< 時の流れに >

 

 

 

 

 

第五話.エリナ・キンジョウ・ウォンの私生活

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、休暇はどうだったの?」

 

 私が仕事をしている会長室に、何時もの黒いスーツをきたヤガミ ナオがお土産を片手に入ってきた。

 久しぶりに見た顔は・・・って、この人は何時もサングラスをしてるのよね。

 

 ・・・まあ、足取りを見る限り充分に休暇は満喫出来たみたいだけど。

 

「充分楽しんできたさ。

 なにしろ3ヶ月ぶりだったからな〜、ミリアと会ったのも」

 

 などと・・・目の前で惚気られても、腹が立つだけなのでこの会話を早々に切り上げる事にする。

 それと、これ以上甘い話をすると減棒するわよ。

 

「・・・良いよね、ヤガミ君は充分に楽しめてさ。

 僕なんて、僕なんて」

 

「あ〜、そこで暗くなってる極楽トンボ!!

 遊んでる暇があるんなら、さっさっと仕事を終らせなさいよ!!」

 

 この前のドタキャンを思い出したのか、サインをしていた書類に悪戯書きを始める会長。

 嫌な予感を感じたので、急いでその書類を覗き込んでみると・・・

 

「ちょっと!! これ契約書じゃないの!!

 しかも、次のターミナルコロニーを共同作成する明日香インダストリーとの!!」

 

 私の悲鳴が会長室に木魂する・・・

 

「あ、本当だね。

 いや〜、まいったまいった」

 

      ゴスッ!!

 

 呑気な返事を返してきた極楽トンボの脳天に、私は肘鉄を叩き込む!!

 無言で会長室の床をのたうつ人物を無視して、私はプロスペクターの部屋に連絡を入れる。

 

「プロスペクター・・・書類の偽造を頼みたいんだけど?

 ちなみに、先日話が決まった明日香インダストリーとの契約書♪」

 

 とびっきりの笑顔で、私は通信ウィンドウに出てきたプロスペクターに頼み事をする。

 やはり、人間関係は笑顔によって円滑に進められるのよね!!

 

 ―――仕事の基本でしょ?

 

『・・・爽やかな笑顔で犯罪を頼まないで下さい』

 

 苦い顔で私にそう小言を言いながら、意味も無く眼鏡の位置を直すプロスペクター

 それはどうやら、怒りとか悲しみとか、激しい感情を抑える時の彼の癖みたい。

 

「やん、私の失敗じゃないわよ」

 

 そう言いながら、床でのたうってる人物を指差す私・・・

 それを見て、ますます表情を消していくプロスペクター

 

 額に浮かぶ青筋が、今の心境を如実に物語っているわ。

 

『カグヤさんとの友誼があったからこそ、さしたる障害も無く明日香インダストリーとの提携が実現したんですよ?

 その有り難い契約書に悪戯書きをするとは・・・

 会長、当分休日は無しですな』

 

「そ、それは酷いな〜」

 

 床から呻き声が聞えたが、私は無視。

 何時の様に部屋の隅で壁に背を預けているヤガミ ナオは、面白そうに私達のやりとりを見ている。

 

 ・・・相変わらず、美味しい位置にいるわね、コイツ。

 

「ちなみに、今週末には妊娠中の高杉 三姫さんが地球に来られるので、付き添いで各務さんも来られるそうですよ。

 何しろ夫の高杉さんは連合軍に所属してますからね、出産は地球でされる予定だそうです。

 やはり、精神的に不安定なので夫が側に居て欲しいようですね。

 ・・・でも、会長は絶対に付き添いの各務さんとは会えませんね〜」

 

 性格悪くなったわね、この男も・・・

 

「へ〜、三姫ちゃん、もう臨月なんだ?

 しかし、あの三郎太が父親にね〜」

 

 なにやら感慨深げに頷く壁際の男

 

 シクシクシクシクシク・・・

 

 涙で会長室の床を濡らす男

 

 

 

 

 

 

 ―――今日も会長室での仕事は順調だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼する。

 今日の報告をしにきたのだが・・・何があった?」

 

「・・・いや、どちらかと言うとそれは俺が聞きたいな」

 

 定時連絡をしに会長室に訪れたゴート ホーリが見たモノは。

 床で倒れたまま、泣いている極楽トンボだった。

 そして、呆れた顔をしているゴート ホーリが背負っているモノを見て・・・

 今度はヤガミ ナオが頭を捻っている。

 

 ・・・ま、この人は先日までこの本社に居なかったんだし。

 

「俺の息子がどうかしたか?」

 

「だぁだぁ!!」

 

 ゴート ホーリの紹介に呼応するかのように、彼の背中で楽しそうに笑い声を挙げる赤ん坊。

 それを見て、グラリ・・・と体制を崩すヤガミ ナオ

 

