その1

「・・・・・・す・・・・・・すみませんでした・・・・・・」

近所の喫茶店の、一番奥の壁際の席で。

テーブルの向こう側でひたすら縮こまるアキトを、彼女は困ったように見つめていた。

エリカ・フォンティーヌ。

巴里から知人に逢いに、日本にやって来たシスター見習い。

彼女はそう、名乗った。

・・・・・・アキトの全開抱擁での気絶から、回復した後であったが。

「・・・い、いえ、いいんですよ。そんな、お気になさらず・・・確かにちょぉっと、強烈でしたけどね。まー、あそこまで熱烈だと照れちゃいますよね〜って、ああ別にさっき気絶しちゃったのは純粋に苦しかったからですから、あんまり気に病まないでくださいね?」
はぅぅぅぅぅぅっ・・・・・・

許してるんだか追打ち掛けてるんだか良く解らない彼女の台詞に、アキトはさっきから悶絶しっぱなしである。

「・・・・・・と、ところでエリカさん。あそこには、待ち合わせか何かで?」

い〜加減で限界に来ていたアキトは、話をそらすために訊いてみた。経験上、割とダメもとではあったのだが、彼女はあっさりと乗って来た。

「え? いえ、そ〜ゆ〜ワケじゃないんですよ。ただ、あそこに美味しい屋台があるって聞いたものですから」
「ああ、そうだったんですか。実は俺も、そうなんですよ」
「え、そうなんですか? ・・・・・・あー、ひょっとしてー
「な、なんです?」

突如、彼女の笑顔が意地の悪そうなものに変化したのを見て、アキトの背中を冷たい汗が濡らす。そう、馴染みたくないが慣れてしまったこの感覚は・・・・・・!

「貴方、ナンパさんですねっ!」
「断じて違うっ!!」

予想通りとまでは行かないものの似たよ〜な台詞に、アキトは脊髄反射で叫び返していた。

が、世の理は彼に何時でも優しくなかったりする。かなり自業自得入っているけれど。

「えー、だって『君は○○に似ている』とか『偶然だね、ボクもそうなんだよ』って、ナンパの常套手段じゃないですかー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・うぐぅ。」

ぐうの音も出ないツッコミに、思わず似て非なる妙な呻きが漏れる。

が、その次に飛び出した台詞は、予想も常軌も逸していた。

「わっかりましたっ!! わたし、ナンパされちゃいます!」
「・・・・・・・・・はい?」

目が点になるアキトである。まあ、無理もないが。

「それじゃあ、何処に行きましょうか? やっぱり、定番で映画とか? あ、でも今何やってるか解んないんですよね〜。じゃあじゃあ、もう一つの定番で遊園地ですか〜?」
「・・・・・・いや・・・・・・あの・・・・・・?」
「遊園地の後はレストランでディナーでえ、その後ここに戻って来てムードある語らい・・・・・・ステキですー」
「・・・・・・あの〜・・・・・・もしもーし?」
「それでそれで、その後はぁ・・・・・・でへ、でへでへ、いやーんアキトのえっちぃ〜〜〜〜〜〜!
「人聞きの悪いことを言うなぁぁぁぁぁぁっ!」

ぺしっ!

「あぅっ。」
「・・・・・・・・・あ」

思わずノリで頭引っぱたいてしまったが、思いだしてみるに彼女は初対面である。

暴走していた彼女に非がないとは言わないが、失礼であることに変わりはない。

「すっ、すいませんっ! 大丈夫ですか!?」

真っ青になって謝り倒すアキトを、彼女は不思議な目で見ていたが・・・・・・やがてにっこり微笑むと、最後通牒を突きつけた。

「・・・えーっと、痛かったです〜。だから、責任取ってデートしてくださいね?」
「・・・・・・う゛っ。そ、それはその・・・・・・」
「ね?」
・・・・・・・・・・・・・・・・はい。

