「あなたが・・・・アキト（君、さん）が言っていたサレナさん？」

「はい、マスターの言ったサレナとはほぼ間違いなく私のことです。」

「マスターって・・・・アキト君のこと」

「はい・・・・そうです。

ナデシコ所属　コック兼パイロット　テンカワ　アキトが私のマスターになります。」

クルー達はサレナの言っていることが全く理解できない。

それは、サレナがブラックサレナという機動兵器のＡＩで

その機動兵器をアキトが乗っていることは分かる。

しかし、いきなりとんでもない機動兵器がアキトに転がり込んだ訳だ。

納得できるわけがない。

「どうしてアキトがあなたのマスターなの？？」

どうにもユリカには納得できないようだ。

まぁナデシコクルーの誰一人として納得しているわけではないが、

自称ユリカの王子様であるテンカワ　アキトがマスターであるというのが

ユリカ独特の納得できない原因だろう。

「私はマスターのために作られました。

私はマスターの心すら守る鎧・・・・

・・・・戦闘完了しました。

チューリップ撃破、あと誘爆により２４のジョロ１３２のバッタの消滅も確認。」

「へ？いつのまに？？

ルリ君・・・・現在の戦況を！！」

いきなり登場したサレナに気をとられている間に、

戦況が大きく変わってしまったようだ。

ジュンはすぐに戦況を聞いた。

「あ・・・はい、戦況は・・・・不明機ブラックサレナの攻撃により敵戦力の７０％が消滅。

あ・・・でも残りの敵集団ブラックサレナにターゲットを絞った模様です。

数ジョロ１２　バッタ４３７でプラスマイナス２３です。」

滅多に感情を示さないルリの報告する声には、確かに動揺が感じられた。

「正式にはバッタは４４３ですね・・・・。

もっとも損傷している物が８０ありますが・・・

戦力的には４００といったところでしょうか？

ジョロには被害はほとんどないようですが・・・・」

機動兵器から訂正の連絡が入る。

ナデシコよりもかなり正確な現状判断の力を持つ黒い機動兵器。

本来装備などに制限のある機動兵器が大型のレーダーを持つ戦艦に勝てるはずがない。

かなりの被害があるナデシコであるがそんな常識を簡単にうち破られ、

戦艦の知識が深いジュンとゴートそして、このナデシコを最もよく知るルリの３人は耳を疑った。

そんな常識を知らないミナト達はただ黒い機動兵器を

興味深そうに見ているだけだったが・・・・

あとなぜかメグミの目だけが、敵意をむき出しにして機動兵器を見ていた。

「撤退するんだ！！

前方から支援の部隊も到着する。」

ジュンの叫び声がブリッジに響いた。

なおも１機の機動兵器の力では対処できない量の敵が、

機動兵器の元へと向かってきているのだ。

「支援到着まで１５分・・・・

これだけの時間があればナデシコが撃破されてしまいますね。」

サレナは『非情な現実』を報告する。

すでに攻撃可能な戦艦をほぼ失った後方艦隊には、ナデシコを守りきることは出来ないだろう。

「ジョロバッタともに密集体勢でブラックサレナに向かっていきます。」

どうやら無人兵器はターゲットを戦艦ではなく機動兵器に変更したようだ。

今までバラバラに後方艦隊を破壊していたバッタ達がいつの間にか、

黒い機動兵器の下へ集まってきている。

レーダーを見ると巨大な影が、ちっぽけな点に向かって

襲いかかろうとしているかの様であった。

「・・・・マスター気がつきましたか？」

「ううう、もうちょっと・・・やさしく・・・」

どうやらやっとアキトが起きたようだ。

十分に機動兵器になれていたはずのアキトですら気絶した

Ｇの衝撃はそれほどの物だったのだろう。

「アキトおねがい、早く戻ってきて！！

敵がそこまで来てるよ。

うぅぅぅぅ〜〜、それよりもその

『サレナさん』から離れてっ！！！」

ユリカは、周りの状況が見えていなかった。

まぁ今まで医務室に軟禁されていたので・・・・

「え？え？ええええ〜〜ぇ！！

数は・・・・４００？？