「いや、すまん・・・疲れてるのかな、俺。

 幻聴と幻覚が同時に襲い掛かってきたみたいだ・・・」

 

 片手を挙げてゴート ホーリを牽制しつつ。

 自分の頭を軽くこづくヤガミ ナオだった。

 

 どうやら、現実を信じたくないみたい。

 その気持ちは良く分かるけど・・・

 

「ちなみに名前は気木手名羽部画趣桶 ホーリだ」

 

 シーン・・・

 

 痛いほどの静寂が、会長室に訪れた。

 床で腐っていた極楽トンボも、ノロノロとその身を持ち上げる。

 私とプロスペクターも冷たい汗を掻きながら、入り口に超然と立つキてる男を凝視する。

 

「・・・悪い、もう一度この子の名前を発音してくれないか?」

 

 真っ先に立ち直ったのは、ヤガミ ナオだった。

 この回復力には敬意を表するわね。

 

「だから気来手名羽舞画趣桶 ホーリだ」

 

「・・・なんか、微妙に名前が変わってないか?

 イントネーションとか、発音とかさ?」

 

「・・・気のせいだ」

 

 じゃあ、その間はなによ。

 あえて突っ込まないが、私達はだんだん醒めた目でゴート ホーリを見詰め出す。

 

「じゃあゴート君、この子の名前を10回早口で唱えてくれいなかい?」

 

 何を思いついたのか、ニコニコしながら会長がそう頼み込む。

 絶対、何か悪巧みをしてるわね・・・

 

「ふん、おやすい御用だ。

 気来手那羽舞画趣桶 ホーリ

 気来手名羽枚画趣桶 ホーリ

 気来手名羽舞画朱桶 ホーリ

 気来手名羽舞画趣擱 ホーリ

 機来手名羽舞画趣桶 ホーリ

 気来御名羽舞画趣桶 ホーリ

 気鬼手名羽舞画趣桶 ホーリ

 気来手名歯舞画趣桶 ホーリ

 気来手名―――ガリッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・ゴート ホーリ、退場

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・労災、出るのかアレ?」

 

「出すわけ無いでしょう」

 

 ちょっと血の跡が付いている床を見ながら、私にそう尋ねてきたヤガミ ナオに。

 私は素気無くそう返事を返した。

 どう考えても、業務上で負った怪我とは思えない。

 

 ちなみにゴート ホーリは急患としてイネスの部屋に連れて行かれた。

 例の赤ん坊はフィリスが面倒を見ているから大丈夫でしょ。

 

 ・・・今度、皆であの男の子の名前を考えないとね。

 

 幾らなんでも、あの名前は酷すぎるわ。

 それに、将来の事もちゃんと考えてあげないとね。

 まだ役所に名前の提出をしていないはずよね?

 

 未だ会長席でお腹を抱えて笑ってる、極楽トンボを横目で見ながら。

 私は例の契約書を修正しようと無駄な足掻きをしていた。

 修正液は・・・使えないのよね。

 でも契約書の空白分に書かれた『各務 千沙』へのラブコールの数々・・・

 何を考えて仕事してるのかしら、この男?

 

「しかし、ゴートさんに息子がね〜

 ・・・世の中、何が起こるか分からんものだな」

 

 なにやらしみじみと心情を語るヤガミ ナオ・・・

 

「だからこそ、人生は面白い―――だろ?

 白鳥夫妻より、高杉夫妻のほうが先に子持ちになると聞いて驚いたけど。

 まさかゴート君が一番乗りなんてね〜」

 

 急に調子が良くなった会長は、手際良く仕事をこなしていく。

 どちらかと言うと有能と言っていい彼だけど、気分屋な所があるので中々仕事に集中をしてくれない。

 

 ・・・真面目に仕事をしていれば、各務 千沙も少しは見直してくれると思うけどね。

 

「・・・それで、契約書の件ですが。

 どうされるのですか?」

 

 通信では埒があかないと判断したのか、プロスペクターは会長室に足を運んでいた。

 今は私の隣で変わり果てた契約書を複雑な顔で見ている。

 

       ビリッ!!

 

 そして、鈍い音が私の手元で起こる・・・

 

「あ・・・」

 

「・・・最早、再起不能ですな」

 

 真っ二つになった契約書を見て、私とプロスペクターの顔が引き攣る。

 ヤガミ ナオもそれを見て何と言っていいのか分からず、困っている。

 

 しかし、この男は違った。

 

「破けたの?

 じゃあ、後で僕がカグヤ君に直接連絡を入れておくさ。

 別段、エリナ君も悪気があって破ったわけじゃないしね」

 

 

 

 ―――プチ!! × 3

 

 

「「「そもそもの元凶が、偉そうな口を叩くな(かないで)!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 極楽トンボ・・・殲滅

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その2に続く

 

 

 

 

ナデシコのページに戻る