結局アキトは毎度のごとく、るーるるるーと目の幅涙を流すのであった。



          ◇          ◇          ◇


「アキトさーん、こっちこっち! 早くう〜!」

人気の超ド級回転ジェットコースター『シェルブリット』に並ぶ列の最後尾で、彼女が千切れんばかりに手を振っている。

アキトは苦笑を浮かべながら、少し足を速めた。

「・・・はいはい。そんなに焦らなくたって、アトラクションは逃げたりしませんよ」
「えー。でもでも〜折角来たんだから、いっぱい遊びたいし〜」
「はいはい」

身振り手振りも追加して『わくわくしてますっ!』と主張しまくってる彼女を、アキトは微笑ましく見つめていた。

「・・・うわっ、また倒れたぞっ!?」
「ああッ、こっちもだ!?」
「一体ナニが起こってるんだ!?」

・・・なんだかこの列を中心に、ばたばたと誰かが倒れていたりするよ〜だが、自分たちには関係ないだろう。

・・・・・・カンケーないはずだ。

・・・・・・・・・とゆーか、そうであってくれ。

「? アキトさん、どうかしたんですか? なんだか、冷や汗出ているみたいですけど・・・・・・」
「い、いや! なんでもないようん。・・・なんでもないはずさ〜はははのは〜」

何やら妙な反応を返すアキトを、彼女は不思議そうに眺めていたが・・・・・・興味を無くしたのか、ジェットコースター乗り口に向き直った。

(・・・・・・? なんだ、この感覚は?)

言い知れぬ違和感を感じながら、アキトは彼女と並んで順番を待った・・・・・・



          ◇          ◇          ◇


「わあ、これがそうなんですか? 大きいです〜」

オリエント急行並みに長大なコースターを見て、彼女が感歎の声を上げる。

本当にくるくると良く表情が変わる娘だ。アキトは穏やかに、そんな事を思っていた。

「それじゃあ早速・・・・・・きゃっ」

ごいん。

中々によい音を立てて、彼女は短いあいだお世話になる乗り物に挨拶をかました。

(・・・・・・なんであんなところで転けるんだ・・・・・・?)

根源的疑問が湧いたがそれは置いといて、とにかくアキトはうずくまっている彼女を抱き起こした。見れば、少々おでこが赤くなっているくらいで、こぶにすらなりそうもなかった。割と頑丈にできているらしい。

「大丈夫?」
「は、はい。このくらいしょっちゅうですから、全然平気です!」

むんっ、と笑顔でガッツポーズを取る彼女に、アキトは「いつものことなんかいッ」とツッコミ入れるべきか否かという、ど〜でもいい事で少し悩んだ。

「そんなことより、早く乗りましょ? 後がつっかえてますし」
「あ、ち、ちょっと引っ張らないで!」

そんなこんなでアキト達は、ジェットコースターに乗込んだのであった。



          ◇          ◇          ◇


「・・・あ〜、すっごい気持ちよかった〜! ね、アキトさん!」
「ああ。そーだね」

如何に超絶回転とか売り文句にしていても、所詮は一般人が乗るものである。瞬間的には二桁にも及ぶGがかかる機動兵器に比べたら、文字通り子供の遊びである。はっきり言ってしまえば退屈だったのだが、彼女にそんな基準を適用するのは間違いである。

だからアキトは、適当に合せたのだが・・・・・・彼女にもそれが伝わったらしい。ぷく〜、と頬を膨らませると、拗ねたように抗議しはじめた。

「む〜。アキトさん、なんだかつまんなそーですー」
「・・・い、いや。そんなことはないぞうん。」
「ホント〜ですか〜?」
「ほ・・・・・・ほんとだってば」

目をそらすアキトを、彼女は暫く上目づかいに睨んでいたが・・・・・・ふっ、と表情をゆるめて、こんなことを言い出した。

「・・・・・・ねえ。例えば何かに乗っててこ〜ゆ〜のに慣れててもさ。それって『風』は感じられないんじゃない?」
「・・・『風』?」
「そう、『風』。・・・ほら、今日はこんなにあったかくて、こんなにいい天気」

彼女は伸びをするように、空と雲をつかむように、手を伸ばす。

釣られて見上げた蒼穹には、綿菓子のような雲が幾つかふんわりと浮かんでいた。

そよぐ風は小春日和を運び、適度な喧騒が耳に心地よい。

間違いなく、ここには平和が満ちあふれていた。

「・・・・・・本当だ。今日は、いい日だな。」

穏やかな瞳で、アキトは周囲をゆっくりと見回した。新しい景色が目に入るたびに、今まで見ているつもりで何も見てなかったと気付かされる。

しかし、不思議といつもの自嘲は顔を出して来なかった。ただただ、新しくて穏やかな驚きが、胸に染み入ってくるだけだった。

それは、もしかすると─────────

「・・・とゆうワケでえ。次はアレにレッツゴー!」

指差しと手を取って駆け出すのを同時にやった彼女に引きずられはじめ、はたと我に返る。

そして、爆走する先に見たものは。

『世界で一番キケンなジェットコースター! 戦火を越えて生き残った、純木造の軋む恐怖に貴方は耐えられるか!? −生命保険のご加入はこちら−』

「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇ! それはイロイロ洒落になってないだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

