北海道ツーリングレポート
2002年 7月 18日 木曜日 誰にでもある間違いの日
この日は函館からのスタートだった。
少々国道5号線に出るまで手間取ったが、一度出てしまえば後は簡単だった。
今日の目的地は苫小牧である、見事に晴れ渡った道を、私は喜々として走り出した。
北海道は本当に凄い所だった。
街から少し出ると延々と道路が続き、本当に信号が存在しない。
空気も凄く綺麗だし、対向車にすれ違うこともまれだ。
だからだろう、歩道に縄で繋がれたヤギが歩いているのも普通なんだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・普通なのか、北海道?
バイクを止めて、ヤギと睨み合う私。
しかし、ヤギは直ぐに私に興味を無くしたのか、足元の雑草を食べだす。
私としてもどうリアクションをすればいいのか分からないので、そのヤギをカメラに収めて再出発をする。
やはり侮りがたし、北海道。
走っていて思い知った事だが、本当に北海道は広い。
なんと函館から札幌まで270kmを要するのだ。
(これは私の地元の兵庫県から、名古屋に行く距離に殆ど等しい)
その距離が記された看板を見た時、さすがに少し頬が引き攣った。
その後も快調に旅は進んでいく。
途中、一度だけ通り雨に降られた時は少し困ったが、廃棄されたガソリンスタンドで難を逃れた。
こういうアクシデントも旅の醍醐味だろう。
雨上がりの道を走り、昼食は途中のドライブインでイクラ丼を食べる。
少々値は張ったが、実に美味かった。
そして私は夕方の五時頃に目的地に辿り着いた。
そう、小樽に。
「・・・・・・・・・・・お?」
幾ら看板を見ても、そこに書かれているのは「ようこそ小樽へ!!」だった。
重ねて言うが、私の目的地は苫小牧である。
直線距離にしても、小樽から苫小牧まで70kmは離れている。
「・・・・・・・・・・・おお?」
幾ら首を傾げても、小樽は苫小牧に変わらなかった。
さすがに2文字を3文字に変換する事は、物理的に無理だ。
っていうか、これは以前の問題だ。
さてここで私の敗因について説明しよう!!
国道五号線は、実は長万部(おしゃまんべ)町で国道37号線と分岐するのである!!
私は国道五号線が、そのまま苫小牧に通じるものと信じていた!!
海岸沿いをずっと走っていれば、無事に目的地につくと分かっていた!!
だからこそ、途中で山道に入ろうが「小樽まで後○○km」と書かれた看板があろうが無視していた!!
ひたすら国道五号線を信じていたのだ!!
そう、これは私のミスではない!!
・・・ちょっと自分の迂闊さに、嫌気がさしたけどね。
こうして、函館から海岸線沿いに右回りをしようとしていた私のプランは、一日目にして潰えたのだ。
疲れ切った身体で愚痴をもらしつつ、宿屋(八人部屋に一人きり)で眠る私だった。
本当に恐るべし、北海道・・・
まあ、前進をした事は確かな訳で・・・今日の走行距離300km(総走行距離1800km)
明日こそは、何もありませんように・・・
2002年 7月 19日 金曜日 いきなりトラブルの日
朝起きると、バイクの後輪がパンクしていた。
「・・・・・・・・・・・」
突然の事態に、さすがに顔が引き攣った。
神様は信じていないが、悪魔の存在は信じていいかもしんない、と思った。
だがそのまま突っ立ていても、事態は改善されない。
私はバイクのディーラーに電話をして、サービスマンを呼ぶ事にした。
「今日の業務は終了いたしました。
御用の方は、翌日の午前10時より業務を開始いたしますので、改めてお電話・・・」
手持ちの時計に目を落とす・・・現時刻は午前九時だった。
「暑い・・・」
炎天下の中、私は一時間待った。
昨日泊まった宿は、小樽にある天狗山の素泊まりのロッジだったのだ。
その所在地は天狗山のロープウェイの麓である。
つまり、現在地は山の頂であり、周囲には何も無い。
ただただ、暑い時間だけが過ぎていった。
ちなみに、サービスマンが現地に到着した時間は午前十一時だった。
さらに言えばパンク修理が終わり、小樽を出発したのは午後一時だったりした。
午前中、何をしてたんだろう・・・私は?
少なくとも日光浴だけは十分にしたと思う。
右回りのプランを潰された私は、小樽から左回りのプランに変更していた。
しかし、この日はあまり走る気になれず、羽幌のユースホテルに泊まる事にした。
それでも、途中で見かけた滝(名前は白銀の滝)や、海岸沿いの道路から見た海には凄く感動したけどね。
風力発電の為の馬鹿でかい風車にも驚かされた。
ちなみに今日の発見は、北海道のコンビニでは薪や炭を売っている事だった。
地方色が出てるな〜、と思った。
トラブルが絶えない日々、それでも走行距離200km(総走行距離2000km)
明日こそ、何もトラブルがありませんように。