どっどっどおぉすんだよ！！」

いきなりのピンチにパニックになりかけているアキト。

まぁ、起きてみればバッタに囲まれていたとなれば

誰でもそうなるのだろう。

「グラビティーブラストの発射を提案します・・・・

現在の敵の陣形ではほぼ１００％破壊できます。」

サレナは、そんな状況にも全く動じる様子もない。

「ルリちゃんグラビティーブラスト発射・・・」

ユリカははっとして、命令を出す。

「できません」

「そうよ、いったでしょ？・・・・って、艦長は聞こえてないわね・・・・

今、エンジンの応急処置中！！」

「え？　え？　え？」

何がなんだか分からず、ただただオロオロするユリカ。

「はぁそうでしたね。

艦長は今までベットの上でしたから・・・・」

医務室までつれていったプロスはハァーとため息をついた。

「コスモスも・・・・だいぶ離れているな

支援は無理か・・・」

ゴートがぼそりとつぶやいた。

ナデシコ級２番艦であるコスモスは、今最前線で戦闘をしている。

ドック艦という特殊な船で、簡易ドックとして機能がありナデシコを格納することも可能だが、

多連装のグラビティーブラストを持つコスモスは、最前線で運用されていた。

「・・・・誰が撃つんですか？グラビティーブラスト」

顔を青くしたメグミさんが、つぶやいた。

だけど、ブリッジにその答えを出せる人はいなかった・・・・

「マスター発射の許可をお願いします。」

「って俺が撃つのかよ・・・・」

この機動兵器に乗っていたアキトには何となく分かった。

圧倒的なパワーそしてスピードを持つこのブラックサレナなら、

グラビティーブラストの一発や二発撃てるかも知れないと・・・・

もっもこの考えは常識的には考えられないことだが、結局実現してしまった。

「はい、ブラックサレナのグラビティーブラストは

現在のナデシコとほぼ同等の出力があります。

拡散して撃つと多少射程が短くなりますが、十分撃破可能です。」

といっている間にも、レーダーに写るバッタの影がだんだんと大きくそして濃くなっていった。

「どうでもいいから早く撃ってくれっ！！」

もはや、アキトに考えている余裕はない。

とにかくこの状況を何とかして欲しかった。

死ぬのが怖かった。

だけど、エステバリスで漂流しているときの恐怖とは違っていた。

それは自分の死だけが怖いわけじゃない。

自分が死ねば、ナデシコのみんなも助からないのだ。

「カウント開始１０・・・・９・・・・８・・・・」

サレナの透き通った声が、ナデシコや周辺の艦隊のブリッジに響いていた。

「おいおい、マジかよ・・・。

小型の相転移炉が開発されていたのか？？」

ウィンドウからウリバタケがブリッジの中で最も頼りになると思われる、

プロスに聞いた。

「いえ、そのような話は聞いていません。」

プロスが汗を拭いた。

「７・・・・６・・・・５・・・・」

機動兵器から流れるただのカウントダウンだが、

それは絶対的な勝利を確信するにふさわしい物だった。

「ブラックサレナ周辺に高エネルギー反応。

エネルギー総量はナデシコの３０％を越えたよ」

オモイカネからの信じられない報告

たかが機動兵器が戦艦の出力に迫るほどのエネルギーを出しているのだ。　

とても常識的に考えられないことだった。

「ちょっとちょっとなにあれ、

インチキじゃない？？」

コンソールにバンバン叩きながら、ミナトが叫んだ。

「・・・・なんか怖いあの黒いエステバリス・・・・

悪魔みたい・・・・」

メグミは何を考えているか分からないが、じっと黒い機動兵器を見つめていた。

「悪魔か・・・・

悪魔だろうと何だろうと、助けてもらうのはありがたいが・・・・」

ゴートがぼそりとつぶやいた。

「４・・・・３・・・・２・・・・」

カウントダウンは続く。

今まで、壊滅の危機にあった後方艦隊にとっては、

このカウントダウンが天の祝福と同じだった。

まぁ、バッタ達には悪魔の呼び声となるのだろうか？