当然のごとく何時ものごとく、アキトの魂の叫びは丁重に無視されたのであった。



          ◇          ◇          ◇


「・・・あのー。大丈夫ですか?」
「・・・・・・いやあ。体力的には全然平気だよーうん。ただちょぉっと、精神的にアレなだけなんだ、うんうん」

ベンチでぐったりと、何やら乾いた笑みを浮かべるアキトを、彼女は心配そうに見つめていた。

何気に壊れかけてるのを察知しているのかもしれない。

「あ! そうだ、わたし何か買って来ますね!!」
「ああ、いいよいいよ・・・・・・って、もういないし

アキトが振り向いた時には、既に彼女は土煙を上げて走り去った後であった。

「・・・まったく。人の話全っっっ然聞きゃしない」

苦笑を浮かべて、再び空を見あげてみる。

どこまでも澄み渡った蒼の彼方には、求める未来が待っているのだろうか?

「・・・・・・ふっ。こんな未練たらしい奴には、幸せになる資格なんてないよな」

右手で目を覆って、アキトは呟く。

彼の言う未練とは、果たして置いてきた妻なのか。

それとも、妻を重ねる今なのか。

「・・・・・・アーキートーさーん! アイス買って来ました〜」

その答えが出る前に、彼女が帰って来たようだった。

上体を起こし、手を外して彼女を見る。

その顔の何処にも、翳は見当たらなかった。

「・・・はいはい。そんなに走ったらって、あ〜あ〜言ったそばから・・・」

またしても『ずるべったーん』とばかりにすっころんだ彼女の下へ、アキトは駆け出して行った。

「・・・大丈夫?」
「ふええ〜〜〜〜〜〜痛いよぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

顔だけ起こして、彼女は半泣きで答えた。どーやら両手のアイスを死守するために、モロに顔面からダイブしたよ〜である。その甲斐あって、三段重ねのアイスはズレてもいない。

「・・・まったくもう、変なところで走るからだぞ。・・・よっ、と」

アキトは片方のアイスを受けとり、逆の手で彼女を引っ張り起こした。ぱんぱんと、カソックに付いた埃を払ってやる。

「・・・あ、ありがとうございます・・・」
「いいって。」

言って、彼女に笑いかける。転んだのが恥ずかしいのか、彼女の顔は少し赤かった。

と。

くいくいと、誰かに裾が引っ張られる。振り返ってみると、5歳くらいの女の子が、しゃくりあげながらアキトを見上げていた。

「・・・どうしたの? 誰かと一緒じゃないの?」

しゃがみこんで目線を合わせ、アキトは女の子に訊いてみた。女の子はぷるぷると首を振ると、じっとアキトの手元を見つめはじめた。

「・・・・・・欲しいの?」

持ってるアイスをちらっと見やり、もう一度訊いてみる。女の子は遠慮がちに、だがしっかりと頷いた。

「・・・はい。あげるから、もう泣いちゃダメだぞ」

アキトは微笑んで、アイスを女の子に手渡した。

何故か真っ赤になってごにょごにょと「ありがとう」と言う女の子の頭を撫でながら、アキトは横にいるシスター見習いに声をかけた。

「・・・なあ。迷子案内って、何処でしてもらえるんだっけ?」
「・・・・・・えーっと、こーゆー時はぁ・・・・・・総合案内所で聞けばいいと思いますよ。こういう大きな施設だと、案内してくれる部署ってゆ〜か名称が違うことありますし。」
「そっか。なるほど・・・・・・って、総合案内所は何処にあるんだ?」
「大抵は、入り口近くかど真ん中にあるはずです。人通りが多くて、かつ解りやすい場所でなければ意味ありませんから」
「へ〜、詳しいんですね?」
「はい、そりゃあもう、いっつもお世話になりますから!」
「・・・・・・いや、それ胸張って言えることかな・・・・・・?」

