジュン君の隣に立てる自分に、頑張ってなろうと思ってる!!

 

「・・・御免、なんか馬鹿な事言っちゃった」

 

 私の声に驚いた顔をしていた友人は・・・泣きそうな顔になって私に謝ってくれた。

 素直に謝る友人の姿に、私は引き締めていた顔を緩ませる。

 

「別にもう良いよ。

 ただ、私もちょっと近頃悩んでてさ・・・

 結局、彼自身は私の事を全然意識してなかったらどうしよう、って考えちゃって」

 

「あ!! 分かる分かる、その気持ち!!

 私も実は陸上部の先輩に―――」

 

 結局、そのまま30分以上も無駄話に華を咲かせる私達だった・・・

 

 

 

 

 私も人に相談したい事、聞いて欲しい悩みが沢山あるように。

 友人にもそれは当然ある事で・・・

 お互いに相槌を打ちながら、私達は暗くなった校舎を校門を向けて歩いて行った。

 

 また一つ、友人との間に絆が出来たような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星明りが映し出した校門に、一人の男性が立って居た。

 

「・・・遅かったな」

 

「―――嘘?」

 

 予想外の人物の登場に、思わず動きを止める私。

 これがお兄ちゃんやミナトさんなら、まだ納得出来る。

 心配性の二人は、少し帰宅する時間が遅くなっただけでも、学校まで迎えに来る事は多々ある。

 ・・・おかげで、学校中に二人の顔は知れ渡っているのが現状だ。

 

 でも、まさか・・・ジュン君が迎えに来るなんて!!

 

「誰? ねえ、誰なのユキナ!!」

 

 隣を歩いていた(一瞬前まで見事にその存在を私は忘れていた)友人が、私の制服の裾を激しく揺さぶる。

 正直に言うと・・・かなり鬱陶しい。 

 まあ、ジュン君女顔の美形だし。

 うっ、そう考えると・・・大変な現場を目撃されてしまった。

 

「・・・関係者以外は学校に入れないからな、大分待たされたぞ」

 

「・・・相変わらず、変な所で律儀だね」

 

 融通の利かないその性格を、改めて私は思い知った。

 つまり、複数の人間に目撃されたわけだ・・・ジュン君は。

 明日から学校に来るのが大変な事になりそうだ。

 連合軍の制服ではなく、カジュアルな格好をしているのが救いだけど。

 

「じゃ、じゃあ、私は迎えが来てるみたいだから・・・また明日!!」

 

「お、おい!!」

 

 これ以上の情報の漏洩は生死に関わると判断した私は、疲れなど消し飛んだかの様にジュン君の手を取って走り出した!!

 慌てながらも、私の走る速度にあわせてくれるジュン君。

 

「う、裏切り者〜〜〜〜〜〜!!」

 

 友人の魂の叫びが私の背中を打った。

 ・・・明日の事は明日の朝に考え様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも驚いたな〜、ジュン君が迎えに来てくれるなんて!!」

 

「ミナトさんに頼まれてな。

 実は昨日の事を謝ろうと思って、家に連絡をしたらついでに迎えを頼まれたんだ」

 

 ミナトさん、ナイス!!

 

 上機嫌で歩く私の隣を、私の歩く速度にあわせてジュン君が歩いている。

 些細な事だけど、そんな心遣いが凄く嬉しく感じる。

 

「あ!! 気にしてないよ、そんなの!!

 それに、一番悪いのはお兄ちゃんなんだし」

 

「途中までは追い掛けたんだけどな、後少しというところでお兄さんに見付かって。

 ・・・そのままそこで乱闘をして、警察に連れて行かれたんだ」

 

 お兄ちゃん、帰ったら折檻・・・

 

 私は心の奥底に、お兄ちゃんに対する復讐を誓った。

 

「でも良かった・・・別に、ジュン君が私を忘れていた訳じゃないんだ・・・」

 

 今日一日中悩んでいた事が解決できて、私は心の底から開放感を味わっていた。

 

「実際この二年間で、一番俺の身近にいたのはユキナちゃんだったからな。

 ・・・忘れたりはしないよ、流石にな」

 

「へへへ、じゃあ私の努力も無駄じゃなかったんだ」

 

「・・・何の事だ?」

 

 不思議そうな顔をするジュン君に、とびっきりの笑顔を見せ。

 私はジュン君の右腕に飛びついた。

 少し驚いた顔をした後、ジュン君は私に左腕を差し出す。

 ・・・利き腕は、流石に自由にしておきたいのか。

 少しは頼り甲斐が出てきたかな?

 

 差し出された左腕に飛びつきつつ、私は始終笑っていた・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 私達は知り合ってから、まだ二年しか経っていない。

 今までも大変な事があった。

 これからもきっと想像も出来ないような事が起こるだろう。

 だけど、確実に私とジュン君の距離は縮まってきている。

 

 焦る事はない、まだまだ先は長いのだから。

 

 これから先もきっと、お兄ちゃんとミナトさんと・・・そして、ジュン君と一緒に私は生きていくのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四話に続く

 

 

 

 

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