「誰が作ったんだ？

機動兵器が戦艦クラスのグラビティーブラストを撃てるなんて・・・・」

応急処置中の激務の中ウリバタケが吠える。

相転移エンジンを最もよく知るウリバタケだからこそ、機動兵器に搭載出来るほどの

小型の相転移エンジンという物がいかに高度な技術が必要かを分かっていた。

だからこそ、このムチャクチャな機動兵器を前に興奮していた。

「ネルガル？違うネルガルじゃない。

ナデシコやコスモスでやっとなのに小型の相転移炉が作れるなんて。

でも・・・・」

（はい、オモイカネシリーズ　ブラックサレナ搭載ＡＩ　サレナです。

はじめまして。）

「オモイカネ？

オモイカネはネルガルが開発していたＡＩ・・・・

ネルガルじゃないとしたらどこが・・・・」

ルリは考える。

あの黒い機動兵器のＡＩは自分が『オモイカネ』であると語った。

オモイカネはネルガルが作ったＡＩである。

クリムゾングループならオモイカネクラスのコンピューターを作れるかも知れない。

ただ、クリムゾングループによって作られたコンピューターはオモイカネではない。

オモイカネと名乗る以上は、ネルガルによって作られたか

ネルガルと同じ技術者達が作ったことになる。

だけど、今のネルガルにはナデシコに積まれているオモイカネを作るので精一杯のはず。

機動兵器に積まれるくらいの小型化は現技術では不可能なのである。

では一体誰が作ったのだろうか・・・・この理不尽な機動兵器を？

「１・・・・０・・・・グラビティーブラスト拡散モードで発射します。」

ドォォォォ〜〜ン

本来なら何も聞こえないはずの真空中であっても衝撃波が船を揺らし

ものすごい騒音がナデシコに響いた。

「す・・・すごい・・・ネタも吹き飛んだわ。」

「ホントにほんとにうっちゃった

ホントのお花畑だ・・・・」

「まじかよ・・・・

あんなもん乗れて・・・・マジで卑怯だぜアキトの野郎。」

格納庫では様子を見ていたリョーコ達は、あっけなくグラビティーブラストによって

破壊されるバッタを見てただ呆然とするしかなかった。

だけどやっぱりここはナデシコだった。

「妬いてるの？アキト君に・・・」

ギャグを完全に逆を忘れてしまったイズミは、

３人の中で一番神妙な顔をしているリョーコを向いた。

「違うわねあのサレナってオモイカネよ・・・・」

チッチッと指を振りながら、ヒカルがこたえた。

「あ・・・そうか、『私のマスター』だもんねアキト君は・・・」

柄にもなくイズミはギャグなしで納得してしまった。

「そこ！！うるさいぞ！！」

「きゃはは」

「うふ、うふふふふ」

「おめぇらぁ〜〜」

やっぱりナデシコは最後はこんな落ちになってしまうのだった。

ちゃんちゃん

ナデシコブリッジ

シュン・・・

「うるさいのでパイロット控え室のウィンドウとじました。」

「あ・・・・ありがとう。」

いつも以上に感情のないルリの声がブリッジに響いた。

声が『響く』時点でルリの身にとんでもない事が起こっているのは

ブリッジの誰にでも分かることだった。

「どうしたのルリちゃん。」

年下にもかかわらず、メグミはいつもと違うルリにびくびくしていた。

「ほら・・・・サレナってオモイカネにさっき強制通信されたでしょう？

それで気が立ってるのよ・・・・

ルリルリってああ見えても頑固だから・・・」

ルリの様子からそれだけのことが分かるのは、さすがはミナトだろうか？

「アキトは！？　私のアキトは？？　アキ・・・・」

シュン・・・・

「さらにうるさいので医務室のウィンドウも閉じます。」

もちろん怒れるルリちゃんは今ナデシコで最も恐ろしいであろう。

艦長であるはずのユリカのウィンドウも閉じてしまった。

『・・・・はい』

誰もが艦長のウィンドウすら閉じるルリの横暴を止めることは出来ない。

ブリッジには不気味な静寂が訪れていた。

静寂の主であるルリは、怒らせた張本人（人？）である機動兵器が、

ナデシコに入ってくる様子をじっと見つめていた。