とか何とかいいつつ、二人は迷子を連れて案内所へと向かった。



          ◇          ◇          ◇


「・・・本当に、ありがとうございました。」

二十歳前後の女性が、深々と頭を下げる。釣られるように、隣の女の子もぺこりっ、とおじぎをした。

アナウンスを頼むまでもなく、女の子の保護者はすぐに現れた。どうやら、一寸はぐれただけのようだった。

「つきましては、何かお礼がしたいのですが・・・・・・どうでしょう? これから一緒に、お食事でも?」
「い「いえいえ、そんなお構いなく。大したことはしてませんから」

何やら熱っぽい目でアキトを見つめている女性の前に、彼女が割り込むように出て来た。台詞を取られて口をぱくぱくしているアキトを尻目に、にこやかなる絶対拒絶の壁として女性の前に立ちはだかる。

「それでは私の気が済みません。せめて、この娘が食べたアイスだけでも同じものを」
「いえー。いいんですよそんな。気にしないでくださいな」
「・・・では、これからご一緒に廻りませんか? これも何かの縁ですし」
「いえいえー。そんな悪いですよ〜ご家族の団らんに割り込んじゃ」
「ですが・・・あの娘は、そうして欲しいみたいですよ?」
「はへ?」

振り向くと、女の子にしがみつかれ、ついでに腰にすりすりされているアキトの姿があった。ビミョーに困っているとゆ〜より嬉そ〜にもみえたりするところがなんともアレである。

それが思わず、彼女の音声爆弾信管にジャストミート。

「あ゛ーーーーーーーーーっ!! ナニやってんのーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

かくして半径200m圏内のあらゆる生物は、一時的機能障害に陥ったのであった。

一種のテロかもしれない。



          ◇          ◇          ◇


「・・・・・・アノー、えりかサン?」
「はい、なんでしょう?」
「モシカシテ、コレニノレ、トオッシャルノデショウカ?」
「はい! もちろんです!!」

屈託なく、これでもかこれでもかえいえい! と言わんばかりにドきっぱりと答える彼女。

ギギギギギ、と油の切れた首を無理矢理元に戻してみれは・・・・・・其処にはやはり、厳然として、メリーゴーランドがでん! と鎮座ましましていた。

「・・・イヤアノ、コレハチョット・・・」
「えー。でもさっき、『なんでもするから機嫌直してくれ』って言いましたよ〜」
「ア゛ヴッ。」

どさくさ紛れに女の子と女性から逃げ出した後。

何故か御機嫌斜めの彼女のご機嫌取りに、アキトはまたもや禁断の台詞を言ってしまったのである。

まったくもって、学習能力のない男である。

「さあ、早く乗らないと動き出しちゃいますよ!」

ぐいぐいうりゃうりゃと背中を押す彼女。アキトはもはや、全身拒否反応とゆ〜かアレルギーによるショック症状で、脳細胞まで石化していた。

「・・・・・・・・・はッ!?」

そしてふと気がつけば、思いっきり白馬に跨がって景気良く回転していたりする。

やはり現実逃避はなんの解決にもならないなあ、としみじみ思うアキトである。まあ、それすらも現実逃避なのだからどうしようもないのだが。

「・・・えへへへへ〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・」

更にまぁお約束と言うべきか、ちゃっかり彼女も後に乗っかっていて、だらしない顔を晒していたりもする。アキトは半ば本気で逃げ出したくなったが、彼女を置き去りにできるくらいなら最初からこんなところには来ていない。難儀な話である。

「・・・・・・はぁ〜〜〜〜〜〜もういいっス、なんでも」

アキトは諦めの境地に至り、ひたすらこの拷問の時間が過ぎ去るのを待つモードに入った。

だから、彼女の呟きは耳に入らなかった。

「・・・・・・やっぱり・・・・・・白馬の、王子様・・・・・・」



          ◇          ◇          ◇


「わあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ、街があんなにちっちゃく見えるー。ねーねーアキトぉ、アレって何かな?」
「んー。きっと○代デパートじゃないかな? なんか、改装してるみたいだけど」

お約束にのっとり、ラストの観覧車で。

子供のようにはしゃぐ彼女に苦笑しながら・・・・・・アキトは懐かしい思いで、かつて住んでいた、だが決して同じではあり得ない街を見つめていた。

「・・・ねえ、アキトさん?」
「ん?」

不意に、彼女の表情が変わった。

嬉しいような、切ないような。複雑な視線を投げかけ、彼女は言った。

「今日・・・・・・楽しかったですか?」
「え? あ、うん。楽しかったよ。」
「それは・・・・・・・・・わたしといたから、って思っていいですか?
「・・・・・・え・・・・・・?」

アキトは思わず、まじまじと彼女を見返した。

胸前で手を組み、少し潤んだ瞳でまっすぐに見つめる姿は可憐で、そして儚げに見えた。

そんな彼女を見て、アキトは言葉に詰まった。

彼女といて、楽しかったのは事実だ。それは間違い無い。間違えるはずもなかった。

ただ─────────安直に、『その言葉』を言ってしまうことは、何故か躊躇われた。

理由は、自分でもよく解らない。

そんなアキトの困惑を見て取ったのか、彼女はにっこり微笑んで言った。

「・・・・・・な〜んちゃって! ちょっと気が早かったかな〜、なーんて自分でも思っちゃったんですよ〜今! あはっ、あはっ、あははははははははは・・・・・・」
「・・・えっと・・・その・・・エリカさん・・・」
「いいんです。無理矢理答えを出したって、きっとダメなんです。誰にだって、忘れられない、忘れちゃいけないことがあります・・・・・・でも、忘れないためだけに、想い出を護るためだけに生きるのって、凄く悲しいことだと思います。わたしは、そんなひとを知っています・・・・・・とても悲しい、とてもとても悲しい女性(ひと)です」

微笑みはそのままに、瞳の奥に何かを宿し・・・・・・彼女は言葉を継ぐ。

アキトはただ、聞き入るしかなかった。

「そんなひとが前に進むためには、勇気ときっかけが必要なんだと思います。そして・・・・・・ほんの一歩の勇気を振り絞るためには、やっぱり時間が必要なんだと思うんです。彼女は正直、未だ立ち直っていません・・・・・・でも、きっと大丈夫です。いつか必ず、立ち直れます。」
「・・・・・・何故、そんな事が解る? 話の流れから言って・・・・・・その女性は、誰か大切なひとを喪ってしまったんだろう?」

アキトの全身から、知らず黒い殺気が漏れはじめる。

だが彼女は、常人なら気絶しかねない殺気を正面から受け止め、毅然として言い放った。

「そうです。彼女は最愛の男性(ひと)を亡くしました。けど、今は無理だけど、彼女は必ず立ち直ります・・・・・・だって、彼女は生きているんですから。」
「・・・・・・生きていればいいことがある、とは限らないぞ?」
「そうかも知れません。もしかしたら、これからもっともっと、辛いことばかり降り懸かるかも知れません。それでも・・・・・・いえだからこそ、生きている限り、必ず克服できます。何故なら、『生きている』ってことはつまり、『生きようとしている』から。辛いだけでは、人は生きて行けません。嬉しいこと、楽しいこと、・・・そして愛せることがあるって、信じられるから。だから生きていられるんです」

まっすぐに。

どこまでもまっすぐに。

何者をも怖れず、己が信ずる道を征く。

そんな彼女が、アキトには眩しかった。

思わず目を逸らしたアキトの手を、少しひんやりした繊手が包みこんだ。

「・・・アキトさん。出過ぎたことを言っているのは解っています。けど、『貴方が生きている』のは、紛れもない事実なんです。それだけはどうか、忘れないでください。」

手を振りほどくこともできず、見つめ返すこともできず。

ただアキトは、ゴンドラの中でその横顔を、夕陽に晒しているだけであった・・・・・・



          ◇          ◇          ◇


「・・・・・・え、え〜っと。ア、アキトさん? これから、どうしましょうか?」
「・・・・・・あ、う、うん。どうしよう?」

遊園地から出て。

二人は、何処へともなく歩いていた。

「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

気まずい。

すごく気まずい。

それはそれはもう、ハーリー君のマネでもして逃げ出したいくらいに気まずい。

不器用な二人だったから、気の効いたことが言えるはずもなく。

どこまでも、不自然な沈黙が続いていた。

が。

永遠と思われた空気は、思わぬことで破られた。

「「・・・・・・あ。」」

二人揃って、間の抜けた声。

無意識に、初めて出会ったあのサクラの木のところまで戻ってきていたのだった。

見れば、近くに屋台も出ている。

「・・・・・・取り敢えず、食べましょうか?」
「・・・・・・そうだね」

半ば呆然とした顔を見合わせ、二人は当初の目的であったはずの屋台へと足を進めた。



          ◇          ◇          ◇


「・・・あ、おいしー。」

スタンダードな醤油ラーメンを一口啜り、彼女は感歎の声を上げた。

それを横目で見やり、アキトもニンニクチャーシューメンに手を付ける。

確かに、いい腕をしている。

もしかしたら、多分いや恐らく・・・・・・間違いなく、今までアキトが作ったどのラーメンよりも。

「・・・・・・旨い。」

思わず漏れた呟きに、屋台の向こう側で親父が会心の笑みを見せる。恐らく、アキトが料理人であることを、なんとなく察していたのだろう。

その笑みを見て、アキトの中で若干の悔しさがむくむくと頭をもたげて来たが・・・・・・なんとかそれを押し込めた。

自分が悔しがろうがどうしようが、旨いもんは旨いのだ。

・・・もっとも、内心「近い内に絶対追い越しちゃる!」等と思ったりしてるので、単に対抗心に変わっただけかもしれないが。

「・・・どーだいねーちゃん? 旨いだろ?」
「はい、とっても。」

そんなアキトの内心を知ってか知らずか、満面の笑みのまま親父は彼女に話しかけた。彼女も素直に、頷き返す。

アキトは何故か、ちくりと胸が痛んだ。

「そーだろそーだろ。ラーメン生活25年、やっと身につけた師匠のラーメンだ。不味いなんてハズがねえ。そうだろ?」
「そーですねー。師匠さんのラーメンは知りませんけど、このラーメンは美味しいですー。」
「うんうん、やっぱり長年の蓄積がモノを言うよな〜。ぽっと出の若造には出せんよ、この味は」

言ってちらりと、アキトを見やる親父。

アキトのこめかみが、ぴくりと引きつった。

「・・・・・・いやー、ホントに美味しいですねーこれ。ホンッッット、何杯でも食べられちゃうなー」

何か棒読みでそんなことを宣うと、アキトはほとんど一瞬で目の前のラーメンを平らげた。

流石に目を丸くする親父に、アキトはにっこり笑って、こう言った。

「おかわり、貰えますー?」



          ◇          ◇          ◇


「・・・・・・ふっ。戦いの後は、何時も虚しい・・・・・・」

在庫を残らず喰い尽くされ、すごすごと去っていく屋台を見送って。

アキトは冷や汗一筋こめかみに張りつけて、無意味に気取っていた。流石に大人げなかった、くらいは思っているらしい。

「えー? わたしだったら、美味しいもの食べた後って幸せですけどー?」

なんかもー、何時でも何処でも何もかもお構いなしに、隣では彼女が小首を傾げている。ちょん、と細いあごに添えられた人差し指が歳不相応に愛らしい。

「・・・いやまあその、確かにそれはそうなんだけどね?」

先程とは別種の汗に取り替えて、アキトは律義にツッコミを入れた。変なところで生真面目な奴である。

「でしょー? ・・・あ、ひょっとして食べ過ぎでぽんぽん痛いとか?」
「いや、ぽんぽんってオイ(汗)」
「ダメですよー食べ過ぎは? でも、確かにとっても美味しかったですけど」
「それは・・・・・・まあ、否定しないけど」
「・・・・・・でも。美味しいけど、『私』が今まで食べた中で、一番美味しかったですけれど。・・・・・・やっぱり、二番目です。」

そこで彼女は不意に、目を僅かに細めた。

何かとても懐かしい、大切なものを見る目だった。

「え? そうなの?」
「うん。どんなに美味しくても、やっぱり二番目だよ。だって、『あのラーメン』が、世界一なんだもん

彼女はゆっくりと、舞い散るサクラの下へと歩いてゆく。

桜色の、吹雪の中で。

彼女は確かに、微笑んだ。

あの時のままの、無邪気で暖かい、幸せの笑みだった。

「君は・・・・・・・・・お前は・・・・・・・・・まさか・・・・・・・・・!!」

震える声の先で、花の命の煌きの中で、彼女はただ、笑いかけていた─